第20話『奪還』

(ひゃ……百万……?)



 キマイラ討伐の報酬に関して、それなりに期待はしていたが、これは期待以上だった。

 だが、ここで望外の報酬に呆けている場合ではない。



 ボスが復活するのか。

 そしてボスエリアはどうなるのか。



 以上二点について確認しておく必要がある。



 もし復活するのであれば、攻略法を確立した今、いいカモと言えるだろう。

 次回以降は車も使えるので、より楽になるはずだ。

 しかし、マンドラゴラの例から、こういう特殊な魔物は復活しない可能性が高い、と予想している。

 ただし、仮にボスが復活するにせよ、数日のインターバルはあるはずなので、これについては後回しでいい。



 今重要なのは、”ボスエリアがどうなるのか”ということだろう。

 先程まではキマイラ以外の雑魚は出ない仕様だった。

 だが、ボスを倒すことでボスエリアが通常エリアに変わり、雑魚が出現するようになる、というのは、ゲームではよくある展開だ。

 不用心に神社内へ足を踏み入れ、油断したところを雑魚に倒される、という事態だけは避けたいところだ。

 何に使うかはともかく、せっかく手に入れた高額報酬の半分を失いたくはない。



 建物の陰に身を隠しながら、慎重に神社の敷地を覗く。

 幸い見える範囲に魔物はいない。



(一気に行くか……!!)



 駐車場はちょうど社務所の向こう側にあり、車は見えないのだが、少なくとも広場に魔物の姿はない。

 仮にいたとしても、耐熱装備はそこそ厚手なので、ゴブリンやコボルト程度の一撃なら耐えられるはずだ。

 万が一オークがいた場合は、一旦自転車のところまで逃げ、自宅に戻り通常装備に切り替えて出直せばいいだろう。



 覚悟を決めた敏樹は、音を立てないよう軽くストレッチした後、一気に駆け出した。



「ゲギャギャ!!」

「グルウゥ!!」

「ブフォオ!!」



 色々な方向から魔物の鳴き声が聞こえる。

 コボルトが境内から駆け下りてくるのが見えた。

 神木の陰からオークが現れる。

 そして社務所の陰で見えなかった駐車場にはゴブリンがいた。

 どうやらこのボスエリアは、ボスが倒れたことにより雑魚が発生する通常エリアに変わったようだ。



(行ける……!!)



 まず神木の陰にいたオークを回避するように走るルートを調整。

 こちらに向かって斧を振り上げていたが、それを振り下ろす時にはなんとか射程外に出ることが出来た。

 さらにもう1体オークがいたが、少し離れているので無視して問題ないだろう。



 境内からは2体のコボルトが駆け寄ってきていた。

 このまま行けば確実に襲われる位置だが……



「サリー! ミュージック! ライオン」



『ガルアアア!!』



 こんな事もあろうかとスマートフォンでは猛獣の鳴き声を起動できるよう準備していた。

 突然鳴り響く猛獣の咆哮に驚いたコボルトが足をもつれさせて転倒、その後ろを走っていたもう1体も倒れたコボルトにつまずいて倒れた。

 数秒稼げれば充分だ。



 あとは駐車場のゴブリンだが、スマートフォンから流れた咆哮のおかげか動きが止まっている。

 ゴブリンは車のこちら側と向こう側に1体ずつ。

 向こう側のものは無視していいだろう。



「オラァ!!」



 動きの止まったゴブリンを間合いに捉えた敏樹は、走ってきた勢いのまま前蹴りを食らわせる。

 放たれた前蹴りは背の低いゴブリンの右肩に命中し、ゴブリンはもんどり打って倒れた。

 それとほぼ同時に、予め手に持っていた車のキーの開錠ボタンを押した。

 「ガチャリ」と鍵の開く音が響く。

 車に駆け寄り、ドアを開けると、敏樹はそのまま車内に飛び乗った。



「はああぁぁぁ……」



 ようやく車を取り戻した敏樹は、大きく息を吐き出した。

 

(鍵壊れてなくて良かった……)



