No.10「救出不可能」

 倉科加奈子と茜がランチから戻った。


 千葉は、茜がたった3年でこの現代の生活に馴染んでいるのがいまだに信じられない。二十年以上「現代」で暮らしている半蔵が未だに都会生活が苦手なのに比べれば、驚異の順応力だ。

 そのことを考えると、自分の妻がで馴染んで生きて行けているのかどうか、否、その前に命があるのかどうかも定かでなく言葉にならない深い焦燥感に襲われるのだった。


 ——きゃ、鷺森先輩じゃないですかー!!


 倉科加奈子が、「キャンギャル」の先輩である鷺森橙子の姿を見つけ、感激の眼差しで見ている。


 ——あぁー。ヨロシク


 橙子の方は、遥か昔のことだ——と言わんばかりの冷めた目で加奈子を見返した。それよりも、隣にいる女の方が興味があった。身のこなしや、目配りに隙がなく、ほんの1mという間合いの中でも付け入るところがないのだ。


 ——柳生 茜と申すもの。以後よしなに。

 ——えっ

(こいつも、半蔵といっしょか?)


 ——まっ、いい。詳しいことは後だ。

 千葉が、辟易した顔で間に入った。


 ——みんな揃ったところで、を始めたいんで、十分後に会議室に集まってくれ。


 千葉の声に6人各々の反応で離散していった。橙子は、茜の素性に興味があったが、それ以上にその美貌に女としての敵愾心てきがいしんがちらりと胸の奥を横切った。


——今後のチーム割を言っておく。


 千葉が、五人を目の前にして今後の「捜査方針」を語り始めた。


——半蔵と茜は、今まで通り「取り調べ」を頼む


——右近と鷺森は、失踪者を目撃した者へもう一度、その時の状況を聞き込みしてくれ。なんか、失踪のメカニズムの手がかりが欲しい。


 加奈子が不貞腐れている。


——ええー、橙子さんが、班長とペアなんですかー? 私じゃダメなんですか?

私の方が、橙子さんより早く此処に来たんですよ? キャップ!


——ああ、この先、また状況によってペアの組み合わせは変更するから


 最近の若い署員はなんの遠慮もなく主張してくる。篠田局長の姪っ子だから邪険にもできず、千葉はその場逃れの嘘をついた。


 橙子が、千葉に核心をついた意見をぶつけてくる


——取り調べも、聞き込みも結構なんですけど、要するにに行けなきゃ話にならないんじゃないでしょうか


 全く、その通りであった。仮に失踪者の手がかりが掴めたとしても、どうやって救出するのか、その手立ての目処が全くの手探り状態な現状では、捜査は徒労に終わってしまうだけであった。


——幼稚な話ですけど、どこかに過去の世界と繋がっている道というか穴みたいなのが本当にあると信じたいですね。


 右近にして、これだけのことしか言えないのであるから、橙子が投げかけた問題点の大きさに、一同が沈黙した。


——なんか……わたしなら行けそうな気がするんですけど


 加奈子に一同の視線が集まった。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る