第37話『バグ技』

 敏樹はオークと対峙したその足で中古車ディーラーへと向かい、一番安い車を購入した。

 乗り出し価格で5万ポイント、車検は今月中に切れるというものだった。


 家に帰って安い車に乗り換えると、再びオークの元へ。

 そしてオークに見つからないように車を降り、運転席のドアをしっかりと閉めた。

 車から降りた敏樹は、急いで車の後ろに回り込み、両手を振ってオークを誘い込む。


 オークと車の距離は徐々に縮まり、やがて0になった。

 そして、オークはそのまま車をすり抜けるように前進してくる。

 オークと車とが重なりあったところで、敏樹は荷台のドアを開けた。


「グェ……」


 声にならないうめきをあげ、オークの動きが止まった。

 しばらくピクピクと痙攣したあと、オークは消滅した。


「……成功」


 ドアが閉まり、安全地帯となった車と魔物は干渉しあわない。

 それがどういう状態なのか深く考えてこなかったが敏樹だったが、先のロックゴーレム戦で、どうやらすり抜けるような形になることがわかった。

 ドアを少しでも開けると車は安全地帯ではなくなり、お互い干渉しあうことはゲイザー戦の際、ウェアウルフに車を破壊されたことで確認済みである。

 以降、実際に体当たり攻撃を何度も実行し、ゴーレム戦でもかなりお世話になった。


 つまり、安全地帯となった車というのは、魔物にとって実態がない存在であり、ドアを開けて安全地帯ではなくなった時点で実体化するということである。


 では魔物と車とが重なり合った状態で車が実体化すれば?


(いしのなかにいる! ってやつだな)


 石壁のある座標を指定して転移魔法を使うと、石壁の中に実体化してパーティーが全滅するというゲームがあった。

 アラフォー世代には馴染みのあるそのダンジョン探索RPGのことを、なんとなく敏樹は思い出していた。


 さて、これは不具合なのか、それとも仕様なのか。

 はっきりしたことは分からないが、バグっぽいので敏樹はこれを『バグ技』と呼ぶことにした。


 さて、そのバグ技に使った車だが、使い物にならなくなっていた。

 オークと無理に融合したのが原因なのか、重なり合っていたことろが奇妙な形に歪んでいる。

 試しにイグニッションを回してみたが、エンジンが始動することはなかった。

 これに関しては想定内だったので、あえて安い車を買っておいたのだ。


(この車の始末だけど……)


 走らなくなった車を路上に放置するのは正直今後の行動で邪魔になるだろう。


「ディーラーにレッカーして廃車にしといてー!!」


 とりあえず叫んでみた所、目の前から車が消滅し、数万ポイントが引かれた。



**********



 敏樹が次の標的に選んだのは国道沿いの神社だった。

 隣町の町境にほど近い場所にある神社には、とある農民が祀られている。

 江戸時代に寒村の窮状を訴えるための直訴を行い処刑された一団の首謀者である。


(何が出るかな……)


 敏樹はいま、大型のワゴン車を走らせていた。

 これは新たに発見したバグ技用に導入した、かなり年式の古いものである。

 どういう敵が出るにせよ、大きい方がいいだろうという考えから、このタイプのものでできるだけ安いものを購入した。


 まずは様子見とばかりに、敏樹は神社へと入った。

 そして、境内を見渡せる場所で運転席のドアを開けた。


 現れたのは3メートルほどはあろうかという、長身の中性的な人間のようなフォルムの存在であった。


 ゆったりとした黒い布のような――古代ギリシャのキトンに似た――服、無造作に伸ばしただけのクセのある黒い髪、爛々と輝く黒い瞳、薄墨を塗りたくったような黒い肌、そして猛禽類を思わせる漆黒の翼。


(堕天使……? 悪魔……?)


 江戸時代当時、藩主に異を唱える直訴は、一揆――すなわち叛乱と同じ扱いとなるため、直訴を行ったものは一揆の首謀者として処刑されるのが常であった。

 なるほど、堕天使であれ悪魔であれ、体制への叛逆者という意味では同義かもしれない。

 過去の神話を紐解いてみても、堕天使だ悪魔だと討伐される側のほうに共感できる部分が多い点からも、案外民のために死を賭して行動した義士に通じる部分があると、敏樹は思った。

 なんにせよ、まともに戦って勝てそうな相手でない。


(そもそも弱点が考えつかねぇわ)


