第12話『即死攻撃を喰らう』

 敏樹はここ数日、順調に狩りを続けていた。

 大下家の敷地を出てすぐ目の前は左右に延びる道があるのだが、それとは別に左斜め前に少し急で短い坂道がある。

 そこを下ると、先には田畑が広がっているのだが、どうやらその田畑に魔物が配置されているようだった。


 数日狩りを続けてわかったことだが、魔物はランダムに登場するのではなく、出現場所や行動範囲が決まっているようだった。

 そして倒した魔物はおよそ二日で復活するらしいこともわかった。


 大下家の近所には今のところスライムとゴブリン以外確認されていない。

 ゲーム的な考え方にはなるが、本拠地の近くだから弱い魔物しか配置されていないのだろう、と考えることにした。

 しかしそう考えると、ぶどう畑の弓ゴブリンどもはかなり意地悪な仕様に思えてくるのだが……。


 油断さえしなければゴブリンに遅れを取るようなことはなくなった。

 現在の装備だが、ジェットヘルメットと塩素漂白剤入り水鉄砲は以前のままだ。

 トンガ戟は刺身包丁のかわりにサバイバルナイフを装着している。

 リーチよりも頑丈さを取ったのだが、それは正解だったようで、今のところ不都合はない。

 サバイバルナイフの固定方法は、両面テープと結束バンド、番線はそのままだが、ビスではなくボルトで固定するようにしている。

 トンガとサバイバルナイフの柄の部分にドリルで穴を開け、そこにボルトを通して固定した。

 そうすることで、ナイフのメンテナンスや交換をしやすくしたのだ。


 また、新たな防具としてフライパンを改良した盾を作成した。

 フライパンから柄を外し、手首が通るよう半円状にふちをくり抜いた。

 手首がある程度余裕を持ってはまるように線を引き、インパクトドライバーとドリルを使って根気よく線に沿って何箇所も穴を開け、ミシン目のようにした後切り外し、サンダーでならす。

 内側にクッション材を貼り付け、ベルト通しをYタウンの手芸店で購入し、ドリルで穴を開けてボルトで固定。

 腕の二箇所をしっかりとベルトで固定し、手首から先はフライパンから出して自由に使えるようにすることで、盾を装備したまま水鉄砲を使えるようにしてある。

 少し重いが頑丈さを考慮し、ドイツ製のステンレスフライパンを使った。


 出来るだけ攻撃を受けないように気をつけているが、弓持ちはともかく剣や棍棒を持ったゴブリンだと、漂白剤を食らった後がむしゃらに暴れまわることがあり、盾とヘルメットのお陰で何度も命拾いしている。

 攻撃を受けてわかったことだが、ゴブリンの腕力はかなり強い。

 例えば棍棒での攻撃の場合、盾無しで受ければ確実に腕は折れるだろうし、ヘルメットがなければ一撃で致命傷となるだろう。

 一刻も早くヘルメットと盾以外の防具を揃えたいところだが、ゴブリンとスライム相手では思うようにポイントを稼げない。

 かと言っていまの装備のまま行動範囲を広げて別の魔物と遭遇した場合、まともに戦えるかどうかは甚だ疑問だ。



 その日も敏樹はいつものように狩りに出ていた。

 最初のゴブリンを仕留めた時に感じた精神的苦痛だが、それ以降もしばらく軽い不快感はあったものの、倒した数が十体を超える頃にはほぼ感じなくなった。


 今まさに一体のゴブリンを仕留めるべくトンガ戟を繰り出したが、致命傷には至らず逃走を許してしまう。

 貴重なポイント源を逃すわけにも行かず、辺りを警戒しつつも足早にゴブリンを追う。

 逃げたゴブリンにもちゃんと漂白剤をかけていたが、当たりが甘かったのか、顔を抑えて喚きながらもしっかりとした足取りで畑の中へ逃げていく。

 ようやく追い詰めたと思った時、ゴブリンは畑の上でしゃがみこんでいた。

 そして畑から生えている植物の葉を、根元あたりで掴んでいいる。


(あれは……?)


