第33話 気まずい再会

 試験後の祝いから一夜明けて、窓から差し込む日の明るさに、イサベラは目を覚ました。朝食のスープだろうか?良いにおいもする。


 長椅子から体を起こすと、掛けられていた毛布に気が付いた。


 何となくカローナが掛けてくれたことを覚えているが、何か引っかかる。確か、鏡が変なことになっていたような気がして、イサベラは壁に掛けられた大鏡を見たが、いつもの大鏡だった。


 そして、いつものカローナが、いつもと同じように、テーブルで朝食を食べていた。今日の朝食は麺麭ぱんと野菜のスープだ。イサベラの分も、すでにテーブルに準備してある。


 何の変哲もない、いつもの朝にイサベラは首をかしげながらも、突然思い出した。それは・・・。


「お小遣い!」


 イサベラは完全に目が覚めた。


「ちょっと!おはようございますも言わずに、朝一番の台詞せりふがそれ?あきれた・・・。まずはちゃんと朝食を食べなさいな。」


「は~い♡、はいはいはいはいはいー!」


 イサベラは長椅子から起きると、朝食へ飛んで行った。


「こら!部屋で走らない!あ!麺麭ぱんを丸かじりしないの!ちゃんと小さく千切って・・・、だから!スープ皿に口をつけないの!スプーンがあるでしょ!」


 カローナにぺしぺし叩かれながらも、イサベラの頭は既に銀の骨のことでいっぱいだった。それもそのはず、今日は、七日に一度の学校の授業がない日、つまりお休みだ。イサベラの朝っぱらからの買い物を妨害するものは何もない。


「でへへ、先生・・・。」


 朝食を食べおわり、頬っぺたに麺麭くずをつけたまま、にっこりと手を差し出すイサベラを見て、カローナは、お小遣いを餌にした教育方針を、二度とやるまいと後悔した。


 イサベラは、カローナからもらったお小遣いを大事に革袋へしまうと、着替えもそこそこに、部屋を飛び出していった。いつも注意している、食べた後の食器を片付けることも、清々しいほどに忘れていった。


「やっぱり間違えたわね・・・。」


 実の母親ではないとはいえ、親の役目もなかなか難しいものだ。


 イサベラの食べた食器を片付けながら、カローナは窓の外を見た。


 今日もいい天気になりそうだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 イサベラは、小走りに、雑貨屋『双子の狐』屋に向かっていた。


 エミリアとゴニアを誘わなかったのは、こっそり準備して、驚かせようと思ったからだ。『子豚ちゃん』と評された無念を晴らすためには、これぐらいはしないといけない。


 しかし・・・、ついにあの銀の骨が買える!


 授業での孤独を乗り越え、夜は襲い来る眠気に耐えながら、カローナの厳しい講義を必死で書きとり、勝ち取ったお小遣いせんりひんだ。まあ試験に合格したことで、少しは勉強のやりがいも感じることもできたが、イサベラにとっては、それはあくまでおまけである。


 イサベラが夢にまで見る『可愛い防御魔法』は、どうせ死霊術士になることが運命付けられているなら、一つの譲れない悲願と言っても過言ではない。


 肝心の防御力に大きな不安があり、ちょっと前までは、それでも美しさを選ぶことに悲壮な覚悟が必要だったが、ここ最近では、毎日魔力の総量が少しづつ上がっていくのが自分で分かるほどに、イサベラの魔力は伸びていた。このぐらいの年齢の魔法を志す者には、よく見られる傾向であり、王立魔法学校では、『魔力成長期』と呼ばれている。


 地下宮の入り口でびびっていたイサベラとは、もう一味違う(はず)!鎧としてはぺらっぺら?ぶん殴られて死ぬ?その前に美しく倒す!今はそんな気持ちだ。


「ああん?そんなごまかしが通じると思ってんの?!!」


 小走りで通り過ぎた路地裏からの突然の大声に、思わずイサベラは立ち止った。喧嘩だろうか。しかも、言葉遣いは悪いが、女の声である。


 男の怒鳴り声だったら、好奇心よりも恐怖心が勝って、そそくさと通り過ぎたかもしれない。もとより首を突っ込む気はさらさらなかったが、ちらりと見るだけのつもりで、イサベラは路地裏をのぞいてみた。