 考えればそれなりに思いつくこともあるのかもしれないが、ボス相手にバグ技を試してみたい敏樹は、考えるのを放棄していた。



 まずは家から神社までの道のりを確保する。

 雑魚魔物を討滅する必要はないが、動きの早いものや遠距離攻撃を行うものは可能な限り倒しておく。

 コンパウンドボウをメインに使えば、射撃の腕が上がった敏樹にとって雑魚の掃討はそれなりの労力を要するものの、困難というほどではなかった。


 雑魚の掃討を終えた敏樹は、神社近くの敷地外に一旦車を停めた。

 もちろん乗ってきたのは大型ワゴンである。


 神社近くの雑魚魔物は徹底的に討滅しているため、安心して行動可能だ。

 車の荷台を空けた後、荷台から地面にラダーレールを立ててスロープを作り、載せてあった原付を降ろした。

 これが帰りの足になる。


 原付を神社の敷地から見えない位置に停めた後、敷地内に車を乗り入れた。

 運転席のドアを開けて堕天使の位置を確認し、すぐに閉める。

 後部の荷台に移動し、中からドアを開け、滑り出すように降りた後、すぐにドアを閉めた。


(バレてないよな……?)


 おそるおそるリアガラスから顔を出すと、フロントガラスの向こうに堕天使の姿が見えた。

 いつもの軽バンであればあるいは上から見下されて発見されたかもしれないが、今回用意したのはハイルーフかつスーパーロングタイプのものだったので、なんとか車体の影に隠れることが出来たようだ。


(誘ってみるか)


 敏樹は手を伸ばし、ぴょんぴょんと跳ねて車体の上から手を出した。


「おーい!」


 声を上げて呼びかけた所で堕天使がようやく敏樹に気付いた。


「オオオオオォォォ……」


 低いうめき声を上げながら、車の方へと向かってくる堕天使。


(もうちょい……)


 リアガラスとフロントガラスを隔てた向こう側の存在をしっかりと注視しながら、敏樹はタイミングを計る。

 敏樹は既に車の陰に隠れるように身をかがめていた。

 向こうからは敏樹が見えていないはずであり、少し警戒しながらゆっくりと近づいてくる。

 こちらからのみ見えて向こうから見えないというのは、とんでもなく有利な状況である。


 そしてついに、堕天使がワゴン車と重なった。

 さらに一歩。

 完全に重なりきったところで、敏樹は荷台のドアを開けた。


「ンオ……ゴォエェ……」


 ワゴン車の全高は約230センチ。

 3メートルほどの身長を誇る堕天使の胸のあたりまでが車に埋まっていた


「うへぇ……なんか申し訳ないっすねぇ」


 なんとなく高貴な面構えに見えた堕天使の姿に、ついつい敬語が出てしまった敏樹だったが、容赦するつもりはない。

 堕天使は怒ったような、戸惑ったような複雑な表情で敏樹を見下ろしていた。


 バックドアを全開にし、敏樹は荷台に乗り込んだ。

 車内でも、内装の一部が堕天使の身体にめり込んでおり、なんとも気味の悪い状態になっていた。

 雑魚魔物であればこのまま放置していればいいのだろうが、ボスがそう一筋縄では行くまいと思っていた敏樹は、ダメ押しの一撃を用意していた。


 荷台には灯油用のポリタンクが積まれていた。

 ただし、中身はハイオクガソリンである。

 絶対にやってはいけないことだが、攻略のために必要なことなので割り切るしか無い。

 やってはいけないというのであれば、簡易ナパーム剤の方がよほど危険であるし、コンパウンドボウを街中で射ちまくるなどもっての他なので、今さらではあるが。


 ポリタンクの蓋を開けた敏樹は、床全体に行き渡るよう適度にガソリンを撒き、シートなどにもたっぷりと染み込ませた。

 あまりここで時間を食うと、何が火種となって引火するともしれないので、手早く作業を終えた敏樹は、ポリタンクに半分以上ガソリンが残った状態で荷台に放置し、車を降りた。

 車内に気化したガソリンが充満するよう荷台を数センチだけ開けた状態にして置けるよう、予め用意しておいたフックを引っ掛けておく。

 キッチンタイマーを改造して作った時限式火花発生装置を5分にセットし、車内に置いた後、車を離れた。


 原付を停めていた場所へと戻り、ハッシとまたがるとそのままアクセルを回した。

 エンジンは事前に始動したままにしておいた。

 近くで様子を見ようかどうか迷ったが、不測の事態を怖れ、離れることに。


 300メートルほど離れたコンビニ――敏樹がこの状況に陥って最初に訪れた――の駐車場に入って、原付を停めた。

 ここまでくれば距離はもちろん遮蔽物も大量にあるので、何が起ころうと影響はない。

 そして、離れすぎていない分、爆発音ぐらいは聞こえるだろう。


(そろそろかな?)


 停車した原付に尻を半分乗せて待機していると、ドオオン!! と大きな爆発音が起こった。

 その後、何度か大きな爆発音が鳴った。

 積んであった灯油缶や、70リットルのガソリンタンク満タンに入っていたガソリンに次々と引火していったのだろう。

 爆発音が収まる頃、ポイント加算によって敏樹はボスの討伐を確認した。


 ポイントはロックゴーレムより少し少ない700万ポイントだった。


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