第29話 痕跡

「え?それってまさか・・・、きゃあ♡!カローナ先生のってこと?!」


「ううん、違うよエミリア。カローナ先生は王立魔法学校の卒業生じゃないし、なんていうか・・・、何となく違うってことだけはわかるの。」


「なーんだ。つまんないの。」


「でも、この学校に、イサベラさんたちより前に死霊術士の方がいたってことですよね。すごく興味があります。」


「まあ、歴史の長い学校だし、死霊術士の一人や二人はいてもいいんじゃないの?」


 エミリアはそういうが、死霊術の先輩の話など、カローナからも聞いたことがない。そもそも王立魔法学校には、カローナとイサベラが来るまで、死霊術の枠はなかったのだ。先輩だったとしても、かなり古い人物なのだろうと思われた。


「梯子見つけました!」


「え?(え?)」


 ゴニアが興味津々で待ちきれないといった様子で、どこから見つけて来たのか、本棚にかける梯子も抱えてきた。知的欲求に対しては、すごい行動力だ。


「え?って、もちろん取るんでしょ。あれ・・・。都合よく七属性概論の筆記張があるとは思えないけど、私も興味あるし、見てみましょうよ。」


 エミリアとゴニアは興味があるようで、もちろんイサベラも興味がないわけではなかったが、実はかなり気が引けた。


 結局のところ、イサベラは死霊術がまだ本当の意味で好きになれなていないのだ。もちろん楽しい時もあるが、学べば学ぶほど、多くの死霊術士たちが、人の役に立つよりは、大迷惑をかけてきたことが嫌でもわかるし、興味よりも嫌悪感が先に来る。それは時々来る自己嫌悪にもつながっている。そうと決まったわけではないが、もしかすると悪人かもしれない人物の私物にはできれば触りたくない。あとちょっと、場所が高すぎて登るのも怖い。


「はい!イサベラさん、どうぞ!」


 既にゴニアは準備万端で、梯子の足をしっかり握って、眼鏡をくいっとあげながら、今か今かと待っている。上らないわけにはいかないようだ。あまり気は進まなかったが、すでに一度、ここにあると知ってしまった以上、ほっといてもやっぱり気になってしょうがないだろう。


 イサベラは、意を決して慎重に梯子を上っていた。天井に近づくたびに、その微量な魔力がはっきりと感じられるようになっていく・・・。


 あった。間違いなくこれだ。


 天井すれすれの、ちょうど本棚の開いた空間に、意図したように横に置かれた本が一冊。


 あやしい、怪しいことこの上ない。しかし、下でワクワクしている友人が待っている以上、「てへっ、やっぱり無かった。(ペロ)」と言うわけにはいかないので、イサベラは恐る恐る、その本を手に取ってみた。


 かなり擦り切れているが、装丁はいたって普通だった。イサベラは慎重に本をわきに挟むと、ゆっくりと梯子を下りて行った。


「えっと・・・オホン、見つけました。これです。」


「これが・・・。(普通ね・・・。)」


「これですか・・・。(普通です・・・。)」


 降りてから改めてよく見てみると、使い古された様に、端の方はところどころ擦れてはいるが、装丁はしっかりしていて、開いただけで、ぼろぼろと崩れることはなさそうだ。表紙には特に題名もなく、筆記張に見えないこともない。死霊術士の魔力を微量に帯びているだけで、もしかしたら本当に七属性概論が筆記されているかもという期待感さえ抱かせる普通さだ。


 エミリアとゴニアの二人は、いつの間にかイサベラの左右で、それぞれ肩袖をつかみ、肩越しに覗き込むような姿勢になっている。


「さあ、早く本を開いて!」の態勢だ。


 二人に促されるように、イサベラは本を開いてみた。


 エミリアとゴニアの二人も固唾をのんで、覗き込んだ。


「・・・な、なんなの、この文字。」


 イサベラもゴニアも、エミリアと同じ感想そのままだった。


 文字であることは確かだが、全く読めない。


 奇麗な書体で、よく整理されて書かれていたが、すべてイサベラたちが見たことないような文字で書かれていて、次々と頁をめくってみたが、すべて同じ文字。何を書いてあるのかさっぱり読めなかった。


