第22話 石の師弟その3

 メデュキュラスは、カローナの肩越しから、部屋の奥にいたエミリアの萌えるような新緑のローブに気が付いた。


「(まずい!樹魔法の生徒さんがいる・・・。ゴニアがいなければ早く去らなければ。)」


 メデュキュラスは焦りながら部屋の中を確認するように見渡した。


 まさか、メデュキュラスとエミリアが鉢合わせることになるとは思ってなかったカローナは、心配そうにエミリアを見たが、当のエミリアはまだ居座る気のようだ。


「(き、きついことはきついけど、思ったほどではないかな・・・。それよりカローナ先生と仲良さそうなのが気になる。ぐ!やっぱきついかも・・・。でも私一人出ていくのは嫌!)」


 イサベラはただ「あばあば」と狼狽えている。


 きつそうなエミリアに、早く事を進めなければと、カローナが話し始めた。


「ゴニアなら、実は今こっちに来てるのよ。外で転んで泥だらけだったから、いま湯浴みさせてるわ。急がせて呼んでくるわね。」


「そういうことでしたか、ありがとうございます。よろしくお願いします。」


 急いでカローナがゴニアを呼びに行っている間、気まずい空気が流れる・・・。


 イサベラに至っては、いまだアバアバした状態から抜け出せず、挙動不審にキョロッキョロと、メデュキュラスとエミリアを交互に見ている。


 たまらずエミリアが口を開いた。


「あの・・・、初めまして。樹魔法のエミリアと言います。」


 魔力の重圧から絞り出すように挨拶をする。


「ああ、あなたが・・・、それにしてもすごいですね。私を前にしてしゃべれるのですか?樹魔法の若い方には口もきけなくなる方も多いのに、大したものです。さすがディアード先生が自慢されるだけのことはあります。よほど魔力の芯が強いのですね。」


 思いがけないメデュキュラスの誉め言葉が、きつさ以上にエミリアの頬を紅潮させた。


「いや、あの、ありがとうございます(ディアード先生ったら!)」


 なんだか急にいい感じの二人を見て、さらに挙動不審になるイサベラ!


 そんな少し和んだ雰囲気に、「バタン!ガタガタ、ガタン!」と慌てたような大きな音が、浴室の方から聞こえ、すぐにトットットッと走ってくる音がした。


「メデュキュラス先生!」


 ゴニアが満面の笑みで飛び出してきた。


「先生!私できたんです!石化を戻せるようになったんです!」


 メデュキュラスが来たと聞いて、よっぽどうれしくて、慌てて来たのだろう。


 イサベラに借りた、こぎれいな部屋着。


 湯浴みで上気して赤くなった頬。


 ぼさぼさだった頭は、カローナがやったのか、後ろできれいにまとめられ、そして眼鏡をかけていなかった。


 そう、『瞳力封じの眼鏡』を掛けていなかった。


「(あら、かわいい♡)」←カローナ。


「(か、かわいい!)」←エミリア。


「(か、かわ!あばばばば!)」←イサベラ。


「(あら?眼鏡が・・・)」←メデュキュラス。


 沈みがちの表情で、ぼさぼさ頭の眼鏡をかけていた少女は、今ではイサベラたちが見とれるほどに、その笑顔は愛らしかった。


「今日、あのっ、イサベラさんに謝りに行って・・・、イサベラさんは許してくれて・・・、握手してくれて・・・、それで嬉しくて・・・(グスッ)。今は、魔力の流れがはっきりわかるんです。」


 メデュキュラスはだいたい何があったのか察したようだった。


 ゴニアの肩に手を載せ、イサベラの方を向いた。


「おめでとうゴニア。精神的な充足感が、飛躍的に魔力を制御するコツを引き出したようですね。目からの魔力も抑えられています。イサベラさん、本当にありがとうございます。」


「いや、そ、そんな大したことじゃ!ただ私は友達になろうと思って・・・。」


「まさにそれにお礼を言いたいのです。仮面では失礼ですね。」


 そういうと、おもむろにメデュキュラスは、仮面を外した。


 こぼれる黒髪。黒い瞳。


 イサベラは思わず「わぁ」と声を上げ、エミリアはひゅっと息をのんだ。


 この人になら石にされてもいい。そんな迷いごとが頭をかすめるほどの美麗。


 そして、左目に斜めに切られた様に残された大きな傷跡。


 その迫力と、美しさに、思わずイサベラたちは魅入ってしまった。


「メディ・・・、傷、見せてよかったの?」


「構いません。イサベラさんには、ちゃんとお礼が言いたいですから。」


 口が半開きになっているイサベラに、メデュキュラスは微笑むと目の傷をなぞった。


「やはりびっくりさせてしまいましたね。見苦しいかもしれませんが、ご容赦ください。戦場で石化能力者だと分かれば、特に目は執拗に狙われるのです。」


 カローナも遠い目をしている。きっといろいろあっただろう事が、十分に見て取れる傷だった。


「イサベラさん、改めて、本当にありがとうございました。」


 この師匠にしてあの弟子(ゴニア)あり、そんな風に思える素敵な人だと、イサベラは思った。

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