第46話 アイリス
「あああぁぁぁっ!おおおああああぁぁぁ!!!」
イサベラたちの部屋のセティカから意識を戻すと、アイリスは怒りのあまり、絶叫した。
なおも収まらず、暗い部屋に、怨嗟のうめき声が響き続けた。
なぜこうなってしまったのだろうか?初めは、ただの嫌がらせのつもりだった。
死霊術を使って街で騒ぎを起こし、カローナたちが疑われれば、うまくすれば自分たちで出ていくかもしれない・・・。そんな淡い期待も抱いていた。実際に、あの戦争後には、一度はカローナは街を出て行ったのだ。
追い出すだけでよかったのだ。
しかし、死霊術を使い始めたときから、自身の中の黒い欲望が膨らんでいくのを抑えることが出来なくなっている。
セティカを使ってイサベラをとらえようとしたとき、ナイフも脅しのつもりだった。年端もいかない小娘なら、怖い思いをすれば、街から逃げだすだろう・・・。カローナへの嫌がらせのついでのようなものだった。
しかし、イサベラに正体を見破られたとき、貯めていた鬱屈した感情が爆発し、殺意が抑えられなくなった。
七属性概論の試験で、イサベラの魔力と、その成長を間近で見たときも、妬ましくはあったが、殺意まではなかった。
明らかに、負の感情が増大して行っている。アイリスは、その自分自身の変化を自覚しながらも、怒りに震える目で左手にはまった指輪を見た。
ひりつくような痛みさえ覚えるほどの魔力が指輪からはあふれ、アイリスの怒りに呼応するかのように小刻みに震えていた。
『黄泉の指輪』
術者の魔力を死霊術の属性へと変える
しかし、その効果で特筆すべきは、『
この指輪は、『
アイリスも予想していなかったことだが、
ただし指輪自体は粗悪品であり、アイリスの見立てでは、もうすぐ砕け散る。
この指輪は、戦乱の終息後に、廃墟となった敵国の魔法院で封印されていた『
封印のされた小さな箱から、僅かな死霊術の魔力を感じたとき、アイリスは思わず隠して持ち帰ってきてしまった。そして長い間、『
だが結果的に、ここまでずっと隠し持ってきたことを今思えば、初めから「カローナに何かできる」という期待があったのかもしれない。
しかし、嫌がらせをするどころか、逆にその若い小娘の駆け出し死霊術士に、最も見たくなかったものを見せつけられてしまった。
イサベラの入っていった鏡、『
その使用法や存在目的は、王国の機密であり、王家と、魔法学校の一部のものにしか知らされていない。
代々魔法学校の死霊術の素質があるものに受け継がれる
娘であるアイリスが自分と同じ月魔法の属性であることが分かった時、やはりその栄誉ある責任を、娘が受け継ぐことを夢見た。
しかしアイリスは、鏡に入ることはできなかった。
彼女は完全な月魔法の属性であり、死霊術の魔力は、微塵も彼女の体に宿ってはいなかったのだ。
そして結局、『
アイリスの母親は、生涯にわたってアイリスの良き母親だったが、だた一度だけ・・・、たった一度だけ、娘に鏡を受け継がせることのできなかった失意を見せたことがあった。
カローナが、鏡を扱う死霊術『
その当時、魔法習得の様子を隠れてみていたアイリスには、一瞬だけ苦しそうな顔をした、母親の顔が目に焼き付いて離れない。
母の真意を確認した瞬間だった。
イサベラが鏡へ入っていったとき、思い出したくもない昔の光景が、再び突き付けられ、激情を押さえることが出来なかった。
今もなお、その激情は鎮まるどころか、ある一つの結論に向かってアイリスを急き立て始めた。
「(今の私なら、鏡の所有者になれる。)」
もちろん粗悪品である『黄泉の指輪』では、すぐに死霊術は使えなくなってしまう。それでは鏡の所有者とはなれない。
だが、永続的に死霊術が使えるようになるにはどうしたらいいのか、魔術を志すものでなくても、その方法は、
それは、多くの死霊術を使うものが、その衝動に駆られるとされる、自らを高位の
その衝動に取りつかれた死霊術士でも、普通はその衝動と同時に、『死』に対するためらいがあり、その一線を超えるのは、容易ではない。しかし、黄泉の指輪の誘惑だろうか、無念ゆえの激情だろうか、今のアイリスにとっては、もうどうでもよくなってきていた。
ただ強烈に・・・、証明が欲しかった。
カローナより、イサベラより、母の後継者にふさわしいのは自分だという、証明が欲しかった。
母の残した研究から、やり方はすべてわかっている。普通なら膨大な魔力が必要だが、太陽の肩当てによって、際限なく魔力のみなぎる今なら、そう難しいことではない。ただ、同時に長い詠唱時間が必要で、邪魔が入ればすべて台無しだ。特にこの騒ぎで、魔法学校の教師連中や、
「(時間稼ぎが必要ね。街に張り付いていてもらおうかしら。)」
街には、アイリスの作り出した、偽物カローナがいる。
月魔法『
術者の分身を作り出し、その分身は、術者の意思と魔力を反映して、自動で動く。同じ月魔法の『
『
もう一度偽カローナに、街で騒ぎを起こさせれば、油断できない連中の意識を街に集中させ、十分な時間稼ぎにはなるだろう。
アイリスが、ぎりりと歯ぎしりをしながら、決意を固めた。
そう、ただ証明が欲しかった。
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