第38話 遭遇

「ははっ!これはまたズバッと聞いてくるね!」


 サニールの横から、相変わらずの冷たい視線で、セティカがじろりとイサベラを見る。


「まあでも、当然気になるよね!これはごちゃごちゃ説明してもしょうがないし、単刀直入に返すと、『君たちを怖がっていると思われるのが嫌。』だからかな。噂は聞いているでしょ?」


 この青年もイサベラに負けず劣らず直球だ。


「まったく、とんでもない噂話ですわ。」


 イライラした様子で、横でセティカがつぶやいた。


「いやいやセティカ、イサベラ君だって、気分はよくないはずさ。君にはすまないと思っている。知っての通り、うちの先生が、カローナ先生とイサベラ君が学校に来ることを反対していた手前、僕らは君に近づくことを避けていたんだ。昔、死霊術士といろいろあったらしくてね。」


「サニール!喋りすぎですわ!」


「まあまあ、この子は当事者なんだし、多少はね?ああ、もちろん色々あったっていうのは、カローナ先生のことじゃないよ。」


 ぴしゃりと注意しても、全く意に介さないサニールに、セティカがため息をつく。二人はこんな関係のようだ。


 イサベラは突然垣間見えた真相の一部に、目を白黒させている。


「ま!そんな訳だけど、エミリア君とも無事に初実践を終えたっていうし、ゴニア君もイサベラ君のおかげで石化能力ペトリファクションが制御できるようになったっていうことで、陽魔法うちがずっと意地を張るわけにもいかないなってなったわけ。」


 おおよそ噂通りだったわけだが、イサベラはまだ目を白黒させていた。


 その様子をサニールは何か勘違いしたのか、小声で話しかけてきた。


「やっぱり、ちょっと恰好悪いなって思うよね?」


「いぃ、いえ!全然そんなことは!」


「サニール、聞こえてますわよ。」


 セティカの目がますます冷たい光を帯びていく。


「セティカさーん!怒んないでよ(笑)」


 サニールがおどけたように手を振ると、セティカはきっとなって、サニールに突っかかった。


「今日は、建前では他校舎との実践交流なのですから、もっと誇り高き陽魔法の代表としての自覚を持ってください!」


「俺は『平民出』だし、そういうの良くわかないモーン。」


 あくまでおどけているサニールを、セティカはすごい目で睨みつけ、かなり険悪な雰囲気になる。


 オロオロするだけのイサベラとゴニアは、助けを求めるようにエミリアを見た。こういう時のための『盛り上げ役』だ。さすがに今回はエミリアも心得ている。


「あの・・・、それって有名な『神棍シェングン』ですよね?」


 エミリアは、サニールの持っていた棍を見ながら質問した。この質問に、オロオロしていたゴニアの目も好奇心にきらっとし始めた。初めから気にはなっていたようだ。


「そう!そういえば、君は樹魔法の生徒さんだったね!そして金魔法のゴニア君までいるのは、本当に奇遇だ。まさに樹魔法と金魔法のすいの結晶と言える魔法品マジックアイテムさ。」


神棍シェングン』は、その昔、樹魔法と金魔法から、陽魔法へと贈られた物だ。


 樹魔法の魔力でしか育たない上、成長にとんでもない時間を要する『神樹』の木から、棍一本分しか取れない芯を削り出し、そこに金魔法の『魔力付与エンチャント』の魔方式を組み込んだ物で、陽魔法の学生長が、代々にわたって持つことになっている。


 大掛かりな作成の背景に比べて、その効果はいたって単純シンプルだ。


 使用者の魔力を乗せた打撃。


 これが、陽魔法の学生長が使用した場合、単純にして、強力無比な効果となる。


 魔力を乗せた打撃は、物理攻撃の利かない魔物モンスターにも通るし、陽魔法の魔力は、相剋がないため、どんな属性の相手にも、魔力そのままのダメージを与えられる。


 加えて、神棍シェングンに込めることのできる魔力は普通のエンチャントの比ではなく、『祝福ブレッシング』による、無尽蔵の魔力の供給がそこに加わると、たいていの魔物なら、一撃で消し飛ばすほどの、絶大な威力となる。


