第19話 石の師弟その2
メデュキュラスは、細心の注意を払いながら、二つの小さな丸い加熱容器の上でドロドロに溶けて赤くなっている何かに、何かの粉を振りかける。
やがて赤く溶けながら燃えていた何かは、わずかに黄色に色が変わった。この変化を起こす塩梅が微妙で難しいのだ。
「ふう。」
調整がうまくいき、一息つくと、今度はその熱い物体に手をかざすと、長い呪文の詠唱を始めた。
戦闘では武器や防具に特殊効果などを付加し、平時では、このように時間をかけて魔法品の作成なども行うことができる。
メデュキュラスは、底知れない
それでも、今のようにある程度の
詠唱が終わると、高温の黄色い物体は、冷えながらどんどんと透明に固まっていき、固まりきったところで、メデュキュラスが加熱容器の型から外すと、「パキン」という音ともに小さな丸いレンズのようなものが二つ転がり出てきた。
あとはこれを、ゴニアの今使っている『瞳力封じの眼鏡』のレンズと交換すれば出来上がりだ。
メデュキュラスが実験台の向かいにいるゴニアに顔を向けた。
ゴニアは交換のために外した眼鏡を持ったまま、沈鬱な表情でうつむいていた。
「そんなにあの子のことが気になりますか?」
もちろんイサベラのことだ。
ゴニアは「はっ」として顔を上げたが、思い出したように、またうつむいてしまった。気まずい沈黙がしばらく続く。
「・・・きっと大丈夫ですよ。これが出来たら、瞳力は完全に抑えられます。触るのは無理でも、あの子とは面と向かってだって、また話せるようになるはずです。」
ゴニアはまだうつむいたままだった。
「ゴニア・・・、そうね・・・、実を言うと、今回のことは、私の責任が大きいと思っています。本当に申し訳ありません。ゴニアの魔力の強さを見誤っていたこともそうですし、私にカローナ先生ぐらいの社交性があれば、ゴニアにも不憫な思いをさせなくて済んだのですが・・・。」
ゴニアは顔を上げた。
「そんな!先生のせいではありません。自分でもわかっているんです。能力がある程度抑えられるようにならないと、まともな人付き合いもできないって。それなのに、ここにきてからも魔力は強くなっていくのに、抑え方は全然うまくならなくて・・・、そんな自分がふがいなくて・・・。」
ゴニアの声は、だんだんと上ずった涙声になっていく。
「はじめてイサベラさんを知った時・・・、『私と似ている』って思ったんです。でも・・・、でもいつのまにかエミリアさんと仲良くなっていて、それで・・・、私は何をやっているんだろうって・・・、おいて行かれているような気がして、うっく(泣)・・・、イサベラさんに迷惑かけて・・・、こんなのおかしいですよね。」
メデュキュラスは、そっとゴニアの頭を撫でた。
ゴニアに自分から触れようとするものは、魔法学校では石化耐性、石化解除が自由自在のメデュキュラスしかいない。
「ゴニア思い出してください。私は、ゴニアがここに、私のところに来た日をよく覚えていますよ。あなたのご両親は、体の所々が石化しながらも、特にお母様は、あなたをしっかりと抱いて、ここに来られました。目隠しされたあなたは、自分では歩けなかったですから。ゴニアも覚えてますよね?」
「・・・はい。」
「もちろん、早く力を完全に操れるようにならなければいけませんが、石化の能力を抑えられるかどうかとか関係なく、ゴニアを抱きしめてくれる人がいるということを、あなたはすでに知っているのです。一人ぼっちになることは絶対にありません。うらやましかったですよ。私にはいませんでしたから。」
メデュキュラスが、仮面の下でどのような目をしているかはわからない。
しかし今までの半生は、決して明るいものでなかったことは、容易に想像できた。
「イサベラさんもきっと同じ。戦乱でご両親は亡くされたと聞いていますが、あのカローナ先生に育てられたのですから・・・。人の『魂』に触れ続けてきたあの人は、人の気持ちに寄り添う人です。イサベラさんと仲良くなれるかは、まだわかりませんが、あの子はきっとまたゴニアのところに来ますよ。準備は必要です。」
「・・・はい、わかりました。」
次会ったら、一体どのような反応をされるのか?一抹の不安はあったものの、せめて魔力の制御にもっと励もうと、ゴニアは改めて決意した。
「さあ、涙を拭いて、新しい眼鏡を試しましょう。」
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