「どうか信じてほしいんだぇ。盗んだ分は必ず返すから。」


 四人の人間が言い争いをしているようだった。いや、もっとよく見ると、三対一で、一人の方はひたすら謝っている状況のようだ。見たところ、全員女の人だ。


「ぶーーーっ!」


 イサベラは、そのひたすら謝る人物を見て、驚きのあまり思わず噴き出してしまった。


 忘れもしない、あの体躯。あの唇。地下宮で、イサベラとエミリアからスライムのコアを横取りしようとした女戦士だ。


 イサベラの噴き出した音に、四人が一斉にイサベラの方を見る。


 凝視されて固まってしまった、奇特な黒いローブの女の子をみて、相手も困惑したのか、妙な間が流れる・・・。


「(ぶふっ?!!あいつは・・・。)」


 女戦士は、やはりイサベラを思い出したようで、恥じるように顔を伏せた。見られたくない姿だったようだ。


「お嬢ちゃん!見世物じゃないよ!」


 よく見ると分かる、一通りの戦いのための装備。三人とも恐らく冒険者だが、そのなかで、さっきから主に大声を上げていた、赤茶けた皮鎧を着た女が、イライラした様子で、イサベラを一喝した。


 ビクッとなるイサベラ。


「こら、脅かすんじゃない。」


 女だてらに低い声、落ち着いた威圧感。大柄な女戦士と、重量はともかく、体格では引けを取っていない、鎧の女。そのままイサベラには興味を無くしたように、顔を背けると、イサベラに向かって、追い払うように、『去れ』の手振りをする。


 それでも固まっているイサベラに、にやにやと笑いながら、もう一人が近づいてきた。一番派手な軽装備をしている。


「あのねぇ、お嬢ちゃん。分かるでしょ?お姉さんたちわぁ、忙しいの!」


 念を押されるように強めに言われ、イサベラは脱兎のごとく、走り去っていった。


 イサベラが去ったのを見て、3人はまた女戦士を取り囲んだ。


「さて、続けようか?あんたが私たちから盗んでいった金!この場ですぐに返しな!」


 女戦士は落ち込んでいた。確かイサベラと呼ばれていた子だ・・・。よりによって、見られたくない相手に、嫌なところを見られてしまった。


 あの日以来。シャインズヤードの地下宮で、カローナに完敗し、ディアードにもらったお金をもらい、自尊心を打ち砕かれながら、女戦士は、それまでの生き方について、宿に引きこもりながら、考え続けた。


 殺しなどこそしたことはなかったが、すさんだ小悪党をやってきた。このまませこい横取りのようなことをして、逃げるように街を転々としながら、ずっと生きていくのか?


 考えあぐねた末、この王都シャインズで腰を落ち着け、まじめに商隊の護衛など、小さな安い依頼をコツコツとこなす様になった。


 今までは、楽して稼ぐことばかりを考え、まとまった金が分捕れれば、豪遊や、暴飲暴食を繰り返していたため、少ない稼ぎでは、たびたびの空腹に悩ませれもした。だが、もともと戦士としての実力はそこそこにあったうえ、人も物の流れも桁違いの王都では、すぐに食べていくだけの仕事には困らなくなった。


 そんな矢先に、因縁の相手に出会ってしまった。王都シャインズにとどまり続ければ、見つかってしまう可能性が高いのは分かっていた。しかし、足を洗って生きようと思えば、避けられないことだ。しかし、いつか償わなければとは思っていたが、こんなに早く再開したのは誤算だった。償おうにも、まだ余裕の金がないのだ。


 目の前の三人とは、この街に来る前、少しの期間だったが、一緒に探索や魔物狩りなどの依頼を受ける冒険で、パーティーを組んでいた仲だ。しかし、かなり報酬の大きい依頼を達成後の、報奨金を分ける段階で、欲に目がくらんで全額を持ち逃げし、海を渡って王都シャインズに着いた。


