第10話『訓練し戦いに備える』

 トンガと包丁を合わせた武器、トンガげきが完成したのは昼過ぎぐらいのことだった。

 最初から完成図がしっかりと頭にあり、かつ道具を扱う腕が確かなら、三十分とかからない作業だったろうが、あくまで敏樹は素人だ。

 完成図もぼんやりと「こんな感じかなぁ?」という程度の物があっただけで、実際トンガと包丁をどういう形でどういう場所にくっつければいいかの試行から始まり、両面テープの貼付けや結束バンドで締め付けるのはともかく、あまり太くない上に丸みのある包丁の柄とトンガをビスで固定するのにはかなり苦労したし、番線を巻くにしてもスマートフォンで動画を検索し、幾つかの動画見てその場で巻き方を勉強しながら巻いたりしたので、結構な時間がかかってしまったのだ。


 左肩の痛みは痛み止めを飲むほどではなくなったにせよ、動きを阻害する程度にはあるので、昼食は調理が必要ないものを、ということで、冷凍してあったご飯にレトルトカレーをかけて食べた。

 せめてもの贅沢にと、朝食のトースト用スライスチーズを乗せて。


 簡素な昼食を食べながら、録画していたバラエティ番組を見る。

 その中で、一つ役に立ちそうなものがあった。


もりか……)


 それはタレントが海に潜って銛で獲物を仕留めるという場面だった。

 柄の末端、槍で言うところの石突いしづきの部分にゴムを仕込んである銛は、そのゴムを引っ張った状態のまま柄を掴んで構えておくことで、柄を軽く離した際にゴムの収縮力を活かして勢い良く獲物を貫くことが出来るのだ。

 銛は槍や矛と違って捕獲を目的としているため、針の部分は短い上に返しが付いていて一度刺さると抜けなくなっている。

 なので銛をそのまま武器として使うのは難しいが、今回作ったトンガ戟に銛のようなゴムを付けるというのはいい案ではなかろうか。


 元々武芸の経験が中学高校時代の剣道の授業ぐらいしかなく、その授業でさえあまり真面目に受けていなかった敏樹に、あのトンガ戟をまともに扱えるとは思えない。


(よし、ホームセンターに行こう!!)


 敏樹は国道を南西に走り、国道沿いにある町内随一の商店でもあるショッピングモール、Yタウンを訪れた。

 そのままYタウンの駐車場を素通りし、奥に併設されているホームセンターDの駐車場に車を止める。


 一応周りを警戒しつつ車を降りたが、やはりこの広い敷地内にも魔物はいないようだ。

 パニック映画では武器の宝庫として描かれるホームセンターには、なるほどチェーンソー等の強力な武器としても使えそうな道具が所狭しと並んでいるが、あれはあくまで商品を自由に持ち出せる非常事態だから有用なのだ。

 無論いまの状況も非常事態だが、しかし残念ながらポイントなしでは商品を持ち出せないので、いかに強力な武器となりうる道具であろうと使うことは出来ないのだった。


 今はとにかく必要なものだけを、ということでフック部分が閉じているタイプの、少し大きめのねじフックと、敏樹の力でもちゃんと引けそうなゴムバンド、そしてグリップ力の強い薄手の作業用手袋を購入した。


(おおっと漂白剤)


 ついでに業務用の5キロ入り塩素系漂白剤を買っておく。


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(ヘルメットぐらいはあったほうがいいか……)


 商品を探している途中、工事用ヘルメットが目に入った。

 しかしどうせならバイク用のものが良かろうとカー用品コーナーを覗いたが、この店にはヘルメットの種類がほとんどなかったので、帰宅後Tundraツンドラで買うことにする。


 帰宅後、さっそくTundraを開き、ジェットヘルメットを購入した。


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 防御力という観点で言えばフルフェイスヘルメットの方が良いのだろうが、あれはどうしても視界が狭くなりすぎる。

 といって半キャップタイプは心許ないので、耳や後頭部が覆われるジェットヘルメットを選んだ。

 軍用ヘルメットとゴーグルというのも考えたが、単純に値段が高いのと、やはりゴーグルだけよりも顔全体を覆えるバイザーの方が安心できるだろうということで、バイク用のジェットヘルメットにしたのだった。

 あのバイザーの強度がどれほどのものかわ分からないが、矢の一発や二発ぐらいは防いでくれるだろう。


 その後、敏樹はトンガ戟にゴムを付ける作業に移った。

 インパクトドライバーに細めの木工ドリルを装着し、柄の末端中央に細い穴を開ける。

 その穴をガイドにねじフックを取り付け、念のため接合部には木工ボンドを流し込んでおいた。

 ゴムの取り付けは木工ボンドが乾いた後のほうがいいだろう。


(今日の作業はこんなもんかな)


