第40話 サニール
白い魔物は、苦しんでいた。
食べても食べても、満ち足りた幸福感を感じることは決してない。
既に死せる身。『食べる』などの、生命としての充足感を、決して感じることはできない。しかし、「目の前の魔力を取り込め」という、使役者の命令にあがなうこともできない。それが自分と言う『
そして先ほどは、山盛りの凝縮された魔力を、文字通り喰らわされた。
それでも満足感を感じることはなかった。
目の前には、まだいくつかの魔力が感知できる。白い魔物は本能に従って、その中の一番を探し出す。
最初の一人はもう、食べ残し程度の魔力しかない。
けた外れの山盛りは、先ほど喰らって、また増えつつあるが、まだ時間はかかりそうだ。
残りは、どっこいどっこいか・・・。
・・・それにしても、鬱陶しい。
さっきから、蠅のように目の前をかく乱してくる小さな魔力が、鬱陶しくてたまらない。
その小さな魔力の発動者と思われる者の方を見た。
・・・居た。
見つけたのは、小さな魔力の発動者ではなかった。その後ろにいる、現時点で一番の魔力。
白い魔物は、ゴニアに向かって、その腕を伸ばした。
「(まずい!)」
腕の伸びは、一閃する鎌のような速さで、ゴニアに迫ってきた。サニールの
「避けろ!」
サニールの声にも、目を開いたまま、ゴニアの体は完全にすくんでいた。
今日が初めての実践だった・・・。相手は
そして・・・、そして、ただただイサベラの役に立ちたくて・・・。
迫りくる攻撃にも体は動かず、握っていた
次の瞬間、ゴニアは声も出せず、横に突き飛ばされた。
エミリアだった。
そのまま白い魔物の腕は、身代わりになった、エミリアの体をつかみあげる。
「エミリア!」
「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!」
イサベラとエミリアの絶叫とともに、白い魔物の腕は、ゆっくりと、エミリアから何かをはがすように、震えている。
掴まれているのは、エミリアの魔力そのものだった。
やがて白い魔物の腕は、毟った魔力とともに、エミリアの体をすり抜けていき、握られた魔力は、口に運ばれていく。
根こそぎ魔力を奪われたエミリアは、気を失って、そのまま地面に崩れ落ちた。
「
サニールの魔法が発動し、再び白い魔物を閉じ込めたが、それ以上のことは何もできない。考えうる最善手は一つだった。
「セティカさん!みなを連れて逃げろ!」
「サニール!」
「知っているだろ?俺の
「でも・・・。」
「ははっ!駄目そうなら、君たちの後に、俺も逃げるさ!早く!」
結論は出た。今の彼らに手に負える相手ではないのだ。サニールの決意を組んで、セティカは頷いた。
「エミリアさんの様子は?!」
気絶したエミリアの横では、イサベラとゴニアが、へなへなと座り込んで、エミリアをゆすっている。
セティカは、素早く駆け寄ると、エミリアの様子を確認した。
「(攻撃が見た通りなら!)」
エミリアは、苦悶の表情で呻いていたが、見たところ外傷や出血もなく、気絶しているだけのようだ。
「大丈夫!気を失ってるだけ!逃げますわよ!」
言いながら、セティカはエミリアを背負うと、号令をかけた。
「退却!」
その声にはじかれたように、一行はサニールを残して、墓地の入口へと駆け出した。
「(どうか、ご無事で!)」
セティカは歯をくいしばって、残りたい衝動を振り切ると、その場を後にした。
サニールは、全員が去ったことを確認し、改めてこの白い魔物と正面から対峙した。
今なら、セティカがあれほど憔悴していた理由がよくわかる。
この、自身の魔力が毟られていく感覚。脳髄を直接撫でられているような嫌悪感が、絶え間なく襲ってくる。しかし、セティカたちのために、なるべく時間を稼がなくてはならない。
「(サニール!気合を入れろ!耐えて見せる!)」
これは、根比べの勝負になるはずだった。しかし・・・。
「おいおい、ふざけんなよ?」
白い魔物の、喰らう速度が明らかに増している。始めは、体も小さな魔物と思ったが、いつの間にか、ふた回りは大きくなっていた。腕の一振りで毟られる壁の穴は、だんだんと新しいものが間に合わなくなっていった。
「ちきしょう・・・。」
ついに腕の一振りで、
腕の速さはさっき見た。まず逃げ切れない。
ついに、白い魔物の腕が、サニールをつかみあげた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
セティカたちの報告を受けて、教師陣が、その場に駆け付けたのは、時間にして四半刻にも満たなかった。
しかし、白い魔物も、そしてサニールの姿も、既にどこにも見えなかった。
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