No.19「茜が生きていた」
翌朝、事務所に集まった署員は千葉の指示を待っていた。
——なぜ、半蔵は消えなかったんだ……
千葉は、何度もそう独りごちていた。
——他に条件がきっとあるはずです。
橙子の言葉に、皆も頷く。
——よし、ここ一週間の考えられる条件をピックアップしてみようじゃないか。
千葉の言葉に半蔵以外は反応し、それぞれの席に散った。
——茜は、キャップの奥方に会えたんだろうか……、それとも……
——うむぅ……、どこに飛んで消えたのかすらわからない以上、憶測すらできんな。
千葉と半蔵が結論も出ないような話をしているところに、右近が割って入ってきた。
——キャップ。前に話した、「未来人」のことなんですが……
——ん? ああー、
右近の言う「未来人」とは、この現代にやってきて、「警告」を残して帰るという人物のことである。
——「未来人」が残したネットのメッセージを頼りに、「発信先」が割れたんですよ。都内のネットカフェからみたいで、その日付の防犯カメラ映像が残ってまして、ずっと解析を本庁に依頼してたんですが、その結果、興味深いことがわかったんです
——ほぉ、それは?
——その投稿をした人物が、今も東京に居るってことです。というか、未来から来たのではなく、「現代」の人間だった可能性が出てきたんです。
——と、言うことは、その人物に会えるってことか?
——はい、住所まで特定できてます。
——よし、半蔵と右近はそっちを当たってくれ なんか手掛かりが掴めるかもしれん
——はい
半蔵は重い腰を上げ、右近の後ろについて事務所を出て行った。
それに入れ代わるように、倉科加奈子が千葉の前に立って例の間延びした声で言う。
——満月の夜って、なんかあるんですよね……昔から
——ん?
——いや、ほら、二人が消えた日って、満月の日だったじゃないですか
——いや、満月というのは、一夜だけのことじゃないのか?
——はい。気になって調べてみたら、あっちの人が逃亡した日が「満月」だったんです。で、あくる日は、茜さんが消えたんですよ
——だから……なんだ?
加奈子はもじもじ腰をくねらせ、か細い声音で続けた
——満月と、その前後一日だけが、消えるための条件だとか……
それは、あまりにも都合のいい解釈であった。
——それなら、来月の「満月」まで待て、というのか?
——あは、やっぱりムリ、ありますよねー
満月の夜や、新月の夜は、潮の満ち引きにも関係し、地球上のバランスになんらかの影響を与える——というのは、聞いたことがある。
千葉は手帳をくって来月の満月の日を指で探した。
もし、その仮説が正しかったとしても、それでは何故、茜が消えた日に、半蔵も一緒に消えなかったのか——という疑問は残る。
それでも千葉は、来月の満月の日付を丸で囲った。
ところが——
同じことを、違う世界で考えているものが居た。
茜である。
茜は、降り立った場所で、はっきり見たのだ。
見上げる空に、ぽっかり浮かぶ真円の月を——。
茜は、半蔵とあの横穴に入る前、懐に拳銃と警察手帳があるのを確認した。
もしも、首尾よく自分が消え、どこかに飛んだなら、その降り立った場所の状況や条件めいたものを書き記しておこうと思っていたのだ。
茜は、携帯電話の明かりを頼りに、手帳に記した
満月の夜——と。
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