 一応敏樹は怪我人なので、休めるなら休んでおいたほうがいいだろう。

 その日は撮りためておいたバラエティ番組やドラマを見て過ごし、夕食はフリーズドライのリゾットだけにしておいた。

 もちろん毎食後の化膿止めは忘れずに飲んでいる。


 昨日は風呂に入っていないので、今夜はシャワーだけでも浴びようと思い、敏樹は包帯を外してガーゼを取る。

 少しだけ組織液は染み出しているが、血は完全に止まっているようだ。

 ガーゼの代わりに食品用のラップを肩に巻いた敏樹は、出来るだけラップの部分に水が当たらないよう注意しながらシャワーを浴び、上がった後はガーゼを当てて包帯を巻いておく。

 そしてテレビをみて一息ついたところで眠りについた。


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 翌日、朝食を終えた敏樹はガレージに置いてあったトンガ戟にゴムを取り付けた。

 試しにゴムを張ってみる

 その際、トンガの耕作用刃を接地させることでそこがうまい具合に支点となり、片手でゴムを張れることがわかった。

 あまり握力の強くない敏樹だったが、作業用手袋のお陰で、それほど力を入れることなく、ゴムを張った状態のまま柄を握り続けることができそうだ。

 そしてゴムを張った状態でソファを的に見立て、握っていた柄を軽く離す。


「おお!!」


 勢いよく放たれたトンガ戟が狙い通りの軌道を通り、包丁の刃がソファにざっくりと刺さった。

 これなら充分実戦で使えそうだ。

 何より、片手で準備できるのがいい。

 こうなると、左手が完全に空くので、水鉄砲も同時に構えられるはずだ。


 三十分ほどトンガ戟の訓練を続けた後、玄関に戻るとTundraからの荷物が届いていた。

 やはりというか、配達員が持ってきているわけでないことがわかった。

 せめてドアホンぐらいは鳴らしてもらえると助かるのだが、贅沢を言っても仕方あるまい。


 コーヒーを淹れ軽く休憩する。

 一度は豆を炒るところから始めるほどこだわっていたコーヒーだが、コストパフォーマンスと手間を考えて結局インスタントコーヒーに落ち着いた。

 本格的なコーヒーはたまに行く喫茶店での楽しみに、ということにしている。


 ちょっとしたお菓子とともにコーヒーを飲んで休憩した後、水鉄砲を持ってガレージへ。

 乾電池を動力源とした電動の水鉄砲なので、充電済みでストックしてある充電式乾電池をセットした。

 タンクがマガジン式になっているので、水を入れた後、本体に装着する。

 訓練では、漂白剤ではなく水を使うことにした。


 ジェットヘルメットをかぶり左手で水鉄砲を構え、引き金を引く。

 引き金を引いている間は連続で水が飛び出る仕組みらしい。

 飛距離は事前に調べたとおり五メートル以上は出ているようだ。

 しかし、随分ましになったとはいえ、それなりに重い水鉄砲を構えると、左肩が少し痛む。

 そのせいか、あるいは単に左手が不器用なだけなのか、思うように的に当たらない。


 こればかりは訓練しかなかろうと思い、昼過ぎまでひたすら給水と放水を繰り返し、なんとか的に当たるようになってきた。

 バッテリーのもちは意外といいようで、三時間ほどの訓練の間に一回電池を交換しただけだった。

 ジェットヘルメットは思っていたより視界が狭まったものの、それでも実戦に耐えられないほどではなかった。

 

 昼食を終えるとどっと疲れが出たが、ここで休むと夜になってしまいそうなので、気合を入れてガレージへ。

 電池を新しいものに替え、トンガ戟と合わせた訓練を始める。

 狭い視界に慣れるため、ジェットヘルメットも忘れずにかぶる。

 

 水鉄砲を的に当て、近づいてトンガ戟で突く。

 何度かそのコンビネーションを繰り返し、毎回トンガ戟のゴムを張るのは隙が出来る事がわかった。

 トンガ戟を外した場合、あるいは決定打を与えられなかった場合に連続攻撃を行いたいが、そうなるとトンガ戟を両手で扱いたいところだ。


(うーん、水鉄砲にストラップがあればなぁ……)


 残念ながら購入した水鉄砲にはストラップも、ストラップホルダーもなかった。

 なければ作るしかあるまい、ということで、荷造り用のビニール紐をくくりつけてストラップのようなものを作成。

 タンクやバッテリー交換の妨げないならないよう、うまい具合に出来たように思える。

 長さ調節はできないが、敏樹以外に使うものはいないので問題ないだろう。


 そこからは水鉄砲で撃つ、トンガ戟で突く、水鉄砲から手を離してトンガ戟を両手で構え、突く、切る、あるいは耕筰用刃で叩く、そして離した水鉄砲を素早く構えてまた撃つ、という動作を何度も繰り返した。

 戦場となるであろうぶどう畑の上方には結構低い位置にぶどうの蔦を絡めるためのワイヤーが張り巡らされているので、満足に立ち上がることはできないだろうと予想している。

 なので、すべての動作を中腰の状態で行っている。

 トンガ戟も、突く、薙ぐは出来ても振りかぶることは出来ないと思われるので、それを想定しての動作を暗くなるまで繰り返した。


(よし、明日はあのゴブリンどもを倒してやるぜ!!)


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 しかし、翌日はひどい筋肉痛でまともに動けなかった。


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