第35話 提案

 イサベラが落ち込みながら部屋に戻ると、すぐにカローナから何かあったのか聞かれた。


 イサベラは、何となく怒られるような気がして、躊躇したが、結局洗いざらいカローナに話した。


 まあ、やっぱり怒られた。


 成り行きとはいえ、自分でお金を稼がないうちは、お金で人助けをするのはよくないと諭された。もっともな話だ。


 しかし驚いたことに、何とカローナは、例の女戦士が街で働いていることを知っていた。地下宮での出来事の後、まだ街にいることを知って、たまに様子を調べたりしていたそうだ。


「そうじゃなかったら、イサベラのお金を取り返しに、『千鳥足亭』に怒鳴り込みに行くところよ?」


 カローナは冗談のつもりだったが、イサベラには効いたようで、カローナに申し訳なさを感じた。


「まあ、済んだことはしょうがないし、返すって言ったのなら、今は信じて待つしかないわね。それより、結局、銀の骨は買えなかったわけだから、今日の骨鎧ボーンアーマーの練習は、豚人間オークの骨にするわよ。まだ、ずんぐりむっくりになっちゃうんだから。うまく鎧を薄くできるように練習するのに、ちょうど良かったわ!」


 何だかうまく乗せられたような気がして、練習のため二人の教室に向かう途中でも、何度もため息が出た。


『子豚ちゃんの悪夢』が再びよみがえり、カローナに対する申し訳なさが、みるみると恨めしさに変っていく。学校が休みで、エミリアに見られる心配がないのが、せめてもの救いだった。


 自分で蒔いた種とはいえ、今日はついに念願の『可愛い防御魔法』ができると期待していただけに、どうしてもテンションが下がる。多少細身にできたとしても、しょせん豚は豚なのだ。


 そんなイサベラの落胆を見透かしたように、カローナにおでこをつつかれた。


「シャキッとしなさい。どうせ豚人間オークだしとか思っているんでしょ?言っておくけど、銀骨毒鳥シルバーボーンコカトリスの骨を手に入れたからって、イメージ通りに骨鎧ボーンアーマーにできなかったら、微妙なかたちになるわよ。変なところからくちばしが生えていてもいいの?」


 イサベラに戦慄が走る。ありうる話だ。


「(あたし、すらっとした子豚になる!)」


 イサベラは、イサベラの性格を知り尽くしたカローナによって、悲壮なやる気を引き出され、骨鎧ボーンアーマーをより細く、薄く、収斂させるための特訓が始まった。


 まじめにやれば、イサベラが魔法のコツをつかむのは早い。


 繰り返すうちに、だんだんとカローナのように、すらっとした。骨鎧ボーンアーマーになっていく。


「どうですか?先生!」


 コツをつかんでいくにつれ、骨の質量はそのままで、より収斂された骨鎧ボーンアーマーは、防御力も上がり、動きやすさも増していく・・・。確かに大事なことだと実感できる。


「やればできるじゃない!殆ど完璧よ!」


「えへへ。」


 確かに殆どカローナのそれと比べて、遜色のない造形になっていたが、カローナには一つ、気になることがあった。


「(尻尾しっぽが出てるわね・・・。気が付いていないのかしら。言ってあげるべきかしら・・・。)」


 確かに、豚人間オークの尻尾は、先端まで骨が通ってはいる。しかし、イサベラが、豚の尻尾が出来ていることを知ったら、また大騒ぎして、なだめるのに時間がかかってしまう。もう少し練習して、気づかないうちに消えてしまうのが一番だろう。


