第25話 銀骨毒鳥の骨

 マルが置いたその銀色の骨を前にして、イサベラの動悸が早くなる。


「こ、これは銀骨毒鳥シルバーボーンコカトリスの骨ですよね?」


「さっすが魔法学校の生徒さん。知っての通り、解毒剤の原料にもなるから、冒険者が時々持ってくるのを、うちで扱ってるってわけ。骨を損壊させずに倒して、全身がきれいにそろったものは、骨董品として結構な値が付くときもあるのよ。」


「ちなみに、この欠片だと、お幾らぐらいするんですか?」


「これぐらいだと銀貨5枚ね。」


「ぎっ!ごっ!!(銀貨五枚!!)」


 拝啓カローナ先生、やっぱり駄目みたいです。


 イサベラは革袋の中の、カローナからおねだりしてきたおこずかいを思い出す。


 あるのは銅貨五枚。


 銅貨十枚で、銀貨一枚なので、ちょうど十分の一。単純計算で、あと十回、今日みたいにカローナにおねだりすればいい計算だが、毎日やったら、二回目ぐらいからひっぱたかれるだろう。


「どうしたの?イサベラ。値段なんか聞いて。」


 エミリアとゴニアが不思議そうな目で見ている。


「いや、あの、石化解毒ポーションに使うなら、メデュキュラス先生が買うかなーって思って。」


 別に、骨鎧のために銀の骨が欲しいことを知られるのが不味いわけではないが、エミリアに「可愛い骨鎧ボーンアーマーで、あなたを私に振り向かせてみせる!」という下心があるため、何となく目的を言うのは気が引ける。


「そうね!ありうる話よね!メデュキュラス先生は、日が沈んでからしか来られないってミルさんが言ってましたけど、明るい時に来られることもあるんですか?」


 イサベラの一途な思いとは裏腹に、エミリアは目をキラキラさせて、マルにメデュキュラスのことを尋ね始めた。


 エミリアの注意がマルとの話にそれたのを、複雑な恨めしさを感じながら見てから、イサベラはゴニアのローブを引っ張って、陳列棚の裏に回る。


「・・・???、イサベラさん。メデュキュラス先生なら、先日ここでたくさん買い物されたばかりですから、当分は来られないと思いますよ。」


「いやいや、違うの。その話じゃなくて、その・・・、あの・・・、ゴニアは今いくらぐらい持ってる?」


 溺れる者は藁をもつかむ。


「え?え?どうして急にそんなこと・・・。」


「いいから、いいから、いくら持ってるの?」


「えっと、結局、髪飾りはミルさんにいただいたので、いま銅貨五枚持っています。」


「そっか・・・、五枚か。」


 当たり前だが、足りない。ゴニアがあと8人は足りない。


 そもそも仮にゴニアがお金を持っていたとしても、こんなかわいい妹みたいな子から、そんな大金を借りることはできない。


 イサベラは諦めつつも、このもどかしさを、もう食欲で埋めるしかないと、通りの屋台で見た、揚げ麺麭を思い出し始めたとき、その遠い目をみて、ゴニアは何となく、それ以上何も聞かない方がいい何かを察した。


「(やっぱり、地道にお小遣いを貯めて買うしかないか・・・。)」


 そんなことを心の中で呟きながらも、無駄遣いである買い食いは、既に決定事項で微塵も揺るがない所がイサベラらしい。


「じゃあ、帰ろっか。やっぱりメデュキュラス先生は、夜にしか来たことないってさ。お店でばったりっていうのは無理そうね。イサベラはほんとに何も買わなくていいの?」


「うん、また今度にする。(今日はゴニアの可愛さでおなかいっぱいだから。ああ、早く揚げ麺麭ぱん。)」


 ゴニアの可愛さを見ながらほっこりした気持ちに、食欲の雑念が入る。


 ミルとマルに挨拶をして、『双子の狐』屋を後にしながら、イサベラはその雑念をさっそく提案した。


「ねぇ、来るときに見た屋台の揚げ麺麭が食べたくなっちゃった。帰りに買って食べない?」


「イサベラさんが言うなら・・・。」


 恩人の言葉にはとにかく従う、羊のように従順なゴニア。


「・・・」


 エミリアはじっとイサベラの顔を見つめている。


「な、なに?エミリア。揚げ麺麭は嫌い?」


「いや、本当に幸せそうに、食べ物の話するなぁって思って・・・、ねぇゴニア知ってる?この子、私と初めて会った時、おなか鳴らしてたのよ。るっるーって。」


「(ㇷ゚ㇰㇲッ)」


 ゴニアは恩人の名誉のために、肩を震わせてこらえている。


「やーん!なんでいうの?!」


「はいはい、またイサベラのおなかがならないうちに、揚げ麺麭買いに行こー。」


 歩いてすぐの屋台で、三人で銅貨を一枚づつ出して、紙袋にいっぱいの揚げ麺麭をもらった。


 王都シャインで、おそらくもっとも良く売られている人気の屋台食、砂糖をふんだんにまぶした揚げ麺麭。


 イサベラは一口で、一個を口いっぱいにほおばり、ゴニアは少しづつかじる。エミリアは指で小さくちぎって食べる食べ方が好きだ。


 頭の奥までしみるような、この油と砂糖と小麦粉。三人もこんな息の合った友達になれるだろうか?


 イサベラがそんな小難しいことを考えていると、ゴニアが少し俯きながら、「まるでお姉さんが二人できたみたいです。」と照れながら言った。


 美味しくて幸せなのではなかった。


 こんな時間いまだから幸せだった。


「(はぁ、銀の骨どうしよ・・・。)」


 それでも死霊術士、13歳の悩みは尽きない。

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