No.13「未来人からの警告」山に登れ——。

 取調室おしらすから、戻った千葉は、自分のデスクの椅子に深く腰掛け妻への想いに沈んでいた。


 妻は「千葉道場」に拾われて生きながらえている——。


 それは、長く何の手がかりも無く、無為に時間を過ごして来た千葉には一条の光明を得た気分であったが、同時に、それではどうやって妻を迎えに、そして連れ戻せばいいのだ?——という、無力感に襲われ呆然とするのであった。


いっそ、どこかに隠された深い井戸ホールへ身を投げれば、この身をへ連れて行ってくれるのではないか——、などと馬鹿げたことまで考えるようになっていた。

煙草を口の端に咥え、カシャン、とジッポーの蓋を開いて、火を点けることなく閉じる。そんなことを繰り返していると、倉科加奈子が甲高い声で、向こうのデスクから言って寄越す。


——キャップ!、ここは禁煙ですよー


その声に途切れていた現実の意識が連れ戻され、目を開けた。


——あ、すまん。


ふにゃ、っと煙草をへし折って、ゴミ箱に投げ入れた。


——キャップ、今度、が夢に現れたら、お願いしてみますね


 加奈子は、自分の子孫らしき子供が過去の世界に連れて行ってくれるのではないか——、という泡沫のようなことを未だ信じているみたいだった。


 そこに、右近が割って入ってきた。


——キャップ、これを見てもらえませんか


 右近は、小型のPCを抱えて千葉のデスクの前に立った。


——いや、自分がまさか、こんな記事に惑わされるなんて、と思うのですが……


 そう言って、右近はPCの画面を千葉に向けて語り出した。


——これは「東北大震災」の前に、ネットの「掲示板」に現れた、「未来人」からのメッセージなんですけど……


「未来人」からの——、と聞いただけで、「警察庁」という組織に属している人間が聞き耳をたてることなぞ有りえない話であったし、普通のものですら、ふんっ、と鼻息のひとつも鳴らしたくなるようなであった。


 しかし、千葉は真剣な眼差しを画面の文字に向けた。

それは、2062年の未来からやって来た男が、2010年にそのネットの掲示板に予告を残していたものだった。


山に登れ——。


「未来人」は2010年の時点で、近く人口減少に関わる大きな事象が発生すると予告し、その中に附則された意味深な言葉がだった。


——大津波を予測してたって言うのか?

——ネット民の反応は、それを暗に警告しにやって来たと言ってるのですが


 いつのまにか、倉科加奈子が右近の側に密着して立っていた。


——うぉっ


 右近の眉を吊り上げて飛び跳ねんばかりのリアクションに千葉は思わず眉間の皺を解いてしまった。


——班長ぉー、なんで私がそばに来ると避けるんですかぁー?

——い、やっ……、避けてるわけでは、、、ない

——それともぉ、私が気になるんですかぁー?


 加奈子の間延びした語尾に辟易として、右近はまたトイレに消えた。


——キャップ、私の子孫も、ひょっとしたら何かを伝えに来てくれてるのかもしれませんよぉー


——うむぅ……


 千葉は、倉科加奈子の不思議な天然っぷりは、この状況下では逆に神秘的に見えて来るから怖い——、と密かに胸の内で苦笑いした。


——今夜、あたり出てこないかなー、私のベビーちゃん


 千葉もゆっくり席を立ち「」から逃げるように、喫煙室に消えた。

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