悩める花の死霊術士

にわとり老子

悩める友達作り

第1話 私イサベラ!

 ヤッホー!あたしイサベラ。甘いもの大好き、かわいい服大好きの女の子だよ。え?そのわりには着ている服が黒過ぎない?って、んもう、良いじゃないですかそんなこと。皆さん魔法適性は何ですか?あたしはかわいい防御魔法とか好きなんです。・・・え?手に持ってるの死霊術のテキストじゃないか?って?(っち、見られた)やだぁ、そこに落ちてたの拾って、書庫に届けようって思ってたんですぅ。え?あなたは死霊術師じゃないかって?ち、ちがいますぅ(まだ見習いだし)。あたしそんなんじゃありません!あ、まって!そんな眼で見ないで!ちがうの!アンデット操作とかより、ホントは女の子らしいかわいい防御魔法が好きなの!ただ友達がほしっ・・・いやぁぁぁっっ!いかないでぇぇーー!


 ・・・ろくでもないところで目が覚めた。ショックなのは夢の中では妙にぶりっ子だったこと。現実でもあれだけ愛嬌振りまけたら、さぞかし楽しかろうと思う。


(はぁ、夢で気分が落ち込むとか・・・やだなぁ)


 うつぶしたままうっすらと眼を開けると、窓の日差しは高くまぶしく、運よくまだ昼休みのようだった。教室の柱時計を確認しようと顔を上げると、広げていたノートが、よだれでほっぺたにくっついたまま、破けてしまった。湿ったノートの破けた部分を剥がして見たら、寝る前に書いていた痛い自作ポエムだったので、そのまま丁寧に折りたたんで、壁と柱の隙間にねじ込んで封印した。


(普通の女の子になりたかったなぁ)


 お姫様や有名人が思うなら可愛げがある。しかし、よだれたらして居眠りしてた子が思うのは、ちょっとずうずうしい。


 普通なら恥らう十三の乙女が教室でこんな大失態をやらかしたら、その場で無断早退して、一週間は羞恥のあまり部屋に引きこもるレベルだが、ここは王立魔法学校付属、月魔法の校舎。


 月魔法はなぜか女性に適性を持つものが多く、現在は月魔法校舎には女性しか在籍者はいない。魔力に適正のある人間は、もともと没頭してしまうタイプが多く、魔法研究にどっぷりはまって外見を気にしない変人も多い。髪を何日も洗わずぼさぼさの子や、何日も同じ服で濡れた犬みたいな匂いのしちゃう猛者もいる。


 よだれたらして居眠りをしたぐらいでは、羞恥心はピクリともしない。


 さらに月魔法には精神操作系の魔法が多いが、その中でも数万人に一人の確立でしか適性の現れない「死と魂に関する魔術」、つまり死霊術が月魔法には含まれる。ここはその死霊術のクラス。生徒はイサベラ一人だ。「恥らい?何それおいしいの?」だ。


 教室の外には生徒達の声や、足音、様々な気配があるが、誰もここ死霊術の教室を覗き込もうとすらしない。それは『死霊術』というおどろおどろしい名称はもとより、先人の死霊術師達のやらかしてきた悪行の数々と、作り上げてきたイメージの賜物だ。


 昔の戦乱の時代には、その使う術ゆえに「死をもてあそぶ」と忌み嫌われ、実際に「死」に対して敬意を払わない歪んだ術者も多かった。良識を持っていた者も、死霊を操る術を極めていくうちに、より強力な死霊と接しながら、逆に精神を少しずつ侵されてゆき、狂わされてしまうものも多い。最後は自分自身をアンデット化したいという衝動を抑えられず、ヴァンパイアやファントムキングとなって、生者(せいじゃ)を無差別に襲い始めてしまう。中にはそのまま他のアンデットたちをも支配し、地底のダンジョンに陣取り、国を脅かすほどの一大勢力を築き上げ、悪い意味で歴史に名前の残ってしまった者もいる。物語の悪役では、ぶっちぎりの登場率だ。


 そんな禍々しい実績のある、危険な死霊術が、権威ある王立魔法大学に開設されたのは、もともと適性を持つものが極端に少なく、危険因子は管理下にあるほうが帰って安全という国の思惑もあったが、何よりもある死霊術師の功績が大きかった。


 その名は「死の月ブルームーンカローナ」。十代のころから、死霊術師として優秀な術師であった彼女は、戦乱の時期において、その戦闘での活躍も大きく評価されている。国に平穏が訪れた今も、魔術研究分野での功績もあり、偏見や強い警戒心もある中で、学内の協力者も少なくない。


 イサベラという生徒たる適性者がいたのも、開設の大きな理由だった。


 イサベラ自身はもうほとんど昔のことは覚えていないが、イサベラは戦災孤児だった。月魔法以外のどの魔法もそうだが、適性者は同じ適性者を目の前にすると、その適性をある程度感知する。戦禍にあった村に赴いたカローナが、残された赤子だったイサベラを偶然見つけ、引き取り、育ててきた。イサベラにとっては両親をなくした上に、ボッチ人生の始まりであり、カローナは不憫も感じたが、それ以上にその類希な出会いは運命であったと強く信じている。

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