 今すぐ盗んだ金を返すことはできないが、逃げることはしたくない。ここで踏ん張らないと、また元の生き方に戻ってしまう。女戦士は腹をくくった。


「だから、今は無理なんだ。あの金は全部使っちまったんだぇ。でも必ず返す。今はここで暮らしながら働いている。信じてほしい。」


 さっきから主に大声で女戦士を責め立てている、赤茶の皮鎧の女の顔が、いっそう不機嫌に歪んでいく。


「信じてほしいぃ?!大金をもってとんずらしたくせに、よくもそんなことが言えるねぇ!いつまでかかるかもわからないのに、あたし等におとなしく待ってろってか?」


 皮鎧の女は、続けて女戦士に激しく詰め寄ったが、女戦士は同じような言葉を繰り返すしかなかった。


 このままでは埒が明かないと思ったのか、鎧の女が、皮鎧の女をいったん制止させる。


「億劫だな。正直、お前の変わりように驚いてはいるが、だからと言って、必ず返すという言葉をそのまま信じるわけにはいかないな。出来れば今ここで、けじめをつけたい。」


 そういうと、女戦士の足元に顎をやった。


「そこでどうだ。お前が持ち去った分には足らないが、その魔法品マジックアイテムの靴を差し出せば、けじめにしよう。悪くないはずだ。」


 女戦士の靴が魔法品マジックアイテムであることは、一緒にパーティーを組んだ時から知っていた。


「え?そんなんで、こいつを許しちゃうんですか?え~。」


 皮鎧の女は甚だ不満そうだったが、鎧の女には逆らわないらしい。


「私は賛成ぇ~。この街ならすぐにお金に換えられるだろうしぃ、面倒がなくていいわぁ。」


 派手な軽装備の女も、乗り気のようだったが、当の女戦士は顔色が変わった。


「この、靴を・・・。こ、これだけは勘弁してほしい。」


「はあぁぁ?!」


 待ってましたとばかりに、皮鎧の女がまた喧嘩腰になったが、その出鼻を挫くように、また鎧の女に制止された。


「何故だ?魔法品マジックアイテムとはいえ、もう使い古しだ。普段は戦闘にも使っていなかったし、盗んだ金を全額返すより、お前にとっても悪くないと思うが?」


「これは・・・、昔の仲間からもらったやつなんだぇ。」


 まだ、荒んだ冒険者になる前、駆け出しでパーティーに入れてもらっていた頃、新しい装備を手に入れた仲間からもらった物だった。


 カローナに敗北後は、悩み始めてはいたが、そうすぐに心を入れ替えられるわけもなく、正直、何日もふてくされてもいた。この街に落ち着くことを決意したのは、この靴を見ながら初心に帰ったことも、一つのきっかけだった。


「なるほど・・・、では、その昔の仲間とやらに、顔向けできるような使い方をしてきたのか?」


 女戦士は下を向いてしまった。やましさを見透かされている。


「本当に心を入れ替えたというなら、せめて償いに使え。悪いが、それを聞いても、微塵も譲る気にはなれんな。」


 鎧の女の声は断固としていた。


「(自業自得か・・・。)」


 返す言葉がなかった。靴への気持ちを思い出したのは、最近だ。それまでの小狡こずるい生き方をしていた時は、仲間から靴を譲ってもらったことを、「儲けた」ぐらいにしか思っていなかったのだ。今になって都合よく思い入れにすがっても、その身勝手さが理解されないのは当たり前だ。


 女戦士は、少し悩んだが、やがて観念したように、しゃがみ込んでしまった。すべては自分の蒔いた種なのだ。


「(ん?なんだぇ?)」


 ため息をついて、しゃがみながら顔を上げると、自分を囲んでいる3人組の足元から、後ろの方に妙なものが見えた。


 黒い服の・・・、小さな女の子。


 イサベラが立っていた。

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