第26話 ああ、骨鎧。

 買い物に行った次の日、実物を見時間い発見してしまったイサベラは、堪え切れずにカローナに相談した。


銀骨毒鳥シルバーボーンコカトリスぅぅ?」


 カローナは明らかに不満そうな表情で、イサベラに聞き返した。


 いつもの教室、いつもの授業、しかしイサベラの気迫はいつもと違った。その銀の骨の必要性をカローナに訴え、一気にお小遣い増額へと畳みかけなくてはいけない。


「先生、想像してみてください。銀色に輝く鎧をまとった私を!」


「・・・・・つまりどうしたいの?」


「お、お小遣いが欲しいです・・・。」


 カローナは、だいたい察したような顔で、呆れたようなため息をついた。


「ふぅ、おおかた『双子の狐』あたりで、見つけたのね。でも駄目よ。あれは銀貨数枚はするでしょ?いっぱしの死霊術士になってからならともかく、いまのイサベラには過ぎた品物よ。」


「でも、でっでも。」


「それにあれ、骨鎧ボーンアーマーにすると、敵の毒攻撃を無効化してくれる便利な特性はあるけど、鎧としてはぺらっぺらよ?毒を持ってる魔物なんて、地下宮の第4の間ぐらいまで行かないといないし、そんなちゃらちゃらした鎧で行ったら、毒を無効化する前にぶん殴られて死ぬわよ?恰好だけで選んじゃダメ。」


 畳みかけるつもりが、畳みかけられている。このままでは、何か得体のしれないゴツイ魔物の骨を持たされかねない。ゴブリンの骨とか渡されたら、もう潔く無防備でぶん殴られる方を選ぶ。13歳の乙女心は割と真剣に、このぐらい愚かなのだ。


「やっぱり初めは豚人間オークとかがおすすめよ。まさに骨太ほねぶと!ちょっとした打撃なら、完全にはじくんだから。」


 乙女心の肺腑はいふをえぐる、想像以上にきっついおススメが来た。


「実は今日!何とちょうどいいことに、骨鎧ボーンアーマー用の豚人間オークの骨が私の懐に!」


 もうだめだ。初めからカローナの心が決まっていたのでは、いまここでお小遣いがもらえる可能性はゼロに近い。


「ふぐぅ・・・。豚になるぐらいなら、潔くそのままぶん殴られる方を選びます。」


 イサベラは俯いて下唇を噛みながら、精いっぱいの抵抗をしてみせる。


「なにいってんのよ、この子はもう。わがままねぇ・・・。はい!わかりました。そこまで言うなら、その覚悟を見せてもらおうじゃない。まずは骨鎧ボーンアーマーが使いこなせるようになって、さらに今度の試験で合格点取ったら、銀骨毒鳥の骨、買ってあげてもいいわよ。」


「ご、合格点・・・。」


 近々試験があることは、招致済みだ。しかし、なぜそれを条件に出されたのだろうか。


 この王立魔法学校に来て日も浅く、試験を受けたことのないイサベラは、その難易度がいまいちつかみにくかったが、そこまで楽勝ではないことだけは、想像できる。


「我ながら、激しく甘々あまあまの条件だわ。だけどね、エミリアから聞いたわよ。イサベラあなた、属性同士の『相剋』を忘れてたんですってね。ゴニアとエミリアをくっつけようとして、どうもおかしいと思っていたのよ。先生、恥ずかしくて、顔から火が出るかと思ったわ!」


 大げさに顔を覆て見せるカローナに、そんなやわじゃないくせに・・・、とイサベラは思ったが、お小遣いを増やしてもらおうと企んだだけの事が、とんだ藪蛇やぶへびだ。


「どうしても銀骨毒鳥の骨が欲しいなら、まずは骨鎧ボーンアーマーの習得!それからちょうどいいから、今日は魔法理論の基礎からもう一回みっちりやるわよ。」


「あう、あう。」


「何?いやなの?」


「め、滅相もございません。仰せのままに・・・。」


「よろしい!さっ、じゃあさっそく骨鎧ボーンアーマーの練習よ。」


 嫌々ながらも、カローナに差し出された豚人間オークの骨を指でつまんで眺めてみる。良い出汁だしの出そうなその骨は、つまんでいるだけだと、うっかりすると落としてしまいそうなぐらいずっしりと重い。なるほど、カローナの言うとおり、これで骨鎧ボーンアーマーを作ったら、単純な打撃に対する防御なら、かなり頑丈な鎧が出来そうだ。だがしかし、イサベラにとって問題は見た目だ。


 チャラかろうが、ぺらっぺら防御だろうが、銀色に輝く鎧をまとう一縷の希望を信じて、イサベラは観念して骨鎧ボーンアーマーの練習を始めた。


 ・・・勉強の方は苦手なイサベラだったが、魔法の習得、死霊術の習得センスは、カローナも目を見張るものがある。


「魔物の骨の奥にくすぶっている魔力を開放して、そこに自分の魔力を乗せて、体を覆うイメージを与える。」という説明の実際の感覚を、イサベラがつかむのは早かった。


 早かったが・・・。


骨鎧ボーンアーマー!!」


「う、うーん。これは・・・。」


 カローナが少し悩んでいる。


 骨の中の魔力を開放し、鎧として纏うことには成功した。だが、何だか予想以上にずんぐりむっくりしているのだ。


「ちょっと貸してみて。もっとこう、魔力を収斂させるというか・・・、鎧の固さはそのままで、もっとほっそりと出来るはずなのよ。」


 カローナがやって見せると、全然違った。


 すらっとした四肢美人と、13歳のちんちくりんでは見た目に差ができるのはわかるが、カローナの骨鎧ボーンアーマーは、なぜここまでえるのか?ずるいぐらいに違う。


「わかった?はい、もう一回やってみて?」


 再挑戦でも太さは変わらず、むしろ新たに変な兜ができた。豚鼻つきだ。術の発動はもう問題ないが、より豚に近くなった分、見た目は悪化したと言える。


「ぼ、防御力は上がったわね。」


 カローナの必死の励ましにも、イサベラは悟りきったような無表情で、遠い目をしている。ここまでの屈辱を味わった以上、失うものはもう何もない。・・・はずだった。


「カローナ先生ぇー!いらっしゃいますかー♡」


 勢いよく扉の開く音とともに、今日も元気なエミリアが入ってきた。


 イサベラの変わり果てた姿を見てビクッと硬直する。


 あまりの羞恥に現実逃避したイサベラは、フフっと微笑むと、エミリアに問い掛けた。


「どう?エミリア?私の骨鎧ボーンアーマー。」


 エミリアはごくりとつばを飲み込んだ。その目が斜め下に泳ぐ。


「え?あ、ああ、骨鎧ボーンアーマーね。いいっんじゃないかな?うん、とってもいいよ!」


「可愛い?」


 お世辞でも良い。偽りの虚飾された誤魔化しでもいい。イサベラは、その言葉、エミリアの言葉があれば、この現実を乗り切れる様な気がした。


「え?えーっと、う、うん。可愛い?かな?子豚ちゃんみたいで。」


「子豚ちゃん・・・。」


「ぶっ。」


 カローナは噴き出してしまった後、恐る恐るイサベラを見た。


「ふわぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


 イサベラの悟り状態は、あえなく決壊した。

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