第20話 再挑戦

 月魔法の校舎、死霊術専用の教室で、イサベラは窓から外を眺めながら、ぼぅっとしていた。


 午後の授業も終わり、エミリアも先ほど帰っていった。


 今日はあいにくの雨が降っており、窓の外からは、他の属性の校舎が見え、金魔法こんまほうの校舎も、霧雨の向こうにぼんやりと見える。


 イサベラは、はあっとため息をついた。


 カローナ先生からは「落ち着くまで会わない方がいい」と言われたが、仮にゴニアが落ち着いたとして、どうしたらいいのだろうか?


「(謝りに行く?「気絶してごめんなさい」と言えばいいのかな・・・。いやいやいや、何か違う。いや、かなり間違っている気がする。「全然気にしてないよ」これだ!そして握手・・・じゃじゃじゃなくて、・・・そうだ!エミリアにも相談して、『キャラメルバイツ』の一員になってもらおう!学校で一、二を争う嫌われ者二人が、一つのチームに!)」


 自分で想像して、自分の精神に100のダメージ!


 落ち込んだイサベラだったが、そこは覚悟を決めることにした。100人の友達がほしいのではなくて、仲良しの一人でもいいのだ。


 イサベラが一人、納得して教室でうんうんとうなずいていると、後ろの方で、教室の戸が開く音がした。


「あれ?エミリア?忘れ物?」


 立っていたのは・・・、ゴニアだった。


 ビクッと、イサベラの体が硬直する。右手がまた、重く冷たくなったような気がした。


 ゴニアは俯きながらもじもじと、何かを言いたそうにしていたが、意を決したように口を開いた。


「あの・・・、やっぱり私が謝らなくちゃいけないと思って・・・。」


 言いながら、イサベラを見ると、イサベラは右手を抑えていた。本人も完全に無意識の行動だったが、その眼のわずかな怯えに、ゴニアは気が付いてしまった。その眼の色に、今まで囲まれて生きてきたのだ。気が付かないわけがなかった。


(やっぱり・・・、まだ無理なんだ。)


 ゴニアは自分を責めた。こんな自分に近づいてきてくれたのに、自分でぶち壊してしまった。分かっていたことだが、どうしても目に涙がにじんでしまう。でも泣く姿を見せるわけにはいかない。


「本当に・・・、ごめんなさい!」


 やっとのことで、一言を絞り出すと、ゴニアは教室から駆け出して行った。


 逃げるように階段を駆け下り、月魔法校舎を出て、雨の外に駆け出していく。


 雨と涙を拭いながら、早く力を制御できるようになりたいと心から思った。


 心から思ったが・・・。


「(え?あれ?)」


 後ろに気配を感じて振り向くと、必死の顔で、イサベラが追いかけてきてる!


「まって!」


「ひっ!」


 そのイサベラの剣幕に、ゴニアは思わず逃げる足に力を入れた。そしてその拍子に、ローブの裾を踏んでで、派手に転んでしまう。


「(なに?どうして?)」


 地面に突っ伏しながらも、心はパニックで、濡れた石畳が滑って、うまく起き上がれない。


 顔を上げたところに、息を切らせたイサベラが立っていた。


「はあ、はあ、はいっ!だいじょうぶ?」


 イサベラは、ゴニアを助け起こそうと手を差し伸べた。


 このイサベラという子はまだわかっていないのだろうか。手に触ってはだめなのだ。ゴニアは絶望して、首を横に振った。


「はあ、はあ、ちがうの!いいの!私はまた石になってもいいの!さあ!起きて!」


 ゴニアは驚きで目を見開いてイサベラを見た。怖くないはずはない。しかしその声は断固としていた。


「でも・・・また石に・・・。」


「いい!またメデュキュラス先生のところへ行けばいいんだし!はい!」


 イサベラの迫力に押されて、今一度突き出された手を、取りかけたゴニアだったが、その手を止めた。


 もちろんその手を握りたい。でも、石にされる側の恐怖もあれば、石にしてしまう側の恐怖もあるのだ。


 その躊躇するゴニアの手は、イサベラによってがっしりとつかまれて、引っ張られた。


 思わずゴニアが起き上がると同時に、イサベラの右手がパキパキと石化していく。


 慌ててゴニアが手を外そうとしたところに、イサベラは左手をかぶせて、さらにしっかりと握った。


「ね、平気でしょ!改めまして、私イサベラ、よろしくね!」


 イサベラは、そのまま握手するように手を振り、ぎこちなく笑った。


(「あの子はきっとまたゴニアのところに来ますよ。」)


 やはり自分から謝るべきだと思って、ゴニアは自分でここまで来た。が、メデュキュラス先生の言っていたことは本当だった。


「ひっく、ひっく。」


 うれしくて涙が止まらないのは、メデュキュラス先生に会えた時以来だった。


 そして、握る手の異変に気が付いた。


 イサベラの右手が、みるみると元に戻っていき、今この瞬間、ゴニアは、はっきりと力の流れを感じることが出来た。


「え?あれ?ゴニア!これ!もしかして・・・。」


「ひっく、はい、はい、やりました・・・。」


 この日、ゴニアは生まれて初めて、力の流れを制御することに成功した。

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