第2話 チャッキーと死霊術の基礎

 イサベラがボーっとしていると、そのカローナ先生が教室に入ってきた。すらっとした四肢に、青みを帯びた長い銀髪、漆黒のドレス。ここまでなら「街の視線を独り占め!」だろうが、首に掛かった怪しげな小さな髑髏どくろに、女の子でもドキドキしてしまう漆黒のドレスは、術師の端くれなら誰でもただのドレスでないことに気が付く。その帯びている禍々しいほどの魔力に、違う意味でドキドキしてしまう。


 街の視線どころか、警戒心も独り占め!しそうな勢いだ。今日は極め付けに、妙に眼のうつろな、おもちゃの人形を持っていた。不気味なことこの上ない。


「イサベラ、また寝てたの?ほっぺたリンゴみたいよ?」


 イサベラは服の袖でほほをこすったが、その顔は仏頂面だ。


「・・・不機嫌ね。まあ良いわ。午前の授業でも言ったけど、午後はアンデットの召還と操作の仕上げをするわよ。」


「先生・・・。」


「はい、イサベラさん。何でしょう。」


「その前に友達の作り方を教えてください。」


「・・・」


「前に住んでいた田舎は、みんな良い人だったけど、おじいちゃんおばあちゃんばっかりで、やっぱり同じ年頃の友達とかあこがれたし、、先生と王立魔法学校に行けるって、『わぁ大都会!』とか、『え?学園生活?』とか夢見てたのに、めちゃくちゃ警戒されているじゃないですか!多少はね?とは思ってましたけど、ここまでなんてびっくりですよ!」


「・・・」


「・・・カローナ先生、キャッキャウフフがしたいです(泣)。」


「ハーイ、ボクチャッキー!トモダチナッテアゲテモイイヨ?」


 カローナは持っていた不気味な人形の口をパクパクさせながら、裏声で答えた。


「うわぁぁん!ひどいぃぃぃぃぃぃ!(マジ泣き)」


「ええい、わかったわよ。泣くのはおやめなさい。先生もそのことはちゃんと考えていました。ええ、ちゃんと考えてありますとも。名案よ名案。」


「(ズビッズビッ)どうやって?」


「その前に今日やることをやってからよ。死霊の召還と操作、ここ数日の成果を見せてちょうだい。ほら鼻水拭いて。・・・きたなっ!袖はやめなさいっていつもいっているでしょ!」


 言いながら、カローナは教壇の上に不気味なおもちゃの人形を置いた。イサベラが目を凝らすと、わずかな魔力を感じる。マジックアイテムだ。


「はあ、まったく・・・いい?この人形は、召還したアンデットを自動的に憑依させ、操作することができるマジックアイテムよ。あなたの練習用に私が作ったわ。」


「(自作!趣味わる!)」


「はい、じゃあまずは召還の基礎から。月魔法、死霊術の最も基本的な召還術と効果を言ってみて?」


「・・・鬼火ウィルオウィスプです。召還すると攻撃対象に自動追尾して破裂します。」


「よし!次に最も基本的な操作術は?」


死霊操作パペット・アンデッドです。かわいそうな下位の死霊アンデット、例えば野良腐死体ゾンビちゃんを一定時間支配し、『○○を攻撃せよ』などの簡単な命令をすることができます。魔法が切れるとゾンビは崩れ去りますが、最後に世のため人のためになってからなので、『悪霊退散ターンアンデット』よりお徳です。」


「すばらしい。あなたは既に二つとも散々訓練してきたわね。そこでこのチャッキーちゃんの出番というわけ。もうわかると思うけど、鬼火をまずここに召還して憑依させてから、死霊操作パペット・アンデットの要領で操作する。これができれば、そのうちより上位のアンデットの召還と操作を一度に行う死霊術が使えるようになるわ。はい!じゃあがんばって!さんはいっ!」


「え?」


「さんはいっ!」


「よ、よーし。(キャッキャウフフの未来のため!)鬼火ウィルオウィスプ!わ!ほんとに入っていった。」


「早く!ほっとくと暴れるわよ!」


 ガタガタと人形は小刻みに震えだしている。


「わたた、えっと確かパペット・アンデットの要領で・・・(集中、集中ぅぅぅ)」


 召還を維持したままの、操作への移行。一発でうまくいった!イサベラが意識を研ぎ澄ますと、小刻みに震えていた人形は静かになり、感覚ではっきりと命令待機の状態であることわかる。


