第33話『ロックゴーレム』

 10メートルほどの大きさを誇る岩のゴーレムが、ゆっくりと振り返り、顔のない頭の正面を敏樹の方に向けた。

 運転席のドアを閉めると、巨大なゴーレムは姿を消す。

 敏樹は車を発進させ、運動場で切り替えした後、そのまま高校の敷地を出た。

 車を走らせて家に帰り、ガレージに停めると、そのまま家に入った。

 自室に入り、ヘルメットを脱いでベッドに倒れ込む。

 

「なんじゃありゃあぁ!!」


 とりあえず叫んでみた。


(いや、無理だろ、あれ)


 巨大なゴーレムは岩でできていた。

 あれが例えば炎なり氷なりで出来ていればあるいは攻略の糸口もあったのかもしれない。

 しかし相手は岩である。

 物理攻撃以外に有効な手段が思い浮かばない。

 といって仮に大型SUVで体当たりをかましたとしても、弁慶の泣き所ぐらいまでしか届くまい。

 そこが岩のゴーレム――ロックゴーレムと呼ぶことにした――の急所になるとは思えない。

 仮に急所だとしても、あの岩の塊のような足にぶつかったところで、ダメージを与えられるとは思えない。


(どうすっかなぁ……)



**********



 数日がたった。

 敏樹は頭を悩ませつつも、少しだけのんびりと過ごしていた。

 どう考えても正攻法で勝てない相手である。

 なら、名案が浮かぶまで下手に動かないのが吉だろう。


 とりあえずポイントを使っておこうと思い、試しに幼馴染の大工に家のリフォームを依頼してみた。

 トイレや風呂などの水回りにガタがきはじめていたので、ダメ元で頼んでみたら、問題なくリフォームしてもらえた。

 200万ポイントほどでトイレも風呂も快適になった。

 まだ300万ポイント近く残っていたが、それはロックゴーレム対策のためにとっておく。


(綺麗なトイレっていいね!!)


 便座に座りながらニヤニヤしていた敏樹だったが、ふと思い出したことがあった。

 ロックゴーレムの顔なき顔を正面から捉えたときのことである。


 敏樹は用を足し終えたあと、双眼鏡とデジタルカメラを持って大型SUVに乗り、高校へ向かう。

 運動場に入った敏樹が車を停め、運転席のドアを少し開けると、巨大なロックゴーレムが姿を表した。


「うぅ、怖えぇ……」


 巨大なものというのはそれだけで恐ろしいものである。

 その巨大なゴーレムが自分を狙っていると考えれば、なおのことを恐ろしかろう。


 敏樹に気づいたロックゴーレムが顔を向けてくる。

 敏樹は恐怖心を押さえ、双眼鏡を覗いた。


「……あった!!」


 ゴーレムの額に文字が刻まれているのが見えた。

 敏樹はスマートフォンを取りだし、額をズームしてピントを合わせると、そのままシャッターを切った。

 そしてすぐに運転席のドアを閉め、逃げるように高校を後にした。



(ここに来て額の文字とはねぇ……)


 意味不明な今の状況だが、頭をひねれば大抵の敵は倒せるようになっているということを、敏樹はなんとなく感じ取っていた。

 であれば、攻略不可能と思われる的であっても何か糸口があるはずである。

 そう思い、敏樹は気分転換も含めてリフォームを頼んだりしていたのだった。

 なんとも富豪じみた気分転換ではあるが。


 これまで倒した5体のゴーレムには、額の文字がなかった。

 そのせいで、敏樹の頭からは額の文字のことがすっかり抜けていたのだった。

 これは意図的に仕組まれたのかもしれないが。


(しかし……何語だ、こりゃ?)