 敏樹が初めてゴブリンを倒した時、なんとなく不自然に感じていた植物であることを思い出す。

 あれ以来、特に気にすることなく行動していたが、よく見れば目の前の畑にも数株生えているのがわかった。


 当のゴブリンは涙と鼻水、そして傷口から血を流しながらも、敏樹の方を見てニヤリと笑ったように見えた。

 嫌な予感はしたが、しかし敏樹が行動を起こす前にゴブリンは手に持った植物を勢い良く引き抜いた。


 地中から現れたのは、細い大根のような根菜だった。

 しかし、その形はまるで人の体のようであり、そう思ってみてみると、地上に出ていた葉は髪に見えなくもない。

 そして葉と根の境目より少し下、この植物の根を人の体と見た場合に顔となるであろうところには、なるほど人の顔のような模様が見えた。


 否、それはたしかに人の顔だった。

 眠っているようだったその顔は、やがて怒りと悲しみを混ぜ合わせたような、見るに堪えない凶悪な表情へと変化する。

 そして……


「キイイイイイイイイイィィィィィィィ!!!!!」


 その植物が耳をつんざく悲鳴を上げた。


 次の瞬間、敏樹は自室のベッドの上で目覚めた。


19,408


「え……?」


 慌てて起き上がった敏樹は、ひとまず自分の体を確認した。

 仮に怪我をしたところで外傷が残るわけではないのだが、それでも確認せずにはいられない。

 少なくとも服や武具に傷みはなかった。


(俺、死んだのか?)


 ポイントを見る限り、死んだことに間違いはないだろう。

 となると、原因はあの植物の悲鳴。

 ファンタジーの知識がそれなりにある敏樹にとって、この事実をもってあの植物の正体が割れた。


(マンドラゴラか……)


 マンドラゴラは抜けば悲鳴を上げ、その悲鳴を聞いたものは死に至るという逸話がある。

 おそらくあのゴブリンが心中覚悟で引き抜いたのだろう。


(即死攻撃とはまたやっかいな……)


 死んだ以上、この死を無駄にするにはもったいない。

 以前から気になっていたことを確認することにした。


 死後、復活した場合は全快するのかどうか。


 ここでの全快というのは、過去に受けた傷も含めて治るのかどうかということだ。

 敏樹は装備を一旦外して床に置き、服を脱いだ。

 そして左肩を見てみる。


(糸、あるな)


 これは敏樹がこの状況になった翌日に受けた傷だ。

 最初弓ゴブリンに矢を受けて死んだ後、受けた矢傷は綺麗さっぱり消えていた。

 しかしその翌日に受けた傷はまだ残っている。

 ということは、死に至る原因となった怪我は治るが、受けてしばらくたった傷は治らない、といったこところか。

 こうなると、骨折や失明、四肢欠損などの大怪我には気をつけたほういいだろう。

 もし後遺症が残りそうな傷を受けた場合は迅速に死んだほうが良さそうだ。

 死ねば少なくとも健康状態だけは初日に戻ると思っていたので、想定していたより難易度が上がったことになる。

 それを嘆いたところで仕方はないのだが。



(さて、マンドラゴラ対策を考えないとな)


 マンドラゴラだが、こちらから手を出さなければ害は無さそうだ。

 しかし今回のように敵が死に物狂いになると、足元をすくわれるということが今後も起こりうるだろう。

 近所のぶどう畑にも似たような葉があったので、あれもおそらくマンドラゴラであるに違いない。

 あそこの弓ゴブリンは何度か倒しているが、今のところ運良くマンドラゴラを引き抜かれてはいない。

 できれば事前に排除しておきたいマンドラゴラだが、しかし抜けば死んでしまう。

 悲鳴を聞かなければいいのだが、たしかあの悲鳴は魂に直接働きかけるとかで、耳栓等も効果がないはずだ。

 無論耳栓が有効ではないと決まったわけではないが、試すにしても命がけになるのでやめておいたほうがいいだろう。

 車で畑に近づき抜いた後、悲鳴をあげる前に車に飛び込む、という方法を取れなくはないが、抜いてから悲鳴を上げるまでの時間がどれぐらいあるのかがわからないので、出来ればもう少し確実な方法を考えたいところだ。

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