「ひょっとして、イサベラさんは読めたりしますか?」


 ペラペラと頁をめくるイサベラに、ゴニアが期待するように聞く。


「だめ・・・、こんな文字見たことない。もしかしたらカローナ先生だったらわかるかもしれないけど・・・。」


「ああもう!すごく気になるじゃない!今からカローナ先生に見せに行きましょ!」


 エミリアは、立てた膝をそわそわと揺らしながら、今にも立ち上がろうとしていたが、イサベラはページをめくる手を止めることが出来なかった。


「(なんだろう・・・、読めない、読めないはずなのに、何だろうこの感じ・・・?)」


 それは突然やってきた。


 頁を最後までめくり終わり、それでも違和感をぬぐえず、もう一度初めからのページをめくり始めた時、それは起こった。


 <鬼火ウィルオウィプス


 <意識を凝らすと、うっすらと、地上をさまよう霊魂の存在を感じる。私の魔力を触媒に、実体化させることが出来そうな気がして、ある日、試してみたら本当に出来た。死霊術の出てくる文献によれば、名を鬼火ウィルオウィプスと言い、浮遊霊を召喚し、その力を借りる。召喚された霊魂は自ら対象に飛んでいき、小規模な破裂を起こしてダメージを与える魔法のようだ。鍛錬によって、一度に複数体の召喚が可能なこともわかった。またワンドなどを使って固定させ、灯りとして使うこともできる。>


「(読める!!)」


 いや、ほとんどはまだ読めないが、ところどころ、イサベラが部分的に読める場所がある。特に、鬼火ウィルオウィプスを解説していると思われるところは、はっきりと意味が分かった。文字自体は相変わらず全く読めないのだが、目を走らすと、その意味が直接頭に響き、理解することが出来る。一体どのような仕組みなのだろうか。


「な、なにこれぇー!」


「ど、どうしたの?」


「イサベラさん!?」


 突然のイサベラの声に、エミリアとゴニアがびっくりしたように、詰め寄ってきた。


「あのね!あのね!きゅ、急に文字が・・・、文字が読めるようになって・・・、いや、ところどころだけど・・・、分かるの!何が書いてあるか分かるよ!」


 イサベラは食い入るように、本に顔を近づけて、他にわかるところはないか、文字に目を走らせている。


「まさか!?ほんとにぃ~?」


「ほんとだってば!」


「な、なんて書いてあるんですか?」


「えっと、えっと、えっとね、ちょっと待って!まずここに鬼火ウィルオウィプスのことが書いてある!」


 興奮気味に話すイサベラに対して、エミリアはまだ半信半疑のようだ。


「ええ~、死霊術士の筆記張に鬼火ウィルオウィプスのことが書いてあるって、普通すぎ~。他に読めるところはないの?」


「ままま待って!他にも死霊操作パペットアンデットとか、骨鎧ボーンアーマーの事とかが書いてあるよ!」


 ざっと目を走らせてみて、分かるのは下位の魔法だけのようだった。他の箇所は、わずかに部分的に読めるところもあるが、全体として何を言っているのか解読は難しい。


「全部、イサベラの使えるやつじゃない。ほんとに読めるの~?」


「ふわぁぁん!何でそんな意地悪言うの!?ほんとに読めるもん!」


 しかし、使える術しか読めないのも事実だった。術の解説以外の事も書いてあるのが何となくわかるが、あくまで何となくだ。具体的な内容までは殆どつかめない。


「イサベラさんの言う通りなら、死霊術ネクロマンシーの解説書でしょうか?それにしても不思議な文字ですね。」


「そうよ!やっぱりカローナ先生に見せに行きましょ!イサベラの言っていることも本当かどうかわかるじゃない?」


「くぅぅ、望むところ!合ってたら、ごめんなさいして!」


「ま、まあまあ、イサベラさん。」


「さ、行くわよ!」


 なんだかんだ言っても、三人とも内容はすごく気になっていたので、いそいそと駆け出した。


 しかし三人とも大事なことを忘れていた。


 最初の探し物は何ですか?


 イサベラの合格への道はまだ見えていない。

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