No.17「半蔵の涙」

 ——どうした、何があったんだ!


 右近が、珍しく声を声を荒げた。千葉の懐中電灯の明かりで露になった半蔵の姿は、まるで駄々をこねる子供のようだった。

 半蔵は、こうべを深く垂れ、両の拳で地面の土を激しく叩いている。


 ——うっ……、茜っ、すまんっ!


 大きな背中が小刻みに震えていた。


 ——状況を説明しろ、半蔵っ!


 千葉の声に、我に帰ったかのように、半蔵はポツリ、口を開いた。


 ——茜と俺は、暗闇で何も見えないから、お互いの背中を合わせてに座っていたんだ。茜はそれでも怖かったんだろうな……俺の服の裾を後ろ手に握ってたよ。そしたら……


 半蔵は、鼻をぐずぐず、とさせて情けない顔を千葉に向けた。


 ——そしたら、いなくなって……たの、か?

 ——ああ、茜の温もりが無くなったかと思うと、俺の服をを掴む手も消えていたんだよ……、微かに、聞こえたんだよ……俺の名を呼ぶ茜の声がっ!!


 狭く暗い横道の中で、三人は呆然と立ちすくみ、半蔵を見下ろしていた。


 千葉と、右近は半蔵を抱えるようにして引きづりあげて、その暗闇から抜け出た。地下道の壁に設えられた「非常口」の緑の明かりが、いつもより一層冷たく見えた。

 事務所に戻った四人は、会議室のテーブルを挟んで押し黙っている。

 カチ、カチ——と、掛け時計の時を刻む音だけは、なにも変わりがなかった。


 ——間違いないな、は、繋がってる……


 千葉は、部下が消えたことのショックを抑えるように、踏ん張るような声音で言った。


 ——茜は……、戻って来れるのかな


 橙子が心細い声で、誰に問うというでもなく、呟いた。

 それを聞いた、半蔵がまた自責の念に囚われて、机を叩いて声を絞り出した。


 ——俺が、俺だけが入ればよかったんだっ……、そしたら俺が消えてそれで済んだはずだ…… っ、ああぁー、茜ぇー!

 ——誰が、消えようが同じだ。気に病むなっ、半蔵。


 そう言って、右近は、半蔵の肩を叩いた。


 ——茜なら、どこに飛ぼうが、なんとか、やれるはずだ、それに……まだ希望はある

 ——(……)


 半蔵は、千葉の声に無言で顔を上げた。


 ——つまりだ、は間違いなく、この今の世界と違う別の世界に繋がっていて、行こうと思えば、俺たちも行けるかもしれないんだよ

 ——また、が出ても……、ですか?


 その冷静な声音は右近だった。


 ——行けたとして、向こうが、どこ、いや、いつの時代なのかもわからず、ましてや、行って帰ってこれなきゃなんの意味もないのではないでしょうか


 ——その通りだ。だけどな、俺はあの場所しかないなら、行ってみようと思う。こうして座って議論ばかりしていても、埒があかない。


 ——キャップ、落ち着いてください。無茶です。それに、キャップは此処の司令塔です、万が一にも、居なくなられては困ります。


 右近の声音は静かであったが、千葉の目を覚まさせるには十分だったようだ


 ——すまんっ……、ちょっと動揺しちまったようだなっ


 今夜、二人がそこに入る——、ということは、こういうをある程度、予想していたし、否、期待していたのかもしれない。それを、何を今更動揺などしているのか、と千葉は自分に強く言い聞かせた。


 ——おれが、いくっ。行って、茜を連れ戻す。かならずっ……


 半蔵は、もう一度、明日の夜、あそこに入ると言いだした。


 掛け時計の針は、深夜二時を指していた——。

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