第21話『いろいろと購入する』

 敏樹は中古車ディーラーを訪れていた。

 車を奪われてしまった場合に行動がかなり制限されることを、このキマイラ戦で痛感したからだ。

 ガソリン購入時には経路上の魔物を殲滅するという大胆な行動に出たが、あれとて苦肉の策でしかなかった。

 1体でも魔物が残っていれば失敗していた可能性が高かった。

 あの時は上手く言ったが、もしガソリンスタンドまでの経路上に炎耐性のある魔物がいれば、場合によっては詰んでいた可能性すらあった。

 キマイラを倒すまでの間、『車があれば……』と何度思ったことか。

 なので敏樹は、潤沢なポイントがある今、予備の自動車を買うことにしたのだ。



 現在訪れている中古車ディーラーは、敏樹が物心ついたときから存在していたかなり大きな所だった。

 『1億円まで即時現金買取OK』を謳い文句にかなり幅広い車種を扱っている、この近辺ではそれなりに有名なディーラーだ。



 購入する車種だが、今の状況では整備された公道以外を走る予定もないので、軽自動車で問題ないだろうと考えている。

 最初に考えたのは軽トラックだったが、荷台部分が安全地帯になるのかどうかがわからないので、やめておくことにした。

 次に小回りの効く2ドアタイプのものを検討してみたが、荷物はある程度積めたほうがいいのではないかと考え、行き着いたのは軽バンだった。

 少し急な坂が登れないと困るので念のため4WDで絞り込み、最終的に乗り出し価格50万程度の軽バンを購入することに決めた。

 7年落ちで走行距離8万キロ程度であれば問題ないだろう。



「すいませーん、この車欲しいんですけどー」



538,391



「おおう!?」



 通常自動車を購入する際は何かと手続きが多いものだ。

 今の状況でそういった手続きはどうなるのかと思ったが、声をかけたら即座にポイントが引かれ、それと同時にその場にあった車が消えた。



「家に……送ってくれたのか?」



 ボソリと呟くも特に応答はない。

 ポイントが引かれた以上は購入できたと考えてよかろうと思い、敏樹は車を飛ばして自宅へと戻った。



「おお!!」



 ガレージに停まっている軽バンを見て敏樹は思わず声を上げてしまった。

 特に何か手続きをした覚えもないのに、しっかりとナンバープレートまで取り付けられていた。



 ガレージの広さは車2台を何とか並べて停められる程度しかないので、これ以上予備の車は買えそうにない。

 新たに買った軽バンの隣に元の車を停めた敏樹は、早速軽バンに乗り込んだ。

 ドアに鍵はかかっておらず、運転席にキーが置いてあった。

 キーレスエントリー機能付きシリンダーキーの他に、シリンダーキーのみのスペアキーが2本。

 ダッシュボードを開けてみると、大下敏樹名義の車検証や自賠責保険証書が入っていた。



 オリジナルキーを手に取った敏樹は、早速キーを挿し、イグニッションを回した。

 問題なくエンジンが始動する。

 ガソリンも満タンまで入れてくれているようなので、そのまま近所をぐるっと走ることにした。



 ここで検証すべき重要な項目がある。

 新たに購入した自動車も安全地帯なのかどうか、ということだ。

 元々あった大下家の自動車のみが特別で、別途購入した自動車に関しては単なる移動手段としてしか使えないのではないか、という不安もあったが、どうやら杞憂に終わったようだ。

 自動車であれば安全地帯として認識されることが判明した。

 ただ、逆に言えば自動車を武器として使えない、ということにもなるのだが。



 敏樹は神社近くの池の畔に行き、周りに魔物がいないことを確認した上で三輪自転車やその他放置していたものを軽バンに積み込んだ。

 元の車だとおそらく積めなかったものなので、軽バンを購入したのは正解だったようだ。

 手作りの防火壁と台車を組み合わせた簡易砦については、バラして台車のみを回収することにした。



 自動車を購入してもまだ50万ポイント以上残っている。

 死ねば半分になるポイントなので、できるだけ使っておきたいところだ。

 毎日引かれる千ポイントとその他の生活費で、5万ポイントほどあれば1ヶ月は生活できると考えられる。

 国道の魔物に焼き討ちをかければ1~2万ポイントは稼げるので、生命維持のためのポイントについてはそこまで深刻に考える必要はない。

 であれば、ポイントは使えるだけ使っておいたほうがいいだろう、と敏樹は考えている。



 まずは装備一式を買い揃えた。

 何かあって死んだ後、すぐに装備を整えられるようにしておけば、何かと安心だろう。



 さらに焼き討ちに必要な高圧洗浄機をいくつか購入した。

 水以外のものを使うのだからすぐに故障するだろうと考えてのことだ。

 コストと性能面を考えて今後は液体燃料ではなく灯油をメインに使うことにする。

 液他燃料はあくまで非常手段だ。

 

