最終話『最後の戦い』

 敏樹がこの孤独な戦いに巻き込まれて、半年が経とうとしていた。

 ラスボスに二度負けてからと言うもの、敏樹はただのらりくらりと雑魚を倒しつつ、その日暮らしのような生活を続けていた。

 ただ生活する分には、残機が減ることはないようだ。

 だが、ラスボス以外に負けて死んだ場合、残機が減るかどうかは未知数なので、敏樹は極力死なないよう、慎重に行動した。


「このままだと、一生独りか……」


 一応雑魚に遅れを取るようなことはなくなっていた。

 であれば、生活するだけならいくらでも今の状況を続けられるのである。

 しかし、それになんの意味があるだろうか?


「終わりが来ないとなぁ、やっぱ」


 敏樹はパシン! と頬を叩き、自身に気合を入れ直した。


「そもそも攻略法が無いってことがあるか?」


 このゲームのような状況において、何度か無理そうな戦いがあった。

 しかし、その度に頭を捻り、弱点や攻略法を見付けてきたはずである。

 ラスボスがただ強いだけなら、そもそもこれはゲームとして成立しない。


 無論、今の状況がゲームだとは限らないのだが、もし最初から敏樹の死を願うものであるなら、これまでの戦いにおいてもわざわざ攻略の糸口を残しておく必要はないはずである。


 おそらくあの神の如き存在は、正攻法で倒せる相手ではない。

 しかし、裏を返せば攻略法さえ見付けることで――


「案外簡単に倒せるのかもな」


 敏樹の頭にふと思い浮かんだのは、少年時代に遊んだ携帯ゲーム機のRPGだった。

 ACアダプターが別売りオプションだったため、皆が皆、乾電池を使っていた。

 どうやれば長持ちさせることが出来るのか、マンガン電池とアルカリ電池のどちらがコストパフォーマンスが高いのか。


 曰く、音量をゼロにすれば――

 曰く、モニター明度を下げれば――

 曰く、使い切った電池も温めれば再利用が――


 そうやって少年たちの少ない小遣いを電池代で蝕む鬼畜のような携帯ゲーム機に、ある日現れた大作RPG。

 斬新なシステムと微妙に高い難易度が当時の少年達を虜にした。

 なにより衝撃的だったのが、ラスボスであった。

 やたら強い全体攻撃、さらに強い全体魔法攻撃、定期的にパーティー全員に目くらましや混乱をかけ、ある一定のダメージを与えても全快するという鬼畜仕様。

 にもかかわらず、即死武器の成功率が100%のため一撃で倒せる、雑魚よりも弱い意味不明な存在。

 

「あれも”かみ”だったなぁ……」


 まさか寺にいる5メートルほどの巨人をチェーンソウやノコギリでぶった切るわけにもいかない。

 しかし、大事なのは発想や視点の転換である。


 その日から、敏樹は頭を捻り続けた。



**********



 数日後、敏樹は最後の戦いに向けての準備を進めていた。

 対ラスボス用の簡易砦。

 石膏ボードとベニヤ板を貼り合わせて台車と合体させたこの簡易砦に敏樹はなんやかんやと世話になったものだが、彼の考えに間違いがなければこれが切り札になるはずであった。

 敏樹はさらに改良を重ね、ラスボス仕様へと仕上げていく。


「ふぅ……」


 作業が一段落つき、体を伸ばしながら腰をとんとん叩く。

 ふとガレージの隅に目をやると、トンガ戟が立てかけられていた。

 

「こいつから始まったんだよなぁ」


 コンパウンドボウや焼き討ちを覚えてからはめっきりと使わなくなった武器である。

 近接戦闘においても、斧とサバイバルナイフを合わせた片手斧槍ハンドハルバードの方が取り回しが良かったので、なおさら使う機会が減った。

 農機具であるトンガとサバイバルナイフを合わせて作った戟モドキ。

 我ながらマヌケな発想だと思う。


「ラスボス戦で使ってやりたいけどなぁ」


 最後の戦いで初期の武器が役に立つというのは、中々に胸の熱くなる展開である。

 しかし、あのデカブツ相手に振り回したところで屁のつっぱりにすらなるまい。

 敏樹はしばらく懐かしげにトンガ戟を眺めていたが、再び元の場所に立てかけた。



 翌日、敏樹は寺周辺の雑魚を一掃した後、大型SUVで運び込んだ簡易砦を組立て始めた。

 910×1820ミリメートルのベニヤ板と石膏ボード2枚分を横に並べた、いつもより大きいサイズのものである。

 台車も二台連結させ、それに固定していく。


 組み上がった簡易砦を押していく。

 敷地ギリギリのところでとまり、何度か深呼吸を行った。


 敏樹はラスボスについて、もう一点重要なことを思い出していた。

 他のボスキャラクター、例えばキマイラなどは、敷地外からでもその存在を確認でき、さらに敷地外への攻撃も出来ていた。

 しかしラスボスに関しては、敷地に入った瞬間現れたのである。

 つまり、ことラスボスに関する限り、敷地外が安全地帯となるのではないかと、敏樹は考えていた。


 実際、現在敏樹はあと数十センチ進めば敷地という位置に立っており、視線を移せば五重塔が見える状態である。

 しかし、その前に立ちはだかるはずのラスボスの姿はまだ見えない。


「おーっし、行くか!!」


 簡易砦に身を隠すように台車を押す。

 そして簡易砦と、敏樹の身体がすべて敷地内に入った。


「おう……」


 簡易砦からは顔を出さない。

 故に、ラスボスの姿は見えない。

 しかし、圧倒的な存在感が、敏樹を威圧する。


「頼む……」


 もし狙いが外れて負けるようなことがあっても、また次の手を考えればいい。

 今はただ結果を待つだけだ。


 敏樹が敷地に入ってどれくらいの時間が経っただろうか。

 数秒のような、あるいは数分のようなそんな何とも言えない時間が経過する。

 そして――


「うおっ!!」


 閃光が辺り一面を覆った。



100,053,286

4



「――ほら、楽勝だった」


 敏樹は立ち上がり、寺の様子を見た。

 この間まであれほど威圧感を感じていた五重塔が、ただの古い建物に見える。

 敷地のどこを見回しても、ラスボスの姿は見えなかった。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっっしゃあああぁぁぁ!!!!!」

 

 敏樹は勝鬨をあげた。



 今回用意した簡易砦は、なにも大きさだけが違っていたわけではない。

 敏樹はラスボスの攻撃を、光によるものではないかと考えた。


「光っつったら反射っしょ?」


 そう考え、敏樹は簡易砦の表面にペタペタと鏡を貼っていたのである。

 大きいものから小さいものまで、あえて割ったものも混ぜて貼り付けたのは、乱反射を狙ってのことである。

 それが功を奏したのかどうかは分からないが、ラスボスは無事一撃で倒せたようだ。


「ん?」


 辺りが淡い光りに包まれていく。

 それと同時に、敏樹の意識も少しずつ薄れてきた。


「ミッション……コンプリート…………的な……?」


 やがて視界が真っ白に消えていく中、敏樹の意識も完全に途絶えた。




《おめでとうございます。防衛側の勝利です》


死亡回数

21


経過日数

192


ポイント残数

100,053,286


防衛側勝利報酬

1,000,000,000


コンティニュー残数

100,000,000×4


合計

1,500,053,286

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