第8話『治療を受け、うどんを食べる』
自宅からおよそ七百メートルの場所、自宅前の道を左に下って県道を右に曲がり、そのまま国道との交差点を過ぎた右側に、外科医院がある。
対向車も何もないので、交差点での左右確認もせず、信号も無視して一気に突っ走り、二分とかからず到着した。
それほど大きくない医院だが、これぐらいの矢傷は処置できるだろう。
この状況で診てもらえれば、だが。
医院に着く頃には何重にも折りたたんだタオルの表面に血が滲み出ていた。
痛みも一向に収まらない。
医院に入り一応持ってきた保険証を受付に置く。
もう二十年以上この医院にはお世話になっていないので、診察券などは持っていない。
奥の方で扉が引かれるような音がしたので、そちらの方を見てみると、診察室の入口が開いていた。
「おじゃましまーす」
無人なのはわかっているが、一応声をかけて入室する。
患者用の椅子に座り、ガムテープを剥がしてタオルを取る。
目の前に医者がいる体で、とりあえず傷口をアピールしてみた。
すると、ふいに眠気が襲ってくる。
そして意識が暗転した。
どれくらい経ったのかわからないが、目が覚めると診察台に座っており、肩のあたりには包帯が巻いてあった。
後で確認したのだが、三針ほどキレイに縫われていた。
どうやら病院もちゃんと機能しているようだ。
しかし、死後の復活があるのだから、治療の方もポイント消費で一秒全快! みたいなのを期待していたのだが、残念ながらそう上手い話はないらしい。
死後の復活以外は、現実とほぼ変わらない仕様のようだ。
受付に戻ると、保険証の返却とともに処方箋が出される。
それとは別に短めの包帯三巻とガーゼが十枚ほど用意され、毎日一度はガーゼを交換し包帯を巻き直すこと、一週間から十日後ぐらいに抜糸に来るようメモが添えてあった。
ただのメモだったが、なんだか人とやり取りをしたみたいで、少し嬉しかった。
医院のすぐ近くにある調剤薬局に処方箋を持っていくと、痛み止めと化膿止めを処方してくれた。
合計で五千ポイント程度引かれたが、国保の三割負担だとこんなものだろうか?
(ああ、そういや近所にうどん屋があったな)
来た道を、医院を越えて更に進んだ所に、兄の同級生が営んでいるうどん屋があったのを思い出した。
この医院から見て国道と県道の交差点の斜向いにも最近うどん屋が出来たが、チェーン店なのであまり興味はない。
そもそもこの町に生まれ育って、チェーン店のうどん屋に行くという選択肢はない。
近すぎて逆に行く機会の少なかったうどん屋に、車を走らせる。
と言っても二百メートルしか離れていないので一分とかからないが。
昼前の、込み合う前のちょうどいい時間……といっても誰もいないので意味はないが、とりあえず駐車場に車を停め、一応辺りを警戒しつつ降りる。
そういえばさっきは痛みのあまり警戒を怠っていたことを思い出した。
一応店舗敷地なので安全地帯だとは思うが、油断は禁物だ。
周りに魔物の影がないことを確認し、店内に入った。
うどんが持つ小麦の香り、それをゆがく湯気と揚げ物の油が放つ香りが混じったうどん屋特有のにおいが嗅覚を刺激する。
そういえば今朝は水を一杯飲んだだけで、何も食べていないことを思い出した。
ここはセルフのうどん屋だが、さすがに麺をゆがいたりは店側の仕事だ。
トレイを取ってカウンターに置き、メニューを見る。
「かけ中」
贅沢は禁物とばかりにかけうどんの中サイズを注文すると、トレイの上にかけうどんが現れた。
(やっぱファンタジーだよな、こうなると)
稲荷やおにぎり、トッピング用の揚げ物等の誘惑に耐え、トレイを滑らせてレジ前へ。
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そこで暫く待つと、ポイントが引かれた。
まるで「揚げ物とかいかがですか?」と言わんばかりの間だった。
トレイを抱えて席へ。
左肩に麻酔を打っているらしく、すこし左腕の動きが悪いので、左手は添えるだけ。
席に着いてうどんをすする。
(ああ、やっぱ美味ぇな……)
しかしよくよく考えてみるとここ以外町内にチェーン店以外のうどん屋があっただろうか?
