第9話『武器の準備をする』

 翌朝、適当に朝食を終えた俊樹は、ガーゼを取り替えて包帯を巻き直した後、自室のパソコンを起動させた。

 肩の痛みは随分ましになっているので、もしまた痛むようなら後で飲めばいいだろうと思い、飲むのは化膿止めだけにしている。


 Tundraツンドラでなにか有用な武器がないか探し始めた。

 出来れば飛び道具がいいのだが、意外と見当たらない。


 まず思いついたのはボウガンだったが、一昔前ならいざ知らず、今は矢を発射できないレプリカであったり、プラスチックのおもちゃみたいな矢しか飛ばせないものしかヒットしない。

 仮におもちゃのようなものであっても、ボルト(ボウガンでいうところの矢)さえあればなんとかなるかもしれないが、今やTundraではそのボルトすらヒットしないようだ。


 次に一般的な遠距離攻撃武器といえばスリングショットだが、いまは支点となる左腕に力が入らないので、完治するまでは使えない。

 仮に完治したとして、そもそも俊樹はあまり腕力が強くないので、強力なゴムを引っ張れるかどうかが不安だ。

 離れた位置の的に当てる自信もなければ、当たったとしてダメージを与えられる自信もない。

 というわけでスリングショットも却下。


 となると後は投擲ぐらいしか無いのだが、敏樹は基本的な身体能力こそそれなりにあるものの、球技の類がてんで駄目だった。

 特に物を投げるという行為に関しては不得手極まりなく、学生時代のソフトボール投げやハンドボール投げで、同学年の女子の基準にすら達したことがない。

 走ったり跳んだりは平均以上に出来るので、決して運動音痴ではなく、泳ぎに関してはバタフライでそれなりのスピードを出せるので、肩周りの筋肉が著しく弱いということも考えづらい。

 であれば彼が”投げる”という行為をまともに行えないのは、単純に技術の問題であろう。

 そしてその稚拙過ぎる技術をこの非常時に改善できるかと問われれば、困難と言わざるを得まい。

 石などに紐をくくりつけて、振り回した際の遠心力を使った投石であれば、あるいはそれなりの威力と射程を出せるのかもしれないが、であれば尚のことTundraで買い物などせず、庭に転がっている石と荷造り用のビニール紐でも使えばよいと思われる。

 少なくともTundraで購入する武器の候補に投擲に適したものは入らないということになる。


(近接攻撃と組み合わせればどうか?)


 次に思いついたのは、直接ダメージを与える遠距離攻撃ではなく、近接攻撃と組み合わせた際に有効となる牽制としての遠距離攻撃だ。

 なにか軽い一撃で相手の状態を崩し、別の有効な近接攻撃でその隙を付いて敵を倒す。

 ネットの海を探せば、ボウガンでも、それこそ拳銃でも手に入るのかも知れないが、今使えるのがTundraのみで、そこで扱われていないものは手に入らない。

 今の所持ポイントを有効に使って手に入る物の中に、遠距離攻撃で有効打を与えられるものは、少なくとも俊樹には思いつかなかったが、牽制となると少し話は変わってくる。


 まず思いついたのが殺虫剤等のスプレー缶を使った火炎放射。

 可燃ガスを薬剤と一緒に噴出するスプレー缶は、噴出口にライターの火でも近づければ簡易な火炎放射器になる。

 子供の頃それを知って、親の目を盗んでは火炎放射で遊んでいたことを思い出した敏樹は、同時に肝が冷える感覚を覚えた。


(よくぞ大事に至らなかったものだ……)


 当時はただ面白半分で行っていたが、火が何かに燃え移ったり、缶内のガスに引火して爆発すれば、それこそ大惨事だ。

 その大惨事となりうとことを、危機管理もまともに出来ない少年時代に行っていたことを思い出し、我ながら運が良かったと思う敏樹だった。


 とはいえその恥ずべき経験も今は糧となる。

 よくよく思い出してみるが、あれはそれほど射程距離がないのではないか。

 せいぜい一メートル程度のもので、威力も考えればどちらかというと近接攻撃といったほうがいいのかもしれない。


 火炎放射といえば以前、雑草を燃やすためにカセットコンロのガス缶を燃料とする、長いノズルの先に噴出口が付いたガスバーナーを買ったが、あれも高温の炎は出るものの、ノズルの長さは一メートル程度なので、やはり近接攻撃と考えるべきか。

 炎を弱点とするような魔物がいれば、スプレー缶を使った火炎放射よりは安全かつ確実にダメージを与えられそうだが、あのゴブリンども相手にはあまり役に立つまい。


 ガレージや物置にあるものをいくつか思い浮かべてみる。


(除草剤はどうか?)