 高圧洗浄機に関しては従来のバッテリー式の他に、電源が必要なタイプも購入した。

 そして自動車のシガーソケットから通常のコンセントに電源供給するためのインバーターも2台分購入しておく。



 焼き討ちに使う灯油に関しては18リットルのポリタンク2つを常に満タンにしておくように心がける。

 ガソリンについては2台の自動車を出来るだけ満タンにしておくように心がけ、必要に応じで自動車のタンクから抜き取ることにした。

 携行缶での保管については万が一のことを考えてやめておく。

 キマイラ戦での爆発の事を思い出すに、ガソリンというものはとても自宅で保管できるものではないのだ。





**********





「コンパウンドボウねぇ……」



 敏樹はスマートフォンを片手に自室でくつろいでいた。

 ポイントに余裕があるので、そう慌てて行動する必要もあるまい、ということで少しのんびり過ごしており、特に装備品等の検討をしていたわけではない。



 敏樹は趣味でオンラインノベルをよく読んでいた。

 ノベルサイトのランキングから惹かれるタイトルがあれば片っ端から読んでいき、10~20話ほどで継続して読むか、読むのをやめるかを決める。

 そうやって新しい作品をどんどん読んでいるのだが、ここ最近の異世界転移モノでやたらと登場するのがコンパウンドボウという武器だった。



 コンパウンドボウは滑車の付いた弓で、威力、射程、命中精度に優れ、素人でもそれなりに使えるものらしい。

 試しにTundraツンドラで調べてみたところ、普通に販売しているようだった。

 下手な銃よりも威力が高いとのことで、試しにコンパウンドボウを使った狩猟の動画を見てみたが、中々にえげつないものだった。

 高速で放たれた矢はあっさりと獲物を貫通して地面に深々と突き刺さり、撃たれた動物は驚いて飛び逃げるのだが、程なく力尽きていた。



(すげーな、こりゃ)



 おそらくそう遠くない将来にTundraでの販売に規制がかかるだろうことが予想されるので、使いこなせるかどうかはともかく、とりあえず買ってみることにした。

 張力をある程度調整出来、いろいろとセットになっているものを選択。

 付属のリリーサーがグリップ式のようなので、動画の射手が使っていた手首で固定するタイプのものと、予備の矢1ダースを一緒に注文しておく。

 合わせて4万ポイント程度だった。





 翌日、届いたコンパウンドボウを開封し、組み立てた。

 組み立てや調整の方法は動画や解説サイトがネット上に多数あったので、それらを参考にした。

 準備ができた後、さっそくガレージで試してみる。



 コンパウンドボウの弦を引く際、通常の弓のように指でひっかけて引くことも可能だが、通常はリリリーサーというものを使用する。

 弦を引っ掛けるためのフックが付いた器具で、トリガーを引けばフックが外れて矢が放たれるという仕組みだ。

 リリーサーには色々なタイプがあり、今回購入したコンパウンドボウに同梱されていたのは、銃のグリップのような形のものだった。

 トリガー部分も銃の引き金に似ており、直接弦を指で引っ掛けるよりは、しっかりと握り込むことが出来るので、より強い力で弦を引くことが可能だ。

 だが、敏樹は握力に自信がないので、手首に引っ掛けるリストタイプの物を別途購入していた。

 これはリストバンドのようなものを手首に巻き、ちょうど手首の内側から伸びるフックを弦に引っ掛けて使う。

 これだと握力に自信のない自分であっても使えるのではないかと、狩猟動画を見たときから目をつけていたものだ。



 矢をつがえ、弦にリリーサーをひっかけ弦を引く。

 構え方や弦の引き方も動画や解説サイトで勉強済みだ。



(腕の力だけじゃなく、背筋を意識して……)



 体全体を使って弦を引き絞る。

 ガレージに停まっている2大の車の上を通るように射角を調整し、サイトで狙いを定める。

 標的はガレージ奥においてあるいつものソファーだ。

 トンガ戟やらの訓練でボロボロになっているソファーに、コンパウンドボウに付属していた紙の的を貼り付けている。

 ソファーまでの距離は約10メートル。

 その的の中心へと狙いが定まったところで、リリーサーのトリガーを引いた。



 矢は、トリガーを引いた直後にソファーへと刺さっていた。

 さすがに的の中心を捉えることはできなかったが、それでも的の円の内側に刺さっている。

 初めて撃ったにしては上出来だろう。



(にしても速いな)



 わずか10メートルとはいえ、飛んていく矢の姿を確認することはできなかった。

 トリガーを引いたと思ったら、次の瞬間には的に刺さっていたのだった。



(ぬ……抜けねぇ)



 矢は革張りのソファーの木製の構造体に深々と刺さっており、ちょっとやそっとでは抜けそうになかった。

 その後も張力を調整しつつ射撃練習を続けた。

 引きやすさと威力を考え、40ポンド程度にしておくのが最良であろうと判断した。

 この先コンパウンドボウを使い続けて筋力が上がれば50ポンドぐらいまでは上げられるだろう。

 最大70ポンドまで上げることが可能だが、さすがにそれは無理そうだ。





 購入した矢を射ち尽くした敏樹は、訓練を終えたあと、追加で矢を10ダース注文した。

 明日、矢が到着したら魔物を相手に練習をすることにし、テレビのスイッチを入れた。



 スマートフォンを触りながらテレビを見ていると、ふとトレーニング器具のCMが目に入った。

 以前からやたらと頭に残る腹筋専用トレーニング器具のCMだったが、なにやら機能が追加されたらしい。

 それがなんとなく弓を引く筋肉を鍛えられそうだったので、手にしていたスマートフォンでTundraへアクセスし、半ば衝動的に購入した。



 レベルアップ等で身体能力の上昇がない以上、トレーニングをするというのは悪いことではあるまい。



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