第22話『訓練』
コンパウンドボウが届き、ガレージで試射した翌日。
敏樹は、ヘルメット、防刃パーカー、各部プロテクターといういつものスタイルにコンパウンドボウを装備して家を出た。
一応サブウェポンとして塩素系漂白剤入り電動水鉄砲と、トンガ戟用の予備のサバイバルナイフを身に着けている。
ゴミ集積場近くの弓ゴブリンについては一旦無視し、坂を降りて田畑地帯へと向かう。
途中に現れたスライムも無視した。
まずは一番近い位置にいる2体のゴブリンを標的にする。
一応コンパウンドボウの有効射程は200メートル以上とのことだが、正直半分の100メートルですら当てられそうにない。
コンパウンドボウ用のスコープサイトでもあればまだなんとかなるかもしれないが、
なので、実質的な射程距離は肉眼である程度対象を捉えることが出来る範囲に限られる。
それも、弓の腕がそれなりにあるというのが前提だが。
現状、何とか狙えるのは50メートル程度が限界だろうと判断し、そのあたりまで接近した。
矢をつがえ、こちらに背を向けているゴブリンの背中へと狙いを定める。
弦を引き絞り、トリガーを引くと、放たれた矢は1秒とたたずゴブリンの肩を射抜いた。
「グゲァッ!!」
背中を狙って肩であれば、まずまずの出来だろうか。
矢はゴブリンの体を貫通し、矢羽の辺りで止まっていた。
もう一体のゴブリンは突然の攻撃に驚き、うろたえていたが、敏樹の姿を見つけると奇声をあげながら走り寄ってきた。
既に2本目の矢は構えている。
近づいてくるゴブリンの胸の中心に狙いを定め、焦らず弦を引き絞る。
彼我の距離がおよそ20メートルになった辺りで、敏樹はトリガーを引いた。
「ギャッ!!」
矢はゴブリンのみぞおち辺りに命中した後、そのまま貫通し、後ろの地面に落ちた。
あまりに短い衝撃だったためか、ゴブリンは短く悲鳴を上げつつも、勢いを落とすことなく走り続けた。
しかし1歩ごとにスピードが落ち、足元がふらつき始め、5メートルと進まず倒れた後、ほどなく消滅した。
「ゲギャッ……グギャツ……!!」
肩を射抜かれたゴブリンが刺さった矢を抜こうともがいていたので、敏樹は3本目の矢をつがえ、放った。
矢は見事頭に命中した。
頭に矢を受けたゴブリンは即座に動きを止め、数秒で消滅した。
(仕留めるならヘッドショットが確実か。ま、当たればだけど)
次にコボルトを狙う。
同じく50メートルの位置から、1体だけはぐれて行動しているものを狙った。
ゴブリンと違って感覚が鋭いのか、コボルトは敏樹の存在に気づき、猛スピードで駆け寄ってきた。
しかも、弓で狙われていることを理解しているのか、体を揺らしたり、左右に跳んだりして狙いを外そうとしてくる。
コボルトにしてみれば50メートルなど5秒とかからずに詰められる距離だ。
あっという間に接近された敏樹は、それでも10メートル程度の位置で狙いをつけてトリガーを引くことが出来た。
「ギャウッ」
矢は革鎧に守られているコボルトの腹に深々と突き刺さった。
しかしコボルトの勢いは衰えることなく、次の瞬間には俊樹を間合いに捉え、剣を振りかぶっていた。
「くそっ!!」
敏樹は左手に持っていたコンパウンドボウをその場に落とし、左腕のプロテクターでコボルトの剣撃を受けた。
力の弱いコボルトの攻撃であり、なおかつ剣は手入れもされず刃は無いに等しい。
金属製のプロテクターでしっかりを攻撃を受け止めつつ、肩から下げていた水鉄砲を手にし、コボルトの顔へ漂白剤をかける。
「ギャウゥワウッ!?」
目や鼻に漂白剤を浴びたコボルトが怯んだ隙に、腰に差していたサバイバルナイフを取り出し、無防備な喉を何度も突き刺した。
コボルトはよろめきながら仰向けに倒れると、ゴボゴボと口から血を吐きながら痙攣し、消滅した。
(コボルト相手にゃちとキツいか……)
せめてもう少し遠くから狙えるようになるか、あるいは物陰から気づかれないように狙うかでないと、動きの速い魔物には対応できそうにない。
命中したとしても、急所に当たらない限り敵が動きを止めないというのも厄介だ。
複数人でパーティーを組んでいるならまだしも、独りで扱うのであれば相手に気づかれていない状態からの狙撃に特化した方がいいのかもしれない。
敏樹は落としたコンパウンドボウを手に取り、軽く弦を引いたりして調子を見た。
特に故障はないようなので訓練を続行したいところだが、コボルトだけは一掃しておきたいと思い一旦家に帰った。
面倒ではあるが、車に円盾とトンガ戟を積み、再度田畑地域へ。
コボルトのいるエリアで降り、コボルトを1体ずつおびき寄せ、水鉄砲とトンガ戟を使って倒していく。
一通りコボルトを倒した後、今度はオークを相手にする。
動きの遅いオークであればコンパウンドボウを使って対処できるのではないか、と敏樹は考えていた。
車を降り、その陰からオークを狙う。
「ブフォッ……!!」
背中を狙って放たれた矢は革鎧を貫き、ほぼ狙い通りオークの背中に刺さる。
しかし、オークは背中に手を回し、刺さった矢を引き抜いた。
こちらに気づき、向かってくるオークへさらに一発打ち込む。
矢は胸に刺さり、オークは一瞬怯んだ様子を見せたものの、先ほどと同じように矢を引き抜き、しっかりとした足取りでこちらへと向かってきた。
(筋肉ダルマめ……!!)