「(黙っていよ・・・。)さあ、仕上げるわよ!だいぶ良くなったけど、もう少し、腰のあたりがすっきりできるはずよ。さんハイ!」


「えー、もういいじゃないですか。そろそろ魔力の限界だぶぅ。」


 イサベラは、あんなに嫌がっていたのに、褒められると何だかこれぶたも悪くない気がして、調子に乗っている。もちろん魔力も、まだまだ余裕がありそうだ。


「あとで後悔するんだから、助言は素直に聞きなさい。いい?腰に集中して、もっとすっきりさせるイメージよ。」


『後悔』の真意がわかっていないイサベラは、しぶしぶ魔法を唱えるために身構える。


「はいはい、分かりました。腰ですね。骨鎧ボーンアーマー!」


 すかさず後ろをチェックするカローナ。


「・・・・(っうげ)。」


 助言が的確すぎたのか、尻尾に巻きが加わり、さっきより豚っぽくなっている。


「どうですか?今度はうまくいったと思うんですけど・・・。」


 ある意味ではうまくいったと言える、くるっとした見事な再現度だ。


 戦闘や防御力には全く関係ないので、放っておいてもいいのだが、気が付いたら大騒ぎになるに違いない。


「・・・・。」


「・・・?」←イサベラ


 はっきり指摘して直させたほうがいいかもしれないとカローナが考え始めたとき、勢い良く、教室の扉が開いた。どこかで見たような光景だ。


「カローナ先生!イサベラ!部屋にいなかったので、やっぱりここだったんですね!」


 エミリアと、そして今日はゴニアもいっしょだ。


「きゃあ、エミリアにゴニア!」


「休みですけど、遊びにきちゃいました・・・。でも、魔法の練習中だったのですね。お邪魔でしたでしょうか?」


「ううん、今終わったとこ!どう?あんまり可愛くはないけど、豚人間オーク骨鎧ボーンアーマー!」


「あ、ちょっと、イサベラまだ・・・。」


 カローナの制止も聞かず、イサベラは骨鎧ボーンアーマーを二人に披露し始めた。


「この間より、だいぶすっきりしたね・・・。やったじゃない。うん、豚っぽくないよ!」


 エミリアの酷い褒め方だが、イサベラは嬉しそうだ。


「強そう・・・、すごく強そうですよ。イサベラさん!」


「えへへ。」


 くるっと背を向けて、ポーズをとりながら、後姿も披露するイサベラ。


「(うう、不憫な子・・・。)」


 自分から悲劇に突っ込んでいくイサベラのスタイルに、カローナは目頭を押さえた。


「わあ♡(尻尾が)可愛いです。」


「あ・・・(尻尾)。」


 二人とも真っ先に尻尾に気が付いたが、エミリアは、豚っぽくなることに傷心だったイサベラを知っているため、どう反応していいのか迷った。


「どうぶひ?♡」


 ポーズのまま振り向いて微笑むイサベラに、これは完全に開き直っているのだとエミリアは勘違いした。


「うん、可愛いよ。その尻尾しっぽ。」


 実際、ちょっとかわいいと思うエミリアだったが・・・、イサベラは固まっていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 それからいろいろあって、亡骸なきがらのように座り込むイサベラの隣で、エミリアが頭をよしよししながら、ゴニアが手を握って励ましていた。


「ぶひひ、笑いたければ、笑えばいいブゥ。」


 骨鎧ボーンアーマーはとっくに解除していたが、今度こそ本当に開き直っているイサベラが自嘲気味に、力なく笑う。


 エミリアたちは「可愛いかった」と励ましてくれたが、尻尾が生えてしまった13歳の乙女の気持ちは、生やした者にしかわからないものだ。今では、尻尾に気づかずに調子に乗っていたすべてが黒歴史だ。イサベラ的には、もうお嫁にいけない。


「もう!可愛かったって言っているでしょ。」


 エミリアの言葉に、ゴニアが激しく頷く。


「ふふ、ありがとう。こんな豚でも可愛がってね。」


「(・・・駄目だこりゃ)」


 ちょっとまだ戻ってこれなさそうなイサベラは置いておいて、エミリアはカローナに改まって向き直った。


「カローナ先生。実は遊びに来たついでに、ちょっとした提案があるんですけど・・・。」


「あらエミリア、何かしら?」


「そろそろ、もう一度実践に行ってもいいと思うんです。」


 ゴニアが息をのみ、イサベラが光速で正気に戻った。

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