第13話『マンドラゴラ対策をする』
敏樹はガレージの物置から除草剤と噴霧器を取り出していた。
除草剤は三十~百倍に薄めて使うタイプのもので、噴霧器は手動蓄圧式のものだ。
魔物に対して有効かどうかはわからないが、敏樹はとりあえずマンドラゴラの葉に除草剤をかけて様子を見ることにした。
効果があればそれでよし、なければまた別の方法考えようというところだ。
用意した除草剤は、葉にかけて光合成を阻害することで草を枯らすという仕組みのものだ。
マンドラゴラが光合成を行うかどうかは不明だが、地上から葉を出している以上何らかの意味があるのだろう。
その葉が行う何らかの作用を、除草剤が阻害できることに期待するしかあるまい。
効果の程が不明なので、とりあえず原液で試すことにした。
除草剤の原液を入れた噴霧器を担いで例のぶどう畑へ行く。
弓ゴブリンは倒して間がないので、このまま近づいても特に問題はない。
畑に入り、よく目を凝らすと、マンドラゴラの葉らしきものが見えた。
噴霧器のレバーを上下に何度もスライドさせ、タンク内の空気圧を上げていく。
風向きを確認し、自分が風下にいないことを確認した敏樹は、ノズルを持った手を伸ばしてマンドラゴラの葉に除草剤をかけていく。
この畑には全部で五株、マンドラゴラが生えていたので、全てに除草剤をかけておいた。
一旦家に帰り、装備を整えて近所の田畑を巡回する。
ちらほらと現れるスライムとゴブリンを狩っていった。
いつも以上に慎重に、確実にとどめを刺していく。
もし仕留め損なってもまともに逃走できないよう、漂白剤で確実に視力を奪う。
一帯の魔物を狩り尽くした敏樹は再び家に帰り、噴霧器を担いで畑を巡回し、合計九株、最初の五株とあわせて都合十四株に除草剤をかけた。
翌日からも通常通りの狩りを続ける。
昨日辺り一帯の魔物を狩り尽くしたとは言え、それ以前に狩っていたものが復活し、時間差で出現するので魔物が一切出なくなるということはない。
今までのパターンだと例のぶどう畑の弓ゴブリンが復活する時期なので、この時ばかりは車で近づく。
いくら狩りに慣れたとはいえ、物陰に隠れた二体の射手を相手に正面から突っ込むほどの蛮勇を、敏樹は持ち合わせてはいない。
ちなみに復活した魔物は倒される前のものとは別の個体だと思われる。
仮に同じ個体が復活しているにせよ、少なくとも倒される前の記憶を引き継いでいるということはない。
なので、初回と同じ奇襲が何度でも有効なのだった。
(ってか、学習されたんじゃやってらんねぇわ)
敏樹は慣れた手つきで、しかし油断なく二体の弓ゴブリンを倒し、畑の様子を観察した。
(ん? 葉の色が薄くなってないか?)
通常除草剤というのは翌日に目に見えた効果が見えるわけではない。
品種によって差異はあるが、大体三~四日で徐々に葉の色が黄色くなり始め、一~二週間で完全に枯れるのだ。
除草剤をかけた翌日にここまで顕著な症状が現れることはまず無い。
しかし、目の前のマンドラゴラの葉は昨日と比べて明らかに色が薄くなっていた。
田畑の方でも復活した魔物を狩りつつ、畑の様子をみたが、やはりどの葉も色が薄くなっていた。
(どうやら効果はあるらしいな)
葉を枯らせただけで倒せるのかどうかは分からないが、なんとなく上手く行きそうなのでしばらく様子を見ることにした。
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「は……?」
それから三日後、目覚めた時に確認できた突然のポイント変動に敏樹はマヌケな声を上げてしまった。
前日からおよそ一五万ポイントの増加。
心当たりがあるとすれば、マンドラゴラだ。
急いで装備を整えた敏樹は、早速ぶどう畑に足を向けた。
弓ゴブリンは昨日倒しているので、今は出現しないはずだが、スライムが一部復活しているかもしれないのでトンガ戟だけは持っておく。
ぶどう畑に入った敏樹は、あの不自然な葉がなくなっていることを確認した。
一応マンドラゴラの葉の状態は毎日観察しており、日に日に葉が萎れていくのを確認している。
そろそろだろうなとは思っていたが、まさかここまでうまくいくとは思わなかった。
(しかも、一株一万……)
たしかに即死攻撃を持った魔物なので、倒そうと思えば苦労する、というか普通に考えれば倒せない魔物だろう。
そう考えると一株一万というポイントにも納得がいく。
(こりゃいい獲物だな)
日数がかかるとはいえ除草剤があれば簡単に倒せるのだ。
ボーナスキャラクターと思っていいだろう。
ただ、よくよく考えればぶどう畑のマンドラゴラに関しては、ゴブリンに対して使った漂白剤の余波が当たっていたはずだ。
通常の植物の場合はむしろ除草剤より漂白剤のほうが毒になるはずだ。
つまり、マンドラゴラにとって漂白剤は無害で、除草剤は有害ということになる。
これは幸運であったと言わざるを得まい。
(……あれ、他の雑草は?)