昔はもちろん、こちらに帰ってきてからよく通っている店は、どれも町外であることに気付く。
高校時代によく通った店が国道沿いのすぐ近くにあったが、敏樹が進学して数年後に町外へ移転していた。
そうなると、町内から出られない現在、ここは貴重なうどんの供給源となるわけだ。
(ありがてぇ……)
食後、空になった器を前にした敏樹は、よくぞ町内で商売を始めてくれたと感謝の念を込めて手を合わせた。
うどん屋を出た敏樹は、まっすぐ家に帰る。
ガレージに車を停め、改めてトンガを手にとってみた。
(必死で取り返したけど、これって武器としてどうなん?)
手際よくスライムを倒せた長柄の武器ということで、絶対に必要だと思って取り返したトンガだったが、改めて見てみると、武器としての性能がそれほど高いとは思えない。
上から振り下ろすことに特化しているので、スライムのように動きの遅い敵を相手にすれば問題ないかもしれないが、いざこれでゴブリンを相手した場合、倒せるイメージがわかない。
(やっぱ家にあるもので武器になるものの定番っつったらスコップか?)
ネットではスコップ最強説というものがあるぐらい、スコップは戦闘に向いている……らしい。
正直に言えばネタなのか実践的なのか、俊樹にはよくわからない。
スコップを使った戦闘術の動画なども見たことはあるが、なんというか、あくまで使い手が強いのであってスコップが特筆して強いと、少なくともそのときは思えなかった。
しかし、いざまともな武器が調達できない環境で、それでも何らかの武器を用意しなくてはならないとなると、スコップは確かに有用な武器であるように思えなくもない。
(平スコしかないか……)
ガレージにいくつかある物置を物色した所、先の平たいスコップを発見できた。
しかし、武器として考えると、先の尖った剣先スコップ、通称『剣スコ』の方が優れているように思える。
(攻防一体で考えるとむしろこっちか?)
剣先スコップの先の尖った部分というのはいかにも攻撃力がありそうだが、平スコップの面積の広さを考えると、盾の代わりにもなりそうだった。
それに、角の尖った部分は充分凶器となり得るように思える。
(いてて……とりあえず今日は休もう)
麻酔が切れてきたようで、肩が痛み始めてきた。
まだ腹の中にはさっきのうどんが残っているようなので、処方された痛み止めと化膿止めを飲んだ敏樹は、ジャージに着替えてベッドに転がった。
特に何も考えることなくテレビを見ていると、痛み止めが聞いてきたのかやがて眠くなってきたので、そのまま眠気に身を委ねた。
四時間ほど眠ったところで再び肩が痛み始め、目が覚める。
すぐにでも痛み止めを飲みたいが、昼前に食べたうどんはすでに消化され、腹の虫が鳴いている。
とはいえ、夕食にはまだ早い時間だ。
そこで敏樹は、冷蔵庫から一リットルペットボトルに入った甘酒を取り出した。
(小腹がすいたときはこれに限る)
それは地元の
母が好んで買ってきていたもののようで、それまで特に甘酒を飲む習慣の無かった敏樹だったが、一杯飲んで以降は虜になってしまった。
しっかりと形を保ったままの米粒が入った甘酒は、一杯飲むだけで結構腹にたまるのだ。
それなりの糖質はあるのだろうが、最近健康系のバラエティでやたらと甘酒を勧めているのを見かけるので、具体的にどう体にいいのかは知らないが、いいものはいいのだろうと思って、日に一杯は飲んでいる。
ちゃんとした麹室が販売しているものなのでそれなりの値段はするのだが、ここを妥協するつもりはない。
甘酒を飲んだ後、一息入れて痛み止めを飲む。
特に胃が痛くなるようなこともなく、痛みが引くとともに眠気に襲われた敏樹は、再び眠りについた。
約三時間後、目が覚めると外はすっかり暗くなっていた。
その日は何もする気が起きなかったので、夕食にはインスタントラーメンを食べた。
痛み止めがまだ効いていたようなので、食後には化膿止めだけを飲む。
そのあとダラダラとテレビを見、夜も更けた頃には痛み止めも切れたので、再び甘酒を飲んたあと、痛み止めを飲んだ。
そして風呂には入らず、そのまま寝た。
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