第38話『ラスボス』
「あー、なんか一気にヌルゲーになっちまったなぁ」
敏樹が少し不満げにつぶやく。
バグ技を発見してからというもの、敏樹は堕天使を倒した要領で多くのボスを倒していった。
たまに爆発に巻き込まれたり、バグ技発動のタイミングを誤ったりして死ぬこともあったが、概ね楽に勝利出来ていた。
ポイントも湯水の如く入ってくるのだが、死んで半分になるのはもったいないという貧乏性から、とりあえず高級車を買ったり、家のリフォームを行ったりして、数千万ポイントを消費している。
お陰で家は随分住みやすくなった。
最初はゴブリン一匹に四苦八苦していた男が、随分と逞しくなったものである。
いまやこの状況を完全にゲームか何かだと割り切り、難易度の低さに不満を表すようになったのだから。
「ってか、そろそろラスボスとか出るかね?」
独り言も随分増えたが、指摘してくれる者がいないので自覚はない。
いつまでも中ボスのような存在を倒しても、家が住みやすくなるばかりで拉致があかないようである。
「やっぱ、あそこかなぁ……」
ボスキャラクターが出現するのは、大抵が神社や寺院であった。
その中にひとつ、なんとなく避けている場所がある。
町内で最も大きい寺。
そこは五重塔がある、由緒正しい寺であった。
実は一度そこに近づいたことはあった。
だが、そびえ立つ五重塔に言い知れぬ畏怖を感じた敏樹は、逃げるように立ち去ったのである。
その後はバグ技を使って、小物ボスを屠っては無聊を慰めていたのだ。
自分から難敵を避けておきながら、難易度に文句を垂れる辺り、中々残念な男である。
しかし、最初に行った時、車が入れる場所には進入禁止のポールが立っていたので、入ることが出来なかったという事実もある。
ある程度ボスを攻略すれば入れるようになるのだろうし、今の今まで確認を避けていたことに変わりはないのだが。
「……行ってみるか」
敏樹は、いつものように道程の魔物を掃討した後、ワゴン車に50ccのバイクを積んで出発した。
二輪免許を持っていない敏樹は残念ながら50ccより大きなバイクを買うことができなかった。
法律もクソもない状況なのでどうにかならないかと四苦八苦したが、結局は無駄だった。
そこで、50ccのマニュアル式バイクを購入。
結果的には小回りが効き、魔物を避けながら帰路を走るには充分な性能があったので問題はなかったが。
レーサーレプリカやツアラー等いくつか試したが、たまに悪路や抜け道のような場所を走ることもあるので、オフロードタイプの物が、少なくとも今の状況には最適であることがわかった。
敷地の外からであっても、五重塔はしっかりと威圧感を放っていた。
普段この五重塔にこれほどの畏怖を抱いた覚えはない。
おそらくは、このゲームのような状況における特殊なエリアだからこそであろう。
「おーっし! もいっちょおーっし!!」
久々に気合を入れつつ、車での進入口を目指す。
「あ、ポールないわ……」
実はここにポールが立っていればまた逃げ出す言い訳ができると、少しだけ期待していたのだが、残念というべきか、それは取り払われていた。
進入口の前で、一旦停車する。
「……おーっし! もいっちょおーっし!! ダメ押しのおーっし!!!」
再度気合を入れ直し、敏樹は寺に乗り入れた。
「うおおお……」
思わず声が漏れる。
そびえ立つ五重塔。
その前に立ちはだかる、大きな人型の存在。
それはいつか倒した堕天使のような姿だった。
一回りほど大きいので、体長は5メートル程度だろろうか。
しかし纏う服は真っ白で、肌も透けるように白い。
太陽を溶かしたような金色で真っ直ぐな長い髪、空色の瞳、穏やかでありながら威厳のある表情。
「神様……的な?」
敏樹は思わずそうつぶやいた。
五重塔は仏舎利――釈迦の遺骨を治める施設である。
仏教における最高の存在ともいえる釈迦の遺骨が眠る場所に、神と思しき存在が出現するのは、あながち間違いとは言えまい。
そして、敏樹は本能的に悟る。
――目の前にいるこれこそが、ラスボスであると。
それは敏樹の姿を認めると、彼に対して手をかざした。
「うおっ!?」
目がくらむ様な閃光。
「……え?」
次の瞬間、敏樹は自室で目覚めた。
身体の方に目をやってみると、一糸まとわぬ姿であった。
4,568,204
5
「死んだの? あの一瞬で?」
ポイントが約半分になっているので、それは間違いあるまい。
にしても、痛みも衝撃も一切なく、ただ眩しいと感じただけである。
なにか閃光を浴びせられたのだろうか?