敏樹は内心で舌打ちしつつもさらに矢をつがえる。
彼我の距離はすでに20メートルを切っていたが、なにかあれば車へと逃げ込めばいいので落ち着いて狙いをつけた。
オークに対して放たれた3本目の矢は頬に深々と刺さった。
しばらく激痛にのたうち回ったオークだったが、さすがに致命傷だったようで、すぐに消滅した。
(オークはヘッドショットじゃないと厳しいか……)
オークはほぼ例外なく革鎧を身につけている。
敏樹が扱うコンパウンドボウだと、その革鎧とオーク纏う筋肉の鎧を貫いて致命傷を与えるのは難しそうだ。
オークのいる地帯から混成パーティーの出現する地帯を車で走り抜け、池の畔に出た。
次の標的はリザードマンだったが、身につけた革鎧と硬い鱗、そして筋肉に阻まれ、結局ヘッドショットを成功させるのに3本の矢を消費した。
(練習次第でなんとかなるか)
その日の訓練を終えた敏樹は、帰宅後に10ダースの矢と予備のコンパウンドボウ本体を購入。
まだまだポイントに余裕はあるので、しばらくは訓練に時間を費やすことにした。
翌日から1ヶ月ほど筋トレと実戦を繰り返した結果、コンパウドボウの張力は55ポンド程度にまで伸び、また50メートル以内であればほぼ狙い通りの部位に当てられるようになった。
そして、単純に当てるだけであれば射程は100メートルまで伸びた。
例えばコボルトを相手にした場合、100メートル先からひと当てし、こちらに向かってくるところを50メートル近くまで引き寄せて急所を射抜く事ができるようになった。
また、張力、すなわち威力が上がったことで、オークやリザードマン相手に30メートルまで近づけば鎧越しに胴体を貫通できるようになっていた。
初心者だけあって伸びしろが大きかったのか、練習すればするほど上達し、成長を実感できるのが楽しくて訓練にのめり込んでいく。
敏樹は自分でも驚くほどコンパウンドボウを使いこなせるようになっていた。
訓練次第でそれなりに強くなれることを実感した敏樹は、近接戦闘の訓練も始めることにした。
(片手で取り扱える武器がほしいなぁ)
現在の近接戦闘用武器はトンガ戟だが、ゴムの反動を利用した最初の一撃以外は両手でなければ扱えず、盾を装備した状態での取扱いは困難だ。
最近は近所の雑魚を倒すのに車を出さず、三輪自転車を出している。
その自転車のカゴに盾と近接戦闘用武器を積めれば、より戦術の幅が広がるのだが、トンガ戟は柄が長過ぎてうまく積むことが出来ないのだ。
片手用の武器としてまず思いついたのは剣だったが、さすがにこのご時世、おいそれと剣や刀を購入することは出来ない。
となると次はナイフだが、それだとリーチが短すぎる。
刃渡りが長めのマチェットが目につくも、リーチや取り回しの良さはともかく威力の面で物足りなさを感じる。
いろいろとネットを巡りながら検討した結果、行き着いたのは斧だった。
斧は先端が重く、その重さに任せて振り下ろすだけでそれなりの威力を得ることが可能だろう。
敏樹が購入したのは全長50センチ程度のタクティカルアックスというものだった。
先端の斧頭だが、片方は刃、反対側に
重量は800グラムに満たず、取り回し安いが、重心が斧頭にあるため、柄を長め持って振り下ろせば充分な威力が出そうだ。
さらに……
(ナイフくっつければ
トンガ戟の要領でナイフを組み合わせると、先端から飛び出る刃による刺突も可能になりそうだ。
早速、敏樹は金属用ドリルで穴を開けて強力両面テープとボルト、結束バンドでナイフを固定した。
出来上がった
(うん、使えそうだ)
早速装備を整えた敏樹は、三輪自転車に盾と片手斧槍を積み、コンパウンドボウを背負って田畑地帯へと向かった。
そして、盾と片手斧槍を構え、ゴブリンと対峙する。
コンパウンドボウを扱うまで敏樹は武芸をまともに習ったことがなかった。
トンガ戟に関しては農作業の流れを組む我流で適当に振り回せたが、持ったこともないコンパウンドボウを我流で扱うことは出来なかった。
そのため初心者向けサイトを参考に構え方や弦の引き方を勉強した。
そこでひとつわかったのは、全身を使うということだ。
左手に持った弓本体は腕だけでなく体の中心で支え、弦を引く右手も背筋や胸筋を意識しながら全身で引き絞ることが重要だとわかった。
それは武芸全般に通じるのではないか、と敏樹は素人ながらに考えた。
なので、今目の前にいるゴブリンを相手に、腕や肩の力だけでなく、背筋や胸筋を意識つつ片手斧槍を振り上げ、体を回転させるように勢いをつけて振り下ろした。
斧頭の刃はゴブリンの頭に命中し、半ば砕くような形で頭部を叩き割った。
そうやってさらに訓練を重ねた結果、何度か死を経験しつつも敏樹はオークやリザードマン相手に水鉄砲なしの近接戦闘で勝てるようになっていた。
敏樹が今の状況に陥って、3ヶ月が過ぎようとしていた。
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