第52話 エピローグ2

「師匠、参りました。」


 カローナの回復後、初めてイサベラと二人でセフォネとの面会に訪れた。


「ようやく二人で来よったか。もう死んで、来ぬかと思ったぞ。」


「師匠!」


 冗談ともつかぬセフォネの言葉に、非難めいた突っ込みを入れるカローナを見ながら、イサベラはどう反応してよいのやら、目を白黒させていた。


 ・・・分からない。


 悪い人ではないだろうが、その冷たい無表情からは、本当に何を考えているのか分からない人だ。


「こ、こ、これを返しに来ました。ありがとうございました!」


「うむ。役に立ったようじゃの。」


 イサベラはうやうやしく、セフォネに借りた黒いぼろきれ、『死神のエプロン』を差し出した。


 初めて会った時は、ただの「ただ者ではないお姉さん。」だったが、カローナからセフォネの背景を聞いた後は、さすがに緊張してしまう。


「師匠!これについては言わせていただきます。まだ未熟なイサベラには、これは危険な代物でした。今後は控えて下さい。」


 カローナが、意外と臆することなく話しているのを聞くと、やはりそれほど怖がることはないのかもしれないと、イサベラは思った。


 カローナに非難されて、セフォネはめんどくさそうに手を振った。


「許せ。すぐに取り出せるのは、あれと『地獄骸犬ケルベロス』だけじ|ゃ。そっちの方がよかったかのぅ・・・。」


「やめてください。学校が半壊します。」


 地獄の幻獣の名前が当たり前のように出てくるのは、やっぱり怖い人なのかもしれない。


 しかし、イサベラはどうも腑に落ちなかった。


 カローナの話が本当なら、そんな大人物が、なぜこんなところに、見ようによっては閉じ込められているのだろうか。カローナにとってもイサベラにとっても重要な人物なのに、なぜ今まで会わせてくれなかったのだろうか。


「どうして今まで、その・・・セフォネ師匠と会えなかったんですか?」


 セフォネのもとを後にし、裏鏡セミータから出てきたところで、イサベラはカローナに直球で聞いてみた。


「そうね・・・『まだ早い』って思っていたのよ。」


 カローナにしてみれば、もちろん隠し続けるつもりもなかったが、裏鏡セミータの継承のことも考えれば、イサベラの将来にもかかわることなので、もっと慎重に伝えたかった。


 そして何よりも危惧したのは、「早すぎる死霊術の習得」だ。


 イサベラは『魔法の習得』に関して、カローナが目を見張るほどの才能がある。しかしその才能は、魔力の成長が伴っていないのだ。


 イサベラは、セフォネと会って高度な死霊術を見ただけで習得してしまう可能性がある。身の丈に合わない高度な死霊術は、精神に過度な負荷をかけ、術そのものに振り回され、やがて闇に心を支配されていく恐れがあるのだ。


 アイリスの心が急激に変化し、極端に走ったのも、本来使えない死霊術を強引に使ったからという理由もある。


「数十個の鬼火灯ウィルオウィプスライトの同時点灯、『死神のエプロン』、『地獄骸犬ケルベロス』。後は言わないけど、あの場所は、他にも上位魔法がてんこ盛りよ。イサベラ、鬼火灯ウィルオウィプスライトの同時点灯も、出来そうだと思ったんじゃない?」


「はい・・・。」


 イサベラは小さくうなずいた。確かに教わらなくても、何となくできそうな気がする。


「それが危険なの。多分だけど、あなたなら地獄骸犬ケルベロスもすぐに使えてしまうと思うわ。セフォネ師匠はそのあたりの加減が全然できない人だから、裏鏡セミータに入るときは、必ず私と一緒に入ること。いいわね。」


「分かりました。」


 アイリス先生のことがあったからだろうか、カローナの切実な思いが伝わって、イサベラはかみしめるようにうなずいた。


「あと・・・、セフォネ師匠は、どうしてあそこにいるんですか?」


 正直言って、これが一番気になることだった。


 凄い人物であることは分かった。しかしなぜそんな人物があんなところにいるのだろうか。話が本当なら、1000年は居ることになる。


「それは、太陽の結晶サンクリスタルを支えるため・・・としか、私も聞いてないの。その重要性を考えれば、裏鏡セミータは国の宝物庫か、王宮のしかるべきところに祭られてもいいと思うのだけれど・・・、そうもいかないよね。」


