No.18「満月の夜」

 千葉や右近がいくら止めても、半蔵はもう一度に入ると言って聞かない。

 ——茜は、俺が見つけて必ず連れ戻す。

 ——半蔵、茜がもし以前にいた時代に首尾よく戻れていたら、どうする?


 千葉は、半蔵に諭すような声音で問うた。

 ——それは……


 茜だって、この時代に来たくて来たわけではない。親、兄妹の居る場所が一番なのに決まっている。半蔵は、千葉に言われて初めて気づいた。


 ——わかった……。しかし、俺は行く。もし茜に会えてもうこの時代には帰らないと言うなら、俺は諦める。それでいいだろ?


 千葉は、湧き出るような重い息を吐いた。


 ——……っ、仕方ない。わかった、じゃ今夜もう一度トライしよう。


 右近がその時、口を挟んだ。


 ——しかし、昨晩はなぜ茜だけが消えたのでしょう。半蔵は茜とぴったり身体を合わせていたわけでしょう? それなら半蔵もろとも消えるか、飛ぶかしても不思議じゃない、はず……


 ——うむ……俺も昨晩からずっとそれを考えてたよ


 ——半蔵さん、身体おっきぃーから重量オーバー、とかじゃないんですかぁー


 加奈子の間延びした声音が一同の緊張を解す。


 ——あっちへの穴に大きさとか、あっちへの乗り物に重量制限あり、ってか?


 橙子が人差し指で半蔵の顔を指して、ケラケラ笑った。


 ——うるさいっ! こっちゃ真剣なんだっ!


 ——よぉーし、じゃ、今晩、もう一度全員集まってくれ


 夜、十一時を過ぎて、三々五々と皆が集まってきた。今夜は倉科加奈子も居た。

 半蔵はすでに、横道の中に入ってスタンバイしていた。

 入り口近くには、千葉と右近が控え、橙子と加奈子は監守部屋で時計の針を追っていた。

 同じ五分でも、こんなにも違うのかと思うほど、時の刻むスピードの遅さに二人とも肩が張り、目がしょぼついた。


 —— 一分前です!


 橙子が部屋の外に聞こえるように言った。


 ——十二時、きっかりなんですか? 消えるの……

 ——それは、我々の憶測だ。ただ、そのほぼ近辺で消えているんだ、二人とも。

 橙子は、進む秒針から目を離さず応えた。


 深夜零時——日付が変わることを示す秒針が、【12】に重なった。

 静寂が走る。

 誰も声を発しない。


 ——半蔵っ!!

 千葉の声が塊りとなって、闇の向こうに跳んで行く。


 ——だ、だめだっ!!


 その声は、半蔵だった。

 千葉と右近は、懐中電灯のスイッチを入れて、闇を照らしそこへ飛び込んでいった。

 半蔵は、胡座をかいて項垂うなだれて座っていた。


 ——なんでだ。なんで、俺だけ行けないんだっ


 半蔵のその問いは、そこに居る署員すべての疑問でもあった。


 ——他に、なにか条件があるのか?


 右近が、唸るようにして言った。


 ——時間以外の、条件……


 先に消えた「迷い人」は男であったので、性別は関係ないだろう。加奈子が言う重量制限だって、今となっちゃ笑いごとではなくなった。


 ——今夜はもう、引き上げよう……


 千葉を初めとする署員は、霞ヶ関のビル群の下でタクシーを待っていた。


 ——綺麗な月……


 加奈子の声に反応して皆が夜空を見上げた。

 コンクリートジャングルのはざまにぽっかりと満月が浮かんでいた。


 ——茜っ……どこにいる


 半蔵の弱い声音が夜のしじまに溶け込むように消えた———。

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