 雑草処理に買った除草剤と、噴霧器を思い浮かべる。

 細かい霧となって噴出される液体は、風向き次第では結構な距離を飛ぶのだが、それこそ風向き次第。

 牽制程度とは言え、相手にそれなりのダメージを与えるような薬液を、風向き次第で自分がかぶってしまう恐れもあるわけだ。


 しかし液体というのはいい線かもしれない。

 刺激の強い塩素系漂白剤であれば、目や口などの粘膜に当てることで十分な牽制となりそうだ。

 液体であればピンポイントで当たらなくても、的の近くに当たりさえすればはじけるなり垂れるなりして的へたどり着くこともあるだろう。

 つまり、その液体を遠くへ、かつ出来るだけ思い通りの場所へ飛ばすことさえ出来れば……。


(水鉄砲か!!)


 早速『水鉄砲』で検索しいくつか検討したが、片手で扱えるという点を考慮し、少し高いが電動式のものを買うことにした。

 飛距離も五~七メートルと程度はあるようなので、充分使えるだろう。

 価格も三五〇〇ポイント程度だったので、敏樹は早速注文した。 


38,624


 現在敏樹はTundraのプラチナ会員となっている。

 別にTundraのヘビーユーザーだからではなく、一ヶ月無料お試しでプラチナ会員になった後、無料期間終了前にキャンセルし忘れただけのことだった。

 おかげであと十ヶ月ほどはプラチナ会員だ。

 キャンセルし忘れたときはものすごく後悔したのを思い出す。

 しかし、あの時ちゃんとキャンセルしておいて、今あらためてプラチナ会員になろうとすると、おそらくポイントを消費するはずだ。

 であれば、事前にプラチナ会員になっておけたのは僥倖と言えるだろう。


 プラチナ会員になっているおかげで、こんな片田舎であっても今注文した商品が明日には到着するというわけだ。

 今のこの異常な状況において、注文したものが迅速に届くというのは非常にありがたいことだった。



(次は近接攻撃武器か)


 今手元にあるものでまず使えそうなのは、昨日取り返したトンガと物置で見つけた平スコップぐらいのものだろうか。

 リーチを考えなければ包丁や金槌も立派な武器になるだろう。

 だが、やはりリーチを考えれば槍のような長柄の武器がいいように思える。

 トンガもリーチだけはそこそこあるが、あれを振り下ろして当てるとなると、スライムのような動きの遅い敵ならともかく、ゴブリン相手に、たとえ牽制が上手く行って状態を崩したとしても、決定打を与えられる自信はない。


 試しにTundraで槍を検索したが、アルミ刃のコスプレ仕様のものしか出てこなかった。

 せめて刃はなくとも鉄製の穂がついていれば、研いで刃をもたせることは可能だろう。

 しかしアルミが武器として使用に耐えうるとは思えない。

 いや、敏樹が知らないだけでアルミ製の刃はそれなりの性能を秘めているのかもしれないが、そんな不確かなもののためにポイントを消費する訳にはいかない。


 敏樹はさらに思案を続ける。


(……トンガに包丁を足せばいけるか?)


 トンガの先に包丁を飛び出るような形で固定すれば、槍の代わりになるのではないか?

 そう思った敏樹は、開いたパソコンはそのままにして一階に降り、台所へ入った。

 母が包丁を仕舞っている場所はわかっているので、その引き出しをあける。

 できるだけリーチの長いものを、と思い敏樹が選んだのは刺し身包丁だった。

 普段あまり使っているのを見ないものだが、刃渡り二十数センチの包丁が、なにやらとても頼もしく見えた。

 細く鋭い刃は、いかにも刺突に適しているように思える。


 敏樹は包丁を持ったまま一旦離れの仕事部屋へ。

 そこで、以前買っていた厚みのある強力な両面テープや結束バンドを探し出し、ガレージへ向かう。

 亡き父親の趣味がDIYだったこともあり、大下家の物置にはそこそこ工具類が揃っている。

 敏樹自身も、傷んだ家屋のちょっとした修繕や、離れの仕事場の簡単なリフォームを行っていることもあり、そこそこ工具類は使えるのだった。


 まずはトンガを手に取り、ちょうど良さそうな位置に包丁の柄を両面テープで貼り付ける。

 釘代わりになるとメーカーが自称するほど強力なテープではあるが、もちろんそれだけでは心もとない。

 続いてトンガと包丁の柄を結束バンドで三箇所ほどしっかり止める。

 さらに物置から取り出したインパクトドライバーを手に取り、細いビスで二箇所固定。

 ダメ押しとばかりに番線をぐるぐる巻にし、トンガの先に刺身包丁を固定した。


(お、なんかげきみたいだな)


 戟とは矛の刃の根元辺りから、柄に対して垂直に伸びる二本目の刃を持った長柄の武器だ。

 確かにくくりつけられた包丁の刃と、トンガ本来の工作用刃の形状から見ようによっては戟に見えなくもない。


 試しに、いつか捨てるつもりでガレージの壁に立てかけてある古い革張りのソファを包丁の刃で突いてみた。


(おお!!)


 古くなったとは言え、そこそこしっかりしている革張りのソファを、包丁の刃はあっさりと貫き、クッション材を貫通して芯となる木材まで容易く到達できた。

 これなら、当たりどころ次第ではゴブリンといえども一撃で仕留められる可能性はあるだろう。


 敏樹はこの武器を『トンガげき』と呼ぶことにした。

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