 大下家の車は、最近流行りのスマートキーではなく、キーレスエントリー機能付きシリンダーキー仕様となっている。

 そのキーレスエントリー機能はオリジナルキーにのみ搭載されており、スペアキーはただのシリンダーキーだった。

 そしてそのオリジナルキーを持った状態で、キマイラに焼き殺されたという経緯がある。

 その時、幸いにもキーは耐熱性のある防刃パーカーのポケットに入れており、特に溶けたり歪んだりという状態は見受けられないものの、高温に晒されたことにかわりはなく、キーレスエントリー機能が死んでいる可能性もあったのだ。

 また、シリンダーキー部分も目視でわからぬ歪みがある可能性もあったため、一応スペアキーも持っていたのだった。

 だが、どうやらキーレスエントリー機能は生きているようで、まずは一安心する敏樹だった。



(あとはエンジンがかかるかどうかだが……)



 これはなにも車の故障を心配してのことではない。

 車のシリンダーキーというのは、通常のドアキーに比べて精密にできている。

 敏樹が以前勤めていた靴修理店では合鍵の作成も行っていた。

 合鍵を作成する際、例えばオリジナルキーから作った合鍵を子鍵、子鍵から作成した鍵を孫鍵、さらにそこから複製したものを曾孫鍵、玄孫鍵と呼んでいくと仮定する。

 当然、子→孫→曾孫と進むに連れ精度は落ちていくのだが、通常のドアキーなら曾孫鍵や玄孫鍵ぐらいまでなら問題なく利用可能だ。

 しかし、車のキーの場合、孫鍵辺りですこし怪しくなってくる。

 ドアは開けられてもエンジン始動は出来ない、ということが起こりうるのだ。



 手元のキーは高温にさらされており、多少の歪みがあるかもしれない。

 そうなれば、スペアキーを使う必要がある。

 ドアの開錠施錠はオリジナルキーで、エンジン始動はスペアキーで、と多少面倒になる可能性もあるわけだ。

 ちなみにスペアキーと言ってもあくまでディーラーから渡されたものなので、オリジナルキーと同じ精度を持っており、このスペアキーが使えないという可能性はまずない。



(よし……)



 敏樹はイグニッションにオリジナルキーを挿し込み、キーを回した。



「おーっし!!」



 始動音がなり、無事エンジンは回り始めた。

 ようやく、生命線とでも言うべき車を取り戻せた敏樹は、運転席のシートに身を預け、再び大きく息を吐き出した。





 めでたく車を取り返した敏樹は、一目散に家へと帰る……ことはせず、この場で回収できるものを回収するため、神社の敷地内を通って池の畔に出た。

 簡易砦については積載不可能なため、最悪放置してもいいと思っている。

 後日改めて回収するということも出来なくはないが、危険を犯してまで回収するくらいなら作り直したほうがいいだろう。

 幸いポイントは潤沢にあるのだから。



 敏樹がまず回収を試みたのは、高圧洗浄機だ。

 これは神社の敷地から少し離れた位置にあるため、そのすぐ近くに車を停め、シートを倒してフラットになっている後部座席に移動する。

 少しだけドアを開け、魔物がいないことを確認すると、本体内にわずかに残っていたガソリンを一旦全部捨て、車に積み込むんだ。

 あとはホースを手繰り寄せ、ノズルを回収。

 どうやらここまで離れると神社の敷地内の魔物に気づかれる恐れはないようなので、さらにバックパックと折りたたみ自転車を車に積んだ。

 残念ながら三輪自転車は積み込めないので、これも一旦放置する。



 そうやって回収可能な物資を積み終えた敏樹は、家に向かって車を走らせた。

 帰宅後、ガレージに車を停めた敏樹は、とりあえず荷物をすべて下ろした。

 高圧洗浄機を積んだせいで車内がガソリン臭くなったため、ドアは開けたままにしてある。

 こうなると窓が開かない仕様のというのが少しもどかしい。

 ちなみに大下家の車は、ドアを開けたまま1分程度経過すると室内灯が自動で消える仕様なので、このまま放置してもバッテリーがあがることはない。



「うーん、頼もしい!!」



 ガレージに車が停まっている。

 なんともありがたい光景だった。



 その日はそのまま何もせず、風呂に入って寝た。



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