第51話 エピローグ
「『・・・
大好きな素晴らしい陽気にもかかわらず、サニールは報告書の作成のため、陽魔法校舎の部屋にこもっていた。書きながらも、いまだにあの時の衝撃が、手に残っているような気がして、握っては開いてを繰り返す。
サニールがアイリスを倒した後、到着したヒルドたちが迅速に動いたおかげで、事態は急速に収拾していった。
カローナが見当たらなかったため、緊張が走ったが、イサベラの回復と同時に無事に鏡から戻され、すぐに処置が施された。
街も平穏を取り戻しつつあり、大勢の人々がひしめく巨都シャインは、全ての流れが速く、もう騒動の詳細など忘れられているかもしれない。
しかし、今もなお、人質になり、なおかつ利用されたという失態の事実が、サニールの心に重くのしかかる。
それに、あんなに悲しい
「お疲れ様。」
セティカがそっとお茶を置いてくれた。彼女にも悲しい思いをさせてしまった。イサベラが無傷で、本当に良かった。二人はあの事件の後、かなり親しくなったように見える。しかし・・・。
「ありがとうセティカさん。カローナ先生はどうだった?」
「順調に回復されているわ。ただやっぱり、まだふさぎ込んでらっしゃるわね。イサベラも辛そうで、見てられなくて・・・。」
セティカは涙ぐんでいた。
街全体で見ても、騒動のわりに死人もなく、けが人も少なかったが、カローナ一人が重症だった。
操られていたとはいえ、サニール自身が負わせてしまった怪我も、考えるだけで苦しくなるが、それは回復魔法で完全に治ったはずだ。
一方の
問題は心に負った傷の方だ。
カローナは、今回の騒動に関して、自分自身を責めている様に見受けられた。自分がこの街に来なければ、起こらなかったのではないかと・・・。イサベラ初め、多くの人間を危険にさらしてしまったと・・・。
しかしそれを言うなら、サニールにしても、攫われなければ良かった。・・・たら・・・。、・・・れば・・・。
関わった人間たちの多くが、自身を責めていた。
報告のために、経緯や事情を聞いて回ったサニールが感じたことだ。
「(もっと強くならなきゃな・・・。)」
強くなる日差しを見ながら、サニールは手を握りしめた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「カローナ先生!お見舞いに来ました!」
エミリアとゴニアが、カローナたちの部屋へ、見舞いに来た。
エミリアは、誰もが少し沈む中、一番明るく振舞えた。毎日のように見舞いに来たが、その明るさは、カローナにもイサベラにもありがたかった。
「こ、こんにちは。」
ゴニアが躊躇いがちにエミリアの後ろから顔を出した。知り合いの大人が寝室で横たわるのを見るのは、何度見ても気恥ずかしいものだ。
「ふふ、いらっしゃいエミリア。でもまだイサベラは寝ているのよ?」
「あ!す、すいません。」
イサベラは椅子の上で、、カローナのベッドにすがりつくようにして、眠っていた。
事件後は、カローナが大丈夫だと言っても、母親にまとわりつく
そんな風に眠るイサベラが何となく不憫で、ゴニアもアイリスも「うっ」と来てしまう。
「んん~、ふぁぁ・・・、ファーーーーー!!!エミリア!ゴニア!来てたの!」
「おはようイサベラ。
「でへへ、いつもありがとう。」
笑顔だが、やっぱりいつものイサベラよりは、少し元気がないように見えた。
それはカローナも同じだ。エミリアたちが来るのを喜び、微笑んではいても、その表情はどこか悲しげだった。
「そうだ!お見舞いの花も持って来たんですよ!」
「エミリアったら、もう花瓶を置くところがないじゃない。」
既に寝室には、エミリアが持ってきた色とりどりの花が、所狭しと置かれていた。
「大丈夫です。今日はちょっと違うんですよ。」
エミリアは、小さな桃色の花のたくさんついた、木の枝らしきものを持ってきた。
「いいですか?見ててください。
エミリアの魔法とともに、木の枝についた小さな花の花びらが舞乱れ、控えめな、優しい花の香りが部屋中に広がった。
「わぁ!」
「『曲芸魔法』ですけどね。この季節しかできない、桜吹雪っていうんですよ。」
曲芸魔法。
樹魔法の防御魔法である『
以前のエミリアは、曲芸魔法のことを「あんなもの、覚えるだけ無駄よ。」と言っていたのをイサベラとゴニアは知っている。元気づけようと、覚えてくれたのだ。
「ふぐぅ、エミリアぁ・・・。」
イサベラは、そんなエミリアの優しさが身に染みて、思わず目からも鼻からも、いろいろなものがあふれ出てしまう。
「ちょっとやめてよ!」
最近のイサベラは、何かあるとすぐにこれだ。エミリアとしては、ぐちゃぐちゃになるから、もらい泣きなんかしたくない。
「うっく、エミリアさん・・・。」
呼ばれて振り向いたら、まさかゴニアまでぽろぽろと泣いているとは思わなかった。
「やだ・・・(泣くもんですか)。」
しかし、カローナが「ありがとう」といって、そっと目端をぬぐうのを見たとき、もう限界だった。結局、3人で声をあげて泣いてしまった。
こんなのが、事件直後から、もう3度目だ。不思議なことに、泣き終わるたびに、少し心が軽くなったような気がした。
こうして、少しづつ立ち直っていくのだろう。
最近は、見舞客が帰ってカローナとイサベラの二人きりになると、カローナは昔の話をしてくれた。
死霊術への目覚め、ルナのこと、
セフォネはの背景は衝撃的だった。
王都シャインを建国した、七属性『七賢』の一人であり、月魔法と死霊術がわかれる前の、『陰魔法』を極めた『死の超越者』ということだった。王都の
カローナに、鏡の魔法以外の死霊術を教えることのできなかったルナーは、カローナとセフォネを引き合わせた。
カローナの死霊術は、ほとんどセフォネから学んだものであり、つまりカローナの師匠ということになる。
ただものではないとは思っていたが、あの飄々とした人物が、そんな大先輩だったとは、思いもよらなかった。
そして、話題がアイリスに移った時、カローナはしばらく黙ってしまった。
ただイサベラには、もう教えられた背景と、実際にアイリスが起こしたことで、何となく察することが出来た。
「・・・ごめんなさいね、イサベラ。」
最後にやっと、一言だけ絞り出すと、涙がカローナの頬をつたった。
もちろんすべてアイリスのしでかしたことだが、その動機には死霊術の存在があり、そこについて回る人々の歪んだ思いが、一連の事件の原因と言える。
それは、イサベラにはまだ見せたくないものだった。
「・・・先生、本当に、本当に、正直に言うと、死霊術がもっと嫌いになりました。ああ、いや、あの・・・、嫌いというよりは・・・、怖くなったんです。」
無理もない。カローナは静かに聞いた。
「でも、私思ったんです。いろんな人の、死霊術への思いを考えたら、私だけ逃げたらよくないって思ったんです。」
カローナは、優しくうなずいた。今まで、とにかくイサベラを守りたいと思ってきたが、カローナが思った以上に、成長してきているのだ。
「私がもう少し良くなったら、一緒にセフォネ師匠のところへ、ちゃんと挨拶に行きましょう。」
「はい!」
「それと、私が授業できない間にやっておくように言った、課題はやっているの?」
ビクゥ!
悩める花の13歳。死霊術士のイサベラは、いっぱりまだ悩みは尽きない。だけど悩みから逃げない。そんな13歳だった(勉強からも逃げない!)。
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