第32話 試験結果

 それから苦節何十日、カローナにきっちり、みっちり、七属性概論をたたき込まれ、放課後に遊べはしないが、昼休みには会うことを許されたエミリアとゴニアたちに何度も励まされ、その後も続いた、七属性概論の授業中の寂しさも耐え忍び、ついにイサベラは、試験の当日を迎えた。


「イサベラ、大丈夫よ。落ち着いてね。今日がだめでも、何回でも受けられるんだからね。」


 エミリアが「今日がだめでも」というのは、今朝からすでに5回目だ。エミリアが落ち着けと言いたい。


「イ、イサベラさん、はぁ、はぁ、どうかご武運を・・・。」


 すでに合格しているのに、まるで自分が試験を受けるかのように青い顔をしているゴニアに至っては、緊張のあまり、息切れまで起こしてはぁはぁ言っている。もう少しで死霊操作パペットアンデットが出来そうなぐらい、顔色が悪い。


 そんな二人の友人の、重たくも熱い応援を受けて、イサベラは試験に臨んだ。


 魔法学校『大教室』。


 普段はその大きさから、『七属性概論』などの、合同授業などに使われるが、今日は試験会場になっている。


 勉強に関しては、やり切ったという自負心はある。しかしそれでも緊張で手が小刻みに震えるのが分かった。


「もし合格できなかったら・・・。」という考えが、ちらりとよぎるだけで、目の前が暗くなる。


 そして試験が始まった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「そろそろ筆記は終わって、次の口頭試験のころかしらね。見に行かなくていいの?」


「だめだめ、あの子、今朝からガチガチだったんだから・・・、私が来たらもっと緊張して、しどろもどろになっちゃうわ。・・・ちょっと厳しくしすぎたかしら。」


 ディアードには、そういいながらも、カローナ自身もそわそわと落ち着かないように見える。


 そんなカローナを見ながら、ディアードはポンと思いついたように手を叩いた。


「そうだ。イサベラちゃんも頑張ったんだから、結果はどうでも、お菓子をどっさり買って、待ってあげましょうよ。」


 ディアードの提案に、カローナのそわそわも少し落ち着いたようだ。


「そうね!今日ぐらいはいいかもね!」


「そうと決まれば、さっそく魔女の茶釜ウィッチ・ケトル急ぎましょ!」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 イサベラは、筆記試験も終え、今わっき口頭試験も終わった。


 手ごたえはあったが、やはり初めてのことなので、不安はぬぐえない。


 それでも張りつめていた緊張が一気に解け、深いため息と主に、イスに深く腰掛けなおした。


「フフ、お疲れさまでした。」


 イサベラの目の前にいるのは、月魔法の教師、アイリス。今回の試験の、口頭試験の試験官であり、今学期の『七属性概論』の講義を担当していた教師でもある。


 カローナとは、ディアードのように、部屋まで尋ねるほど親しくはなさそうだが、基本的に同じ月魔法校舎にいるので、よく出会いはする。


 露骨にイサベラを拒否することもなく、悪い人ではなさそうだが、いつもふわふわとしてつかみどころがなく、正直にって、何を考えているか分からない人だ。


「ねぇ、イサベラさん。」


「は、はい、何でしょう。」


 アイリスは、すぐに言葉をつづけるでもなく、じっとイサベラのことを見ている。これだ、本当によくわからない。うっとりと夢を見ているような。アイリスの瞳は、正面から見据えると、イサベラまで何だかおかしくなりそうである。実際に月魔法の得意分野は『精神操作』だ。


 もちろん今は、魔力を使っているわけではないだろうが、「よくわからない人だ」と思っていることも見透かされているような気がして、イサベラはたまらず目をそらして、座りなおした。


「うちの子たちが御免なさいね。」


 一瞬何のことかと思ったが、すぐに合点がいった。授業中の『一人ぼっち』の件だ。


「い、いえ、先生が謝ることなんて・・・、自分であそこに座ってるんですし・・・。」


「そう?・・・カローナからは、無理やり溶け込ませるようなことはしないでほしいと言われているから、特に生徒たちには何も言わなかったのだけど・・・。」


 もう話は終わりだろうか・・・。試験の結果はまだだろうが、イサベラはどうしてもそわそわしてしまう。


「でもね、イサベラさん。私は月魔法の校舎に、死霊術を迎えることが出来て、とてもうれしく思っているのよ。」


 アイリスは、相変わらず夢を見るようなおっとりした瞳で、イサベラを見つめながら、言葉をつづけた。


「すべての属性は神から与えられたもの・・・」


 そわそわしていたイサベラだったが、カローナと同じ言葉に、思わず聞き入ってしまった。


「でも、月魔法だけでは、与えられた全てにはならない。月魔法に死霊術を加えて、初めて完璧な満月になるのよ。」


 聞き入ってはいたが、イサベラにはまだ深すぎる話だったようだ。何となく意味が分かったような、分からないような顔で、「はぇ~」と感心したように、口を開けている。


 そんなイサベラを見て、アイリスは、また「フフ」と笑うと、イサベラに告げた。


「既に口頭試験の結果も、試験用紙に焼き付いているはずよ。試験用紙は、大教室のあなたが座っていた席の上に置いてあるわ。お疲れさま。」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 その頃、カローナの部屋には、カローナ、エミリア、ゴニア、そして前から事情を聞いていた、ディアードまで、一同勢ぞろいで、イサベラが結果を持って帰ってくるのを待っていた。ちなみにメデュキュラスは、エミリアがあざとくゴニアを使って強引に誘おうとしたが、メディキュラスは、部屋に来るのは辞退した。さすがに相剋関係の属性の生徒から、誘われるのは前代未聞だ。