「なんでですか?」


「王宮には、セフォネ師匠の存在を快く思わない人たちもいるの。特に『太陽聖会』の人達なんかは、『死霊アンデット死霊術士ネクロマンサーという呪われた存在が、国を支えているなどとは認められない』って、公言している人間もいるわ。」


 イサベラは、「そりゃそうだよね。」と、思ってしまう自身の卑屈な納得が物悲しかった。


「でも、誤解もあるわ。セフォネ師匠は『死にぞこないアンデット』ではなくて、『不死イモータル』。死霊術士ネクロマンサーではなく、陰魔法の術士よ。でも呪われているのは本当なのよね。」


「え?」


「なぜかは分からないけれど、『セフォネ師匠には、不死の呪いがかかっている。』それは間違いないわ。何故かは、決して教えてくださらないけれど・・・。」


「・・・・。」


 イサベラは言葉がなかった。


 自分の想像以上の、大人の世界を聞いてしまったような気がして、何となく重い気持ちになった。


 そんなイサベラの様子を察し

 たのか、カローナは続けた。


「だから、セフォネ師匠と裏鏡セミータの扱いは、いろいろと複雑なのよ。これもあなたに教えるのを先延ばしにしていた理由よ。それとね、もう一つあるの。」


 カローナが何を言わんとしているのか、イサベラにももうなんとなくわかった。


「イサベラ、改めて聞くわね。あなたは裏鏡セミータをどうしたい?」


 裏鏡セミータが、代々受け継がれてきたものだと知った時から、自分も候補者なのだと悟った。


「あなたを拾って育てたのは、裏鏡セミータとは全く関係のないこと・・・。だから・・・、もしイサベラが嫌なら・・・、無理やり継がせるようなことはしないわ。」


 アイリスのことが、よほどカローナに暗い影を落としたのだろう。カローナはそう言いながら、伏せ見がちにイサベラに問い掛けた。


 事件がなければ、もっと堂々と裏鏡セミータのことをイサベラに明かすことが出来ただろう。そう思うと、イサベラにこみあげてくるものがあった。


「先生!」


「え?何?」


「鏡の一枚や二枚!どーんと任せてください!」


『二枚!』に突っ込むのは置いておいて、カローナは驚きでイサベラを見つめた。


「この街にずっといることになるのよ?大丈夫?」


 事件後に、エミリアの家からイサベラが逃げ出した経緯を聞いた時、カローナの胸は張り裂けそうだった。13歳の女の子がどれほどの恐怖だっただろうか。


 今はすべての誤解が解け、イサベラやカローナを非難するものはいないが、アイリスによって、死霊術士ネクロマンサーに対する恐怖や不信感は、むしろ増大したと言える。そんな街で暮らすのだ。


「・・・。」


 しかしイサベラには、はっきりしていることがあった。


 この街にきてからあった、いろんなこと・・・。エミリアと地下宮へ行ったこと・・・、ゴニアとの出会い・・・、『双子の狐』屋のミルさんとマルさん・・・、サニールやセティカ・・・。そして・・・。


 事件後に、カローナと二人でロージャに礼をしに行った時、ロージャは松葉づえをつき、足を引きずっていた。


 イサベラと別れた後に、すぐに王都の守り手シャインズガーディアンに保護されたため、暴徒の難から逃れることが出来たが、無理した足の回復には時間がかかったらしい。


 そんなロージャが、事件後に初めてイサベラを見たときの第一声は、「無事だったか!」だった。


 素敵な人たちがいる、そばに居たい人がいる、この街に居たいと思う、はっきりとした理由だ。


「この街だって、離れたくありません!」


「イサベラ・・・、ありがとう。」


 もちろん不安はある。悩みや尽きない。だが結局の結局は、カローナと一緒ならどこでも頑張れるのだ。そこまではまだ気恥ずかしくて、面と向かっては言えないが・・・。


 そんなところが、悩める花の死霊術士!イサベラ13歳!|

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