今まで戦うのに必死で考えてなかったが、畑で漂白剤なんぞを使えば深刻な土壌汚染になるはずだ。
しかしマンドラゴラ以外の雑草は青々としている。
漂白剤はもちろん、そろそろ除草剤の影響も出ていい頃合いのはずだが、色が変わりそうな気配はない。
もしやと思い雑草を抜こうとしたが、つかむことが出来なかった。
さらにトンガ本来の使い方として土を耕そうと地面に向けて振り下ろした所、土にめり込む感覚はあるものの、耕作用刃が地面より下に入らない。
(ここも干渉出来ない……?)
どうやら自分は今の状態で環境に対して干渉できないことを悟る。
これは町境から出られなかったり、進入禁止区域に入れないのと似たような現象だろう。
そうなると、環境破壊などを考えずに戦うことが出来るので、より大胆な作戦を練ることも可能になる反面、落とし穴等の罠を仕掛けることが出来ないということにもなる。
(まぁ、畑の土を汚さずにすんでよかったと思っとこう)
期せずして大量のポイントを手に入れた敏樹はひとまず防具を整えることにした。
念願の防刃パーカーと上半身用プラスチック製プロテクター、ステンレス製のニー&エルボーパッドセット、バイク用のレザーパンツ、そしてポリカーボネート製の
ポリカーボネート製の盾に関しては初日に確認した際、価格を一桁間違えていたことに気付く。
大盾で一万超、一番安い小型の円盾に至っては七千ポイント未満だった。
(クソッ……これならもっと早く買えたじゃねぇかっ!!)
自分の間抜けさを今さら悔やんでも仕方がない。
気持ちを切り替え、必要な防具と、予備のサバイバルナイフ、刃物メンテナンス用のベンチグラインダー等、全部合わせて七万ポイント近くの商品を購入した。
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その日はそのまま狩りを休むことにした。
ポイントにも少し余裕が出来たので、久々に外食することにし、初日に訪れた国道沿いのコンビニKの隣にあるカフェレストでタイムランチのポークカツを頼んだ。
値段の割に量が多く、味も良い。
「ごちそうさまでした」
食後の珈琲を飲み終えた後、車を飛ばしてYタウンへ。
ベーカリーで六枚切りのホテル食パンともちもち食パンを買う。
ホテル食パンは少し甘いのでチーズとの相性がよく、もちもち食パンのカリッとした食感はバターとの相性がいい、と敏樹は思っている。
どちらも甲乙つけがたいので、敏樹は両方買って冷凍しておき、毎朝気分次第でどちらかを選んで食べている。
普段はブラックコーヒーを好んで飲む敏樹だが、朝食のときは牛乳にインスタントコーヒーと一杯の砂糖を加えたカフェオレにしている。
なので、食品コーナーで忘れずに牛乳を買い、それ以外にもコーヒーブレイク用のお菓子等を買い物かごに入れていく。
食材も少なくなってきたので近々買おうと思っていたが、ポイントに余裕ができたのだからと、レトルト食品や冷凍食品、フリーズドライ食品を中心に、手軽に食べられるものを選んだ。
料理が趣味というならそれが息抜きになるのだろうが、敏樹はあまり料理を楽しいと思ったことがない。
せずに済むならそのほうがいいので、ポイントに余裕がある今は楽をしてもいいだろう。
家に帰ってお菓子をお供にコーヒーを啜りながらテレビを見る。
この奇妙な状況になって半月近く経つが、敏樹は今のところ精神に異常をきたすようなことはない。
こうやって当たり前のようにテレビを見られること、パソコンを開けば書き込みはできないがネットの向こうに人がいることは感じられること、店に行けば人はいないがちゃんと対応してくれること等々……。
敏樹はあまり気付いてないが、こういったそれまでの日常と変わらぬ光景が見られること、他者とのつながりを感じられることが、彼の崩れそうな精神バランスを上手く取っているようだった。
もしこういったものがなく、外界から閉ざされた完全に孤独な状態で魔物と戦うとなると、一週間と待たずに精神を病んでいたことだろう。
つまりこの奇妙な状況下にあっても、当分の間は敏樹の心が折れるようなことは無いと思われる。
「あははははー」
敏樹はすっかりこの状況に慣れたのか、バラエティ番組を見ながら間抜けな笑い声を上げていた。
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