 しかし、かれこれ気まずい沈黙が、ずっと続いている。すばり、イサベラの帰りが思ったより遅いからだ。


 その雰囲気に耐えきれずに、まず口を開いたのはゴニアだった。


「こ、こんなに大勢で待っていたら、イサベラさん、びっくりしないでしょうか?何も私たちまで・・・。」


「あら♡、せっかく魔女の茶釜ウィッチ・ケトルでお菓子もどっさり買って来たんだし、大勢でおしゃべりした方が気がまぎれるものよ。それに、万が一だめでも、また次があるんだし♡」


 なるほど、この師匠にしてあの弟子エミリアあり。さりげなくイサベラが試験に落ちている前提なのが、容赦ない。


 ディアードの「万が一」という言葉に、ゴニアがビクッと反応し、さらに顔色が悪くなる。もしイサベラが不合格だったら、『イサベラを励ます会』ではなくて、『ゴニアを看病する会』になりそうだ。


「あ、やっと来たわね。」


 やはり一番初めに気が付いたのは、イサベラの魔力をよく感知できるカローナだった。しかし、部屋まで近づいた後、様子がおかしいことに気が付いた。部屋にいた全員も気が付いた。


「イサベラ・・・、扉の前で、立ち止まってますね・・・。」


 そうつぶやいたエミリアの中では、すでに数々の励ましの言葉が目まぐるしく脳裏を駆け巡っていた。


「ああっもうっ!じれったいわね!」


 カローナがしびれを切らして、扉を開けると、そこにはイサベラが立っていた。手には合否が書かれていると思われる試験用紙を握っている。


 そして泣いていた。


 カローナが、「まあ、しょうがないか。」というような顔で、イサベラ肩に手を置こうとしたとき、イサベラはカローナに飛びついてきた。


 そのままカローナに顔をうずめながら、腕を伸ばして部屋の一同に試験用紙をかざした。


「うぇぇ、みんな、ありがとうぇぇ。」


 どうやら、部屋で友人たちが待っていてくれていたことが、嬉しく泣いていたようだ。紛らわしいことこの上ない。


 試験用紙には、はっきりと合格の印が押されていた。


 ゴニアはへなへなと崩れ落ち、エミリアはイサベラを見てもらい泣きしそうになった。お気楽なことも言ったが、やっぱり心配していたし、そしてやっぱり手伝った分、嬉しいものだ。


 カローナはイサベラを引きはがしながら、試験用紙を手に取り、じっくりと確認した。


「まあやだ!結構ギリギリじゃない。あれほど混同するなって言った、金魔法と土魔法の特徴も見事に間違えてるし・・・、」


 ダメ出ししながらも、カローナの顔は嬉しさを隠しきれないようだった。


「まあでも、合格は合格。頑張ったわね、イサベラ。」


「えへへ」と照れるイサベラに、今度はゴニアが飛びついてきた。


 それからは、お茶とお菓子を囲みながら、イサベラは今まで我慢していた分を取り戻すかのように、とにかくエミリアたちとしゃべり続けた。おしゃべりの合間にお菓子を口に詰め込むのも忘れない。


 この開放感!


 初めは単純に、銀の骨を買うためのお小遣いが欲しくて、成り行きで始めた勉強だったが、お小遣いがもらえることよりも、こんなにも勉強自体が達成感のあることだとは知らなかった。


 もちろんそれは試験に合格したからだが、もしできなかったとしても、きっとすぐに立ち直れただろう。こんなにもイサベラのことを思ってくれる人たちがいる。


 お菓子がすっかりなくなってもおしゃべりは続き、夜遅くなって、ようやく一同が帰った後、イサベラはよほど開放しきったと見えて、疲れと眠気がどっと襲い、そのまま長椅子で眠ってしまった。


 夢虚ろの中で、試験までの苦労が浮かんでは消えてを繰り返したが、合格した今となっては、いい思い出になりつつある。もちろんカローナにビシビシと叱られながらよる勉強したことも・・・。


「ふあ?(カローナ先生?)」


 疲れすぎて、目も開けることも億劫だが、どうやら体に毛布が掛けられているようだ。その温かみでますます眠りに落ちていきそうになる中、イサベラはうっすらと目を開けた。


 カローナが部屋を歩いているのが見える。


 そして手には何か・・・、例の筆記張のような・・・。


 しかし今のイサベラにとっては眠気がすべてだった。このまま眠ることに比べたら、どうでもいいことだ。


 イサベラが再び眠りにつこうと、目を閉じていくさなか、カローナが壁に掛けられた大鏡に手をかざしたかと思うと、鏡に吸い込まれていったような気がした。


 もちろん気のせいだろう。


 イサベラは、そのまま眠りに引き込まれていった。

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