「ふう、先生うまくいきました!」


「やるわね、でもまだよ、攻撃命令を出してみて。」


「えっとじゃあ、机を攻撃。」


 人形は教壇から飛び降りると、ぽすぽすと机を叩き始めた。


(あれ?ちょっとかわいい?いやいやいや、所詮はアンデット・・・。でもぬいぐるみをもっとかわいくしたら?・・・いける!もしかしてこれが先生の名案?キュンキュンもっふもっふの何かで友達殺到キャッほーい!)


「うん、まったく問題なさそうね。でもこれはどうかしら?」


 カローナがおもむろに手を振ると、人形の動きがぴたりと止まった。


(え?なにかされた!?攻撃命令を受け付けない!?)


 人形は既にカタカタと小刻みに震え、驚いたことにその人相が凶悪なものに変わっていく・・・。はい、死んだ!キュンキュンもっふもっふの何かのイメージは、今死にました。


「先生ずるい!なにこれ!?」


「集中!来るわよ!」


 バン!と人形が飛び上がったと思うと、天井にへばりつき、「それ」はこちらを見た。


 その歪んだ顔は単に不気味だった元の人形の面影はなく、生者を憎むアンデットのそれだった。次の瞬間、チャッキー人形は天上を蹴り、突進してきた!


「きゃあ!!」


 咄嗟に避けたイサベラは、教室の隅まで飛んで、体制を整える。チャッキー人形はイサベラではなく、はじめから机に向かっていたように見えた。机に激突したが、机はまったくノーダメージに見える。見てくれはあれでも所詮は人形。攻撃力はほぼなさそうに見えた。がしかし、机の上で歯軋りしているチャッキー人形の手には、いつの間にかイサベラの鉛筆が握られていた。超怖い。


「まてまてまてぇぇい!!洒落になりませんよ。先生!」


 カローナの方を見ると、真剣そのものの表情でこちらを見守っている。イサベラはただのいたずらではないことを悟った。授業の一環らしいし、ゾンビ以上の上位アンデットなら、本当におこりうることなのだろう。


(だったら!)


 すべきことは一つ、再支配だ。乱れた集中を取り戻し、再支配を試みるしかない。普通の人間は、アンデットのむき出しの敵意に触れると、萎縮してしまう。上位のアンデットは叫び声だけで、屈強な戦士も怯ませてしまう。アンデットの恐怖を乗り越える方法。カローナはいつもイサベラにこう言い聞かせている。


 それは「アンデットを理解しようとすること。」


 イサベルは机の上のチャッキー人形をじっと見つめた。その視線から逃れるように、チャッキー人形は横に飛び、そのまま壁を蹴る勢いで飛んでくる。早い!


(だめ、さっぱりわかんないよ。だけど・・・。)


 冷静にはなれた。研ぎ澄まされた集中力が、魔力となって人形を突き抜ける。


(攻撃中止。)


 魔力によって命令が通った感覚がはっきりと伝わる。人形は始めの勢いのままイサベラにつっこんできたが、イサベラの体に触れる前に不自然にふわりと勢いが殺されて、床に落ちた。人形の顔は元の不気味な表情に戻っていた。


(ああそうか、先生が・・・。いつの間に・・・。)


「ふうー」


 大きく息を吐いて、ドヤ顔でカローナのほうを向くと、飛んできたカローナに抱きしめられた。


「最高よ!あなた最高!一発で決めるのは間違いなく才能よ!必ず私以上になるわ!」


 イサベラにとって、自分が死霊術師として着実に成長しているという事実は、正直言ってまだ微妙だ。でも、カローナに褒められて抱きしめられるのは、ちょっと息苦しくても、やっぱり嬉しい。いや、女の子だし、変な意味じゃなくても、顔をうずめたくなる。だって・・・。


(「お母さんみたい」って思ってもいいよね?)


 イサベラはにやけながら顔をうずめた。髑髏が邪魔だった。

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