第42話 罠と敵意

カローナは、王都の守り手シャインズガーディアン詰め所の取調室にいた。


カローナの目の前には、銀色の鎧に身を包んだ女性が座っている。その肩には鎧に負けない存在感を放つ、金色の肩当てスポールダーが輝いていた。


カローナは、普段の快活な表情は消え、不安げにイライラしたように、手を組んでいた。


そんな様子を察したのか、銀の鎧の女性が口を開いた。


「教え子のことなら大丈夫だ。部下が既に『ラダン商会』についているはずだ。」


銀色の鎧に身を包んだ女性が、静かにカローナに言った。


その言葉に、カローナは勢い良く立ち上がると、すがる様に訴えた。


「ヒルド!お願い!イサベラのところへ行かせて!」


「駄目だ。さっきも言ったように、いま、お前が街に出ると、我々でも収拾がつかなくなる可能性がある。気持ちは分かるが、ただでさえ街が混乱しているのだ。」


ヒルドと呼ばれた女騎士は、カローナを落ち着かせるように、手で制した。


金色の肩当てスポールダーが、がっちりはめ込まれた全身鎧フルプレートアーマーを身にまといながらも、その動きによどみなく、ただの陽魔法の術者ではないことが分かる。


戦乙女ヴァルキリアヒルド。人呼んで「シャイン最強の女」。


陽魔法を使いこなす騎士であり、王都一の女性戦士と評され、屈強な守り手ガーディアンたちの一部隊を束ねる女傑だ。


「我々の馬は、街で駆けることに長けている。お前が行くより早い。すぐに教え子をここに連れてこれるはずだ。」


「・・・」


カローナは、なおも諦めきれないかのように、部屋を落ち着きなくいったり来たりした。


「(ここまで取り乱すとは・・・、変わったな・・・。)」


ヒルドはカローナを戦乱のころから知っている。出会った頃のカローナは、影があるというか、あまり感情を表に出す方ではなかった。


カローナが、シャインの街に戻ってきていたのは知っていたが、お互いに忙しく、再会したのは実は今日が初めてであった。


本来ならば、再会を祝して食事でもしながら、昔話にでも花を咲かせるところだが、今日の場合は、ヒルドは、カローナを『容疑者』として、ここに連れてこなければならなかった。


数刻前、例の『魔力喰いエーテルイーター』が街なかに現れ、新たな犠牲者が出たとき、その『魔力喰いエーテルイーター』を操っていると思われる、『カローナ』が一緒に目撃された。


いや、正確には、カローナに偽装した何者かであろう。


昔なじみの取り調べを一通り終えて、ヒルドは、個人的にはほぼそう確信している。個人的にカローナを知っている人間なら、そう見破ることは容易たやすい。


だが、街の人間たちの誤解を解くのは、そう簡単にはいかない。


何しろ『死霊術士』だ。


濡れ衣を晴らすために一番いいのは真犯人を捕まえることだが、それまではカローナを外に出すわけにはいかなかった。街の治安を守ることを使命としている身としては、無用な混乱を招くことだけは何としても避けたいのだ。


「いま、お前を外に出すわけにはいかない。」


落ち着きなく歩き回るカローナに、もう一度念を押すように、ヒルドは呻くようにつぶやいた。


カローナは、もちろんヒルドの考えはよく理解できた。


だが、完全に誤算だった。


今回の事件の首謀者が何者か分からないが、まさか自分に対する敵意が、ここまで露骨に、そして強く、ぶつけられるとは、思っていなかった。少しづつでも、王都シャインと言う街に『受け入れられている』と思っていた。王立魔法学校の理解ある者たちに囲まれ、少しうぬぼれていたのかもしれない。


その何者かは、カローナの姿をかたったのだ。


明らかに、標的はカローナだ。


相手も死霊術士で間違いないだろうが、街で騒ぎを起こし、カローナを標的にする死霊術士には、全く心当たりがない。逆に街の人物で黒幕がいるとすれば、考えれば考えるほど、『死霊術士』である自分に敵意を抱いてもおかしくない人物は多く、怪しい人間が多すぎて、その改めて直視させられた現実に、また自身の自惚れを激しく後悔させられた。


一番の後悔は、イサベラだ。


始めの事件が起こった時から、片時も離れず、一緒にいるべきだった。


まだ相手の狙いが何なのか、次は何をしてくるのか、まったくわからないが、カローナ自身に向いている敵意は、イサベラにも向いていないとは限らない。


カローナは、王都の守り手シャインズガーディアンに連行されるとき、何かの間違いだとは思いつつも、反射的に「イサベラには見られたくない」と思ってしまった。もちろん何もやましいことはない。それでも、育ての親として、育ててきた子には見せたくないものだった。


それでも、何とかして一緒にいるべきだったのだ。


詰め所に来て、ヒルドの話から、何者かの明確な敵意と罠を確信したとき、エミリアのところにいるにいるイサベラに対する危機感が一気に増した。すぐに向かおうとしたところを、止められたのは、先ほどの通りだ。


後悔はしても、ヒルドの言うとおり、今は確かに待つしかない。しかし、焦る心は抑えられなかった。


不意に、慌ただしい足音が外に響いたかと思うと、取調室のドアが、勢いよく開き、カローナが待ちわびた、部下の守り手ガーディアンと思われる一人が、入ってきた。


「ヒルド隊長!報告いたします!イサベラ殿は、ラダン邸をすでに出た後でした!」


「何!?どういうことだ!」


説明を始めた部下の口からでた言葉に、カローナは背筋か凍った。何と、イサベラはエミリアの家から姿を消していた。


守り手ガーディアンの報告では、何者かが「魔物に魂を食われる」、「ラダン邸に死霊術士が匿われている」などの流言飛語を流して街の人間を扇動しており、煽られた街の人間がラダンの屋敷を取り囲んだため、責任を感じたイサベラが、ラダンたちに何も言わず、隙を見てひとりで屋敷を飛び出していったそうだ。


イサベラの行動も短絡的だが、それ以上に、敵はカローナとイサベラの動きを把握しており、そして、姑息で速い。


これはヒルドの誤算だった。


幽鬼変化ファントムフォーム。」


守り手ガーディアンが報告を終えるのと、カローナが魔法を唱えたのは、ほぼ同時だった。


「あ!た、隊長!」


部下の守り手ガーディアンが、焦りながらヒルドを見たが、ヒルドは動かなかった。


「カローナ・・・、すまない・・・。だが、偽物もいる中、街であったら攻撃せざるを得ない。いいな?」


苦しそうにヒルドがそういうと、カローナも同じような視線で答え、闇とともに掻き消えていった。イサベラを探しに行ったのだろう。


「隊長・・・、いいのですか?」


「聞いた通りだ、仕方あるまい。何者かの扇動のある中、イサベラ殿を見失った以上、騒ぎはもう避けられん。我々よりは、カローナの方が見つけるのは早いだろう。」


「確かに・・・。」


「しかし、どこのどいつか分からんが、舐められたものだな。これ以上好き勝手はさせん。総動員を掛けるぞ。今夜中に決着をつけるつもりで、サニールの捜索と、犯人の検挙に全力をあげろ。」


「はっ!伝令に行ってまいります!」


ヒルド初め、王都の守り手シャインズガーディアン達にしても、サニールと言う将来有望な秘蔵っ子をさらわれているのだ。心中穏やかではない。


静かな怒りをその眼に宿しながら、『王都シャイン最強の女』は、部屋を後にした。

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