第4話『自宅を確認する』

 どうやら車内に続いて店舗も安全地帯らしいことがわかった。

 そこで一つ実験してみる。

 

 弁当のゴミを捨てた後、車に乗らず国道の方へ歩く。

 

(たぶんこの歩道のところが敷地の境界線だよなぁ)


 境界線のギリギリに立ち、ゆっくりと顔を前に出していく。

 特になにか抵抗があったわけではないが、ある瞬間からガラッと光景が変わる。

 さっきまで車一台、人っ子一人いなかった国道に、無数の魔物らしき存在が現れたのだ。

 つい先程見たゴブリンのようなものもいれば、人身狗頭のもの、半人半豚のもの、二足歩行の爬虫類からなにやらぼんやりと光る火の玉のようなもの……。

 ざっと見ただけで数十匹の魔物がうごめいており、それらの多くがギロリとこちらを見た。

 そして意味不明なわめき声の大合唱とともに、それら異形の存在がこちらに向かってくる。


「うわああああ!!」


 慌てて顔を引っ込めた敏樹は、その勢いで尻もちをついてしまった。


「ってぇ……」


 尻をさすりながらゆっくりと起き上がる。

 やはりあの魔物どもがこの敷地に入ってくることはない。


(とりあえず車内と店の敷地は安全地帯ってことでいいか)


 そうなると気になるのが自宅の安全性だ。

 出来れば他の町境を確認したいところだが、やはり自宅が安心して過ごせるかどうかが一番重要だろう。

 もし自宅にあのモンスターどもが侵入してくるのであれば、少なくとも今のところ安全が確認できているガソリンスタンドかコンビニKで過ごすことも考え無くてはならない。

 幸いコンビニにはトイレを始め生活に必要な物は揃っている。

 洗面台で顔も洗えるし、ウェットティッシュで体を拭けばしばらくは風呂に入らなくても問題無いだろう。

 ポイントが十万近くあるので、ある程度の期間は生活できるはずだ。


 もちろん、自宅が安全であってくれるのが一番なのだが……。


 敏樹は車に乗り込み、自宅へ車を走らせた。

 一応他の安全地帯も確認しておきたいので、コンビニKと細い道路を挟んだ南西隣の業務マート、さらに南西へ進んだところにある成人向け書店、その先のカーディーラー、それらの反対車線にある葬祭場や中古車ディーラーに関しては敷地や店舗に入れる上、その中の安全が確認されたが、例えば各店舗のバックルームやレジ内、ディーラーだと工房等には入れなかった。

 どうやら一般人の立ち入りが可能なところは入れるが、関係者以外立入禁止の場所には入れないこようだった。。

 また民家の敷地には一切入れないことがわかった。

 もちろん車から降りて確認したわけじゃないが、今はそこまでして確認する必要もないだろう。


 国道沿いの店舗をざっと一通り確認しつつ、自宅に帰る。

 ガレージに車を停め、周りを警戒して車を降りる。

 一応自宅の敷地内にはモンスターらしき存在はない。


 ゆっくりと歩き、道路と敷地の境界に立つ。

 そして恐る恐る顔を前に出していく。


(ん……、いないのか?)


 敏樹の顔が敷地の境界を越えたあたりで、前のように辺りを徘徊する魔物が見えると思っていたが、少なくともこの場から見える範囲に、その姿はなさそうだ。

 あるいはもう少し安全地帯が広いのだろうか?


(いや……こいつは……?)


 目の前の道に点々とあるただの水たまりだと思ってスルーしていた存在を観察してみる。

 よくよく考えればここ数日雨は降っておらず、降ったとしても、道の真ん中あたりに水たまりが出来るようなことはないはずだ。

 一番近く、敏樹の足元から一メートルほどの位置にあるそれを見ていると、ゆっくり動いているのがわかった。

 動いているとわかれば、それはただの液体ではなく、泥水で作ったゼリーのように見えた。


(もしかして、スライム? ちょっとグロいな……)


 一旦敷地内に戻る。

 やはり先程まで見えていたスライムが見えなくなった。


 玄関の方に戻った敏樹は、立てかけてあった柄の長いほうきを手に取り、敷地の境界線に戻る。

 再び境界線から顔を出すと、先ほどと同