No.12「千葉定吉道場」

 千葉は、「取調室」の上座に座るのは初めてだった。

 には、時代劇に出てくる町人らしき姿の男が畏まって座っていた。


——お奉行様だ


茜が上座の右に控えて、町人に言った。


——君は、この女を見たのか?


 茜が軽く咳払いをした。


——あ、いや、は、この女人をどこで見た?

——へぇ、桶町の千葉道場ですけど……


 千葉は、茜に視線をやり、「桶町」について問うた


——「桶町」というのは、現在の「八重洲」あたりで、「鍛冶屋橋」通り沿いに「千葉道場跡」という立札がある場所かと。


 千葉は、あの日確かに、その近辺を妻と歩いていた。新潟であった妻の兄の葬式に出た後、東京に戻ってきて久しぶりに二人して「外堀通り」を歩いていたのだ。千葉はそのまま千代田の公安事務所に顔を出すつもりだった。妻は紋付の喪服姿で、千葉の後ろを歩いていた。


 そしてその時地面が大きく揺れ、振り返ると妻が黒い霧に呑まれて、今まさに消える瞬間だった——。


——して、その女人は元気そうであったか?

——遠目に見ただけですが、千葉先生の道場に住み込んでる風でしたけど


 茜が補足説明をしてくれた。


——「桶町」の千葉道場というのは、「北辰一刀流」の創始者である「千葉周作」の弟の「千葉定吉」の道場のことです。幕末の志士、「坂本龍馬」うじがそこで剣の修行をしたとでは伝えられておりますが……


 千葉は、微かな歴史の記憶を思い起こしていた。

坂本龍馬にはおりょうという恋人が居たが、その前に千葉道場の娘の「千葉さな子」と、婚約をしていた——というのをテレビのドラマでやっていたのを思い出した。


「千葉さな子」、は実在の人物で明治29年まで生きている。


—— もう一度訊く、この女人に間違いないな?


千葉は、妻のを、町人姿の「迷い人」に見せた。


—— へぇーっ、変わった髪型をしてたんで、よぉーく覚えてやした


 推測するに、妻はあの日、過去の世界に消えた。

それは、江戸期で幕末に近い時代であろう、あの坂本龍馬が生きていた時代に、、と考えられる。


 千葉の妻は、今こうしている時も、過去の時代において、千葉道場に拾われて生きながらえていたのだった。


—— その方、戻りたいか? 元の場所に

—— へぇ、あっしも、妻子置いてきちまってますんで、お奉行様っ、なんとかお願げーしやす


—— その方は、何をしていた、此処にくる瞬間まで。

——お城の半蔵門近くのお屋敷に、荷駄を運んでる最中だったと思いやす


 その男が言うには、江戸城半蔵門近くにかかる橋を渡ろうとした瞬間、雷が落ちて、気がつくと此処に来ていた——、というのだ。


茜が、言うには「半蔵門」近くで消えたものが他にも数名居たということだった。


——「半蔵門」近くに、何か特別なスポットがあるんだろうか?



千葉は、茜に問いかける風にして自分に謎解きを課した。

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