第36話『ロックゴーレム戦 3』

 ローションで滑って転んだロックゴーレムの頭に半分ほど埋まったミニバンEV車を見て敏樹は絶望的な気分に陥っていた。

 車の中には必殺の武器であるはつりハンマーが積んであり、下手をすればそれも破壊されているかもしれない。

 仮に斫りハンマーが無事であっても、電源供給元である車があの状態であれば、どうにもなるまい。

 なにより、車無しでこの状況からどうやって逃げ出せばいいのか。


(死ぬしかないか……)


 敏樹が諦め気味にそう考えていると、ロックゴーレムが起き上がり始めた。

 そして――


「あれ? 無傷?」


 ロックゴーレムの頭がどかされた後に現れた車は無傷のままだった。


「そっか、安全地帯!!」


 そう、車はドアさえ閉めておけば安全地帯となる。

 安全地帯となった車と魔物同士は干渉しあわない。

 つまり、潰れたように見えていた車だが、ロックゴーレムの頭をすり抜けて重なっていただけであった。


「よーっし!!」


 事態はさらに好転する。

 なんとか起き上がったロックゴーレムが、今度は踵の辺りをローション溜まりに着き、バナナの皮を踏んで転ぶコントのような間抜けな格好で、仰向けに倒れたのだった。


「チャーンス!!」


 ロックゴーレムが仰向けに倒れたところで、屋上を走って額を狙いやすい場所まで移動し、エアーライフルを構えた。


「ファイヤー!!」


 いろいろと事がうまく運んだことで変なテンションになっていた敏樹は、掛け声とともに引き金を引いた、

 フルオートで射出されたペイント弾が額文字を塗りつぶす。


 敏樹は用意していたキッチンタイマーのカウントダウンをスタートさせ、校舎内を駆け下りた。

 まだ動かないロックゴーレムの頭の部分に行く。


「でっけぇなぁ……」


 間近で見るロックゴーレムの大きさは異常だった。

 倒れた頭の地面から額までの高さは1メートルほど。

 ゴツゴツしているので登れなくはないだろう。


「よっこらせっと」


 敏樹が額の部分に登りきったところでアラームが鳴る。

 まだ5秒ほど余裕があるはずだ。

 敏樹はポケットから塗料のスプレー缶を取り出すと、ペイント弾で塗りつぶされた『א』の部分に向けて缶を構えた。


 額文字が淡い光を放ち、ペイント弾の塗料が消える。

 敏樹はすかさずスプレー塗料を噴射し、『א』の文字を塗りつぶすと、キッチンタイマーのスイッチを入れ、ゴーレムの頭から飛び降りた。


 ミニバンまで走り、荷台のドアを開ける。

 そこから電工ドラムと斫りハンマー、そして天板高56センチの小さい脚立を肩にかけ、ロックゴーレムのところに戻った。


 ロックゴーレムの頭の傍らに電工ドラムを置き、隣に脚立をセット。

 電工ドラムに斫りハンマーのコンセントを差したあと、脚立を使ってロックゴーレムの額に乗った。

 文字が消えるまで、まだ10秒ほど時間がある。


「死ねオリャアアァァ!!」


 塗りつぶされた文字を削っていく。

 しかし塗料を含め一切削れる様子がない。

 それでも敏樹は斫り続ける。

 アラームが鳴った後も気にせず斫り続ける。


 ほどなく額の文字が光り、塗料が消えた。


(文字が削れてない?)


 疑問に思いつつも斫りハンマーを当て続けていると、塗料が消えた直後から徐々に文字が削れ始めた。


(よしっ!!)