太陽殴りフルスイングフレア


 陽魔法の学生長に代々受け継がれ、あらゆる魔法攻撃の中でも一、二を争う破壊力と言われる技の名だ。


 魔力の充填に多少の時間がかかるため、連打こそできないが、『祝福ブレッシング』の加護の元なら、何発でも打つことが出来る『極悪仕様』だ。


「俺はさ、さっきも言ったように平民出で、あまり高い装備なんかは買えないから、これは本当にありがたいよ。ま、学校を卒業したら手放さないといけないけどね!ははは!」


 サニールの明るい笑いに、何とか険悪な雰囲気が少し解けたが、まだセティカはイライラしており、サニールの腰の低さが気に入らないようで、「平民出とか、関係ないですわ!」と、ぶつぶつ言っていた。


 そうこうしているうちに、墓地の中央付近が、太陽光サンライトの光に照らされるぐらいのところまで来た時だった。


 サニールの動きが止まった。イサベラにも、慣れ親しんだ感覚が走り抜ける。


「全体、とまれ!」


 何事かと、ゴニアとエミリアはサニールを見たが、サニールは、墓地の中央付近を凝視していた。イサベラも緊張した顔をしている。


 セティカも気が付いたようで、警戒するように身構えた。


「何かいますわ。」


 セティカの言葉に、他の者たちの目にも、かろうじて太陽光サンライトの光に照らされた、墓地の中央付近に、何かが動くのが遠目に見て取れた。確かに何かいる。


「イサベラ君。俺には、アレは鬼火ウィルオウィプスに見えないが、君はどう思う?」


 目を細めて、慎重に確認していたサニールが、イサベラに意見を求めてきた。


 それは確かに、言われていた野生の鬼火ウィルオウィプスではない、何かだった。鬼火ウィルオウィプス特有の、青白く、燃えるような光ではなく、ただ白く、ぼんやりしている。だが慣れ親しんだ感覚は、あれが死霊アンデットであることだけは告げていた。


「わ、わかりません。でも死霊アンデットには間違いないです。でも、あんなの見たことも無い・・・。」


 イサベラの言葉に、サニールは思案を始めた。


「ふむ、墓守さんも『白くてぼんやりした・・・』と言っていたし、我々もてっきり鬼火ウィルオウィプスと思っていたが、あれで間違いなさそうだ。散開して探す手間が省けたと言いたいところだけど、正体不明の死霊アンデットか・・・。」


 サニールの決断は早かった。


「退却だな。」


「え?」


 イサベラは我が耳を疑った。


「そうですわね。」


 サニールの意外な言葉に、イサベラたちも戸惑い、陽魔法の学生たちはざわついた。ただ、セティカだけは冷静に同意した。


「我々も見たことないし、死霊術士のイサベラ君も知らない、正体不明の死霊アンデットと言うのは想定外だ。今日の実践は、訓練だし、未知のものにあえて挑む必要はない。全員、この場をすぐに離れるぞ!」


 イサベラたちも、陽魔法の学生たちも、まだ戸惑っていたが、指揮の責任者が決めたことだ。従わないわけにはいかないので、その場から退却することにした。


 しかし、満月の夜に、様々な準備までして、これ以上ない機会だったのに・・・、イサベラが非常に惜しく感じながら、来た道に背を向けた時だった。


 鳥肌と共に、冷水を背中にかけられたような悪寒が、全身を走った。


 イサベラは、死霊アンデットの気配は間違えない。


 間違いなく、『あれ』がこちらに迫ってきている。


「サニールさん!」


 警告を発しようとサニールの方へ向くと、すでにサニールも気が付いたようで、戦闘態勢に入っていた。


「ちっ!気をつけて!来てるよ!セティカさんは光の壁ライトウォール!残りは死霊必滅ターンアンデットの詠唱に入って!イサベラ君たちは・・・。」


「下がっていろ」と言う前に、それはやってきた。予想以上に動きが早い!


光の壁ライトウォール!」


 一直線に突っ込んできたそれは、セティカのどんぴしゃに合わせて発動させた光の壁に衝突し、動きが止まった。そのまま包み込んで閉じ込めるように、光の壁を展開させる。


 陽魔法光の壁ライトウォールは、魔法攻撃を防御するのにも使え、陽魔法に弱い死霊アンデット魔物モンスターなら、触れるだけでダメージを負う防御魔法だ。


 オーロラのような光のカーテンの向こう側、太陽光サンライトの明かりに照らされて、今ではその姿がはっきり見える。


 白いもやのような体に赤く光る目。小さな体に不釣り合いなほど、長く伸びた手。


 その手が、光の壁ライトウォールむしって口に入れた。


 見間違いではない。発動された魔法を、毟って食べた。


「まじかよ・・・。」


 実践慣れしたサニールをはじめ、その場にいた全員を、戦慄で凍り付かせるほどの異様。


 イサベラは辛うじて悲鳴を飲み込んだ。

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