No.5「Code No.003 服部半蔵」

 千葉は、「伊賀上野」に来ていた——。


 そこは、三重県の北西部に位置し、北東部を鈴鹿山系、南西部を大和高原(室生火山群)、南東部を布引山系に囲まれた盆地である。


「伊賀上野城」から車で少し走ると、急峻な山に囲まれた小さな村に出て来る。

 そこに小さな庵を構えて、自然相手に半ば隠遁生活をしている者が居る。

 千葉が「」で、使っている「協力者」——、つまりは「刑事」ではないが、捜査の協力をするものだ。


 その男の名は、「服部政就はっとりまさもと」———、紛れもなく伊賀忍者の血を引く者。


 政就は、庵の庭でマキを割っていた。


 その体躯は熊の様にごつく、頭髪は綺麗に剃髪されていて、海坊主のようで、夜中に目撃すれば警察官ならば十人に八人は銃に手を掛けるであろう。


 ——なんだ、つけてくれりゃ出向いたものを


 ——いや、今日はちょっと折り入っての話があってな


 政就には、「公安警察」から「捜査協力費」の名目でが支給されていた。それは、彼の「諜報活動」への対価でもある。ここで田舎暮らしをする分には不足はない額であった。「公安警察」が管理する「捜査機密費」勘定からの支出であるが、その明細は当然ない。


 千葉は、「半蔵門分署」設立の経緯を手短に政就に話し、東京に出て来て手伝って欲しいと頼んだ。

 政就の表情からは困惑が見て取れた。彼の心配は東京での生活が自分に出来るのか——、という一点であった。

 しかし、それは政就の出自を知れば、納得しないものはないであろう。



 彼、政就は——、の「三代目、服部」だからである。


 千葉が、政就を知ったのは、「チヨダ」にとってはトップクラスの「協力者」であった「百地三介ももちさんすけ」という老人の紹介があったからだ。彼は既に、八年前に死んでいるが、生前に千葉に政就を引き合わせて呉れたのだ。


 ——ワシの後釜あとがまとして、使ってやってくれんか


 千葉は、の言うことだから、二つ返事で承諾した。それを見届けて百地三介はこの世を去った。


 その折、百地から「服部政就」の出自を聞いた時は、千葉は俄かに信じられなかった。


——あやつは、我ら伊賀衆の頭目でな、三代目「服部半蔵」じゃよ


 実は、百地三介も、先祖は伊賀忍者だったらしく、伊賀衆は「服部・百地・藤林」という「上忍三家」が当時の伊賀衆の実力者であったらしい。


——おやっさんと同じく伊賀衆で、服部半蔵家の血を引くってことか……。


 百地三介は薄く笑って、一言で否定した。


——違う


——あやつは、正真正銘の三代目「服部半蔵」、その人だ。


百地三介はその折、詳しく説明をせず結局死んだのだが、後日、政就から聞いた話では———


————わしは、慶長けいちょう十九年の十月に、江戸城半蔵門の屋敷から、京に向かって出陣したのよ、上様の下知でな。で言う、「大阪冬の陣」に参陣するためにな。しかし、京に着く前の二十五日の日だったか、大きな地震が「高田領」であったんじゃが、その揺れの最中に、わしは「今の時代」に来てしもーたのよ。


 気がついたら、「神戸元町こうべもとまち」と読める場所で、壊れた町屋の軒下で行き倒れていた。それはずっと後で分かったんだが、「阪神淡路大震災」の震災現場だったのだよ。そっから先は、百地のオヤジに拾われて、伊賀に連れて来られた。


をコンコンと聞かされたが、信じることが出来るまで五年は掛かったな。


 つまりじゃ、わしは「慶長の時代」から——、飛んで来ちまったんだ————


千葉は、妻の失踪を目の前で目撃していなかったら、ずっとこの話を「眉唾まゆつば」半分で聞いていたであろう。


 しかし……、今、それは妻を探索する大きな手がかりで、きっとこの「三代目。服部半蔵」は大きなになると——、そう今は信じている。


——半蔵、頼むっ!、オマヘさんの力が必要なんだ!


 半蔵は、千葉の妻を探そうとする悲壮な覚悟に負け、ついに上京することを決めた。


五月のとある日、「服部半蔵」は伊賀の庵を後にした。



「Code No.003 服部政就」(年齢不詳) 通称:半蔵ハンゾウ


 半蔵は、未だに、が使えない。



千葉の手帳に、半蔵に関する特記事項として、服部半蔵唯一の弱点「いい女に弱い」——、と記されているのを半蔵は露も知らない。







資料>【1614年11月26日】 (慶長19年10月25日) 高田領大地震 - M 7.7。震源は直江津沖。震域は会津、伊豆、紀伊、山城、松山諸国まで及んだ

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