 どうやら文字を塗りつぶして動きを封じている間は、その下の文字を削り取ることが出来ないらしい。

 しかし、塗料が消えた後であれはちゃんと削れることがわかった。


 ぐらり、と足元が揺れる。


「おわっ……とと……!!」


 危うくバランスを崩して倒れそうになるのをなんとかこらえた敏樹は、急いでスプレー缶を取りだし、再び動き始めたロックゴーレムを封じるべく『א』の文字を消す。


「お……と、と……」


 わずかに頭を上げつつあったロックゴーレムだったが、『א』の文字を塗りつぶされて動きを止めた。

 頭の角度が微妙に傾いたまま固定されたため、バランスを取り直して体勢を調整する。


 敏樹は斫りハンマーを構え塗料が消えるのを待つ。

 そして、塗料が消えそうになったところから文字を斫り始めた。

 数秒でロックゴーレムが動き始めるため、すぐにスプレー缶で文字を塗りつぶす。

 こうやって少しずつ文字を斫っていき、10分ほどかけて完全に文字を削り取った。


「おお!?」


 突然足元の感覚がなくなる。

 敏樹は慌てて斫りハンマーを手放した。


「いてっ!!」


 ロックゴーレムが消滅し、およそ1メートルの高さから落下する形となった敏樹は、よろめきつつも踵を着き、そのまま尻餅をついた。

 咄嗟に手放した斫りハンマーが足元にドサリと落ちる。

 持ったまま落下していれば、何かしら怪我をしていたかもしれず、敏樹は咄嗟の判断で斫りハンマーを手放した自分を賞賛した。


 落ち着いたところでポイントを確認。


11,069,758


(1000万……。いよいよポイントがエラいことになってきたな)


 しかし、実際よく倒せたと思う。

 文字を塗りつぶして動きを止める、ローションで滑らせて転ばせる、文字を斫る。

 どれかひとつでも欠けていれば勝てなかった戦いであり、我ながらよく思いついたものだと感心する。

 特に滑って転ばせる部分に関しては上手く仰向けに転ばせるかどうか、転ばせたところで攻撃が届く範囲に倒れてくれるかどうかは運任せたところが大きかった。

 転ばせる部分に関しては何度も繰り返して挑戦する必要があるのではないかと覚悟していただけに、二回目でベストな位置に倒れてくれたのは運が良かった。


 小指に引っ掛けられただけでおそらくは殺されるような敵である。

 ロックゴーレムの1000万ポイントというのは妥当なものであろう。



**********



 敏樹は軽バンに乗って田畑地帯を訪れていた。

 とある検証のためである。


 ロックゴーレム戦で、ミニバンの上にゴーレムが倒れた際、まるですり抜けるように重なっていた。

 それが少しに気なったのだ。


 安全地帯として存在する車は、一体魔物たちの目にどう映っているのだろうか?


 敏樹は田畑地帯のゴブリンやコボルトを掃討し、オークと対峙する。

 今はまだ車のドアを閉めているので、オークは敏樹に気づいておらず、敏樹の方からもオークの姿は見えていないのだが。


「ほいじゃあ、オープンっと」


 ガチャリとドアが開くとオークが姿を表し、すぐに敏樹に気づいたようで、ドタドタと駆け寄ってきた。

 とりあえず一旦ドアを閉める。

 すると、いつもの通りオークの姿が消えた。


 次に敏樹は、運転席のシートを乗り越えて荷台に移動した。

 内側からドアを開けられる仕様になっている軽バンなので、フロントガラスを見ながら、ドアを開ける。

 すると、フロントガラスの向こうオークが現れた。

 出現した瞬間はキョロキョロしていたが、すぐに敏樹――あるいは車――に気づくと、オークはまたドタドタと走り寄ってくる。

 敏樹はそのまま荷台のドアを少し開け、滑り出すように車を降りると、すぐにドアを閉めた。

 すると、オークの足音が止まるのが聞こえた。


(もし車が透明になっているんなら、俺の姿は丸見えのはすなんだが……)


 現在敏樹は軽バンに隠れるような形でかがんでいる。

 もし車が透明になっているのであれば、向こうからは敏樹の姿が丸見えのはずであり、すぐに発見されそうなものだが、オークが動き出しそうな気配はない。


 次に敏樹は荷台の窓の所に顔を出してみた。

 窓を通して車の向こうにオークの姿が見えた。

 オークは敏樹を探すようにキョロキョロしている。


「!?」


 一瞬オークと目が合った気がした敏樹は、慌てて身をかがめた。

 しかし、オークが動き出す気配はない。

 もう一度窓の所に顔を出した。

 リアガラスとフロントガラスの、2枚のガラス越しにオークの姿が見える。

 オークは相変わらずキョロキョロとしており、何度か敏樹の方を見たが、気付いていないようだった。


(遮蔽物として使えるのか……?)


 敏樹は車に密着し、各シートの窓越しにオークの姿を確認しつつ前方へ移動。

 そして、車の陰から顔を出すように、オークの前に姿を表した。

 すると、オークは敏樹の姿を発見できたのか、再びドタドタと駆け寄ってきた。

 とりあえず敏樹は運転席のドアを開け、オークにたどり着かれる前に運転席へ身を滑り込ませた。


(これは……もしや……!!)


 敏樹の口元に、なにやら悪魔的な笑みが浮かび上がった。

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