 ゴーレムの額には『emeth(真理)』と刻まれているはずだった。

 そして頭の『e』と取り、『meth(死んだ)』に変えることでゴーレムは死ぬ。

 しかし、額の文字は全く別のものだった。


「n……A……X……?」


 額に刻まれた文字は3文字。

 少し崩れてはいるが『nAX』という風に読める。


「調べてみるか」


 答えはすぐに出た。

 それはアルファベットではなく、ヘブライ文字だった。


 『n』に見えたのは『ת(タヴ)』、『A』に見えたのは『מ(メム)』そして『X』に見えたのは『א(アレフ)』。

 その『אמת』で「真実」という言葉になり『א』を消すことで『מת』=「死んだ」となる。


(ヘブライ文字は右から読むから、そっちが頭の文字になるわけか。知らずに『ת』を消してたらやばかったな)


 ちなみに『אמ』だと「うーん」となるらしい。

 正直、何が起こるかわからない言葉である。


 ロックゴーレムの額の文字だが、少なくとも羊皮紙が貼られている様子はない。

 だとすれば、特殊なインクで書かれているのか、それとも刻み込まれているのかのどちらかと思われるが――


「んー、よくわかんねぇなぁ」


 写真の解像度はともかく対象まで距離があり、角度の問題でいまいち判別しづらい状態である。

 そこで敏樹は、高解像度のデジタル一眼レフカメラとズームレンズのセット、大容量のSDカードを注文した。


 翌日、カメラを受け取った敏樹は、早速高校へ向かった。

 まずはズームレンズを装着した状態で、額をメインに撮影していく。

 運転席を開け、フロントガラス越しにシャッターを切る。

 数回シャッターを切り、ドアを閉めて移動し、角度を変えてシャッターを切った。


 次は通常のレンズに切り替え、少し距離を取って全身が写るように撮影。

 これも同じく、様々な角度から撮影した。

 100枚ほど撮影したところで、一旦家に帰った。



 早速撮影データをPCに取り込み、検分する。

 自室のノートPCではなく、作業部屋のデスクトップPCを使った。


 まずは額の文字。

 これはどうやら何かのインクで書かれているようである。

 どの角度から見ても、彫られているということは確認できなかった。


 次に大きさである。

 最初見たときは、単純に驚いたこと、そして見上げるような形になったこと、校舎より手前にロックゴーレムがいた事など条件が重なり、実際より大きく見えていたようだった。

 いろいろな角度から撮影し、校舎との比較を行った所、頭が3階に届くかどうかという高さだった。

 それでも7~8メートルはあるし、その気になれば屋上に登ることも出来るだろう。

 普通に考えればその質量に校舎の方が耐えられそうにないが、今の状況において、魔物は校舎どころか、掘っ立て小屋すら破壊することは出来ないので、足場にされる可能性は考えられる。


(どうやって消そうかなぁ……)


 どこぞの巨像と戦うゲームよろしく、よじ登って削る?

 不可能であろう。

 

(塗りつぶしてみるか)


 刻み込まれたものならともかく、書かれたものなら上からペンキか何かをかけて塗りつぶしてしまえば、もしかすると動きが止まるかもしれない。

 しかし、塗りつぶすにしてもなかなか難易度は高い。

 離れた位置から文字だけを狙って塗料をかける、となると――


(ペイント弾かなぁ)


 離れた位置から塗料をかけるとなると、思いつくはやはりペイント弾だろうか。

 ただ、あれは水性インクなので、落ちやすいという欠点もある。

 が、とりあえず文字を塗りつぶすことで効果があるのかどうかを確認しておいたほうがいいだろう。


 エアライフルとペイント弾を注文。

 強力な塗料をあわせて探した所、防犯用のカラーボールとそれを射出する銃型の道具もあったので、練習用も含めて50個のカラーボールと射出機を一緒に注文した。

 

 翌日、注文品が届いたので、一日を訓練に費やした。

 的は向かいの家の塀。

 近所迷惑に思われるかもしれないが、今の敏樹の攻撃は一切環境に対して干渉できない。

 つまり、ペイント弾だろうが防犯用カラーボールだろうが、民家の壁である以上汚れるということはないのである。


 まずはライフル。

 これは少し練習すればすぐに的に当てられるようになったので標的を変える。

 田畑地帯へと通じる坂道を降りきったところに電柱がある。

 自宅敷地の境界線に立つとそこを狙えるのだが、70~80メートル離れたその電柱に、難なくペイント弾を当てることが出来るようになった。


 対してカラーボール。

 こちらは有効射程が20メートルとなっている。

 20m先の対象に当たればちゃんとボールが割れますよ、という意味での有効射程であり、当たるかどうかは別問題だ。

 それでも15メートルぐらいであればなんとか的に命中させることが出来るようになったので、使えなくはないだろう。


 訓練にそれなりの手応えを感じた敏樹は、翌日、エアライフルとカラーボール射出機を持って高校へと向かった。

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