「あ、車!!」
急いで服を着た敏樹は、ガレージへと急いだ。
しかしそこには寺へ乗り付けた車はなかった。
「もしかして、あの一瞬で車ごと消滅? 冗談だろ……」
敏樹は力なくうなだれた。
しばらくガレージで呆然とした後、部屋に戻った敏樹はふて寝した。
**********
それから数日の間、敏樹はぼんやりと過ごした。
一体どうすればあれを倒せるのか。
「モンスタートラック……、いや、2トントラックでも結構な車高があるし……」
倒せるとしたらバグ技しか無い。
そう思い、出来るだけ奴を巻き込める、車高の高い大型車を探していた。
しかし、はたと気づく。
「あれ……俺、車のドア開けたっけ?」
よーく頭をひねって思い出してみるが、車のドアを開けた記憶がない。
これまで何度もバグ技を使ってボス戦を行ってきた。
そのバグ技で重要なのは、車のドアを開けるタイミングである。
少なくとも今まで幾度となく行ったボス戦で、車のドアを開けたまま敷地に入った覚えはない。
といって、あの時車のドアを開けたという記憶もない。
「まさか……」
もうひとつ、気になることがある。
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5
「……この”5”ってなんぞ?」
ポイントの下に『5』という数字が出ている。
今までなかったものだ。
正確な記憶はないが、ラスボスにやられて復活した後から表示されていたはずである。
それが一体何を意味するのか……。
「嫌な予感しかしねぇ……」
なんにせよ、もう一度ラスボスと対峙する必要があるようだ。
敏樹は特に雑魚掃討をせず、軽バンで寺を訪れていた。
しっかりと車のドアを閉めておく。
念のため国道で雑魚を相手に確認したが、車はちゃんと安全地帯になっている。
もし前の訪問時に不注意で車を空けていたのだとしたら、今回敷地に入っただけでラスボスは登場しないはずである。
それが確認できたら、一旦何もせず家に帰り、対策を考える。
もし車が安全地帯として機能しないのであれば――
「死ぬしか無いだろうなぁ……」
暗澹たる面持ちで敏樹は呟いた。
半ば諦めている部分もあるのか、敏樹は残りポイントをある程度使い込んでいた。
特に買うものが見つからなかったので、何故かTundraで取り扱っていた純金のインゴットを注文しておいた。
相場より少し高いらしいが、別に構わない。
買ったところでそれがなんの役に立つとも思えないが、なんとなく無為にポイントを消費するよりはマシだと思ったのだった。
「おーっし、いくか」
車のドアをすべて閉めたことを再度確認し、敏樹は寺の敷地に乗り入れた。
「ああ……」
半ば予想通りと言うべきか、敏樹の前には神と思しきあの存在が立ちはだかった。
35,206
4
「くそう……やっぱりか……」
自室に戻り全裸で目覚めた敏樹は、しばらくの間うなだれたままだった。
「それに……」
半分になったポイントの下の数字に目をやる。
確か『5』だったはずだ。
敏樹は服を着た後、自室のPCを立ち上げた。
スマートフォンは前回のラスボス戦で消滅しており、ポイントのメモはこのノートPCに保存してある。
立ち上がったPCのデスクトップ画面から『ポイント残数』という名前のテキストファイルを開いた。
**********
70,412
5
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これは出発前に保存したファイルである。
たしかにそこには『5』と記載されていた。
「残機、か……?」
死ねば減るカウントダウンのような数字。
それが『0』になればどうなるのか、想像に難くない。
安全地帯とならない車。
残り少ない『残機』。
敏樹の前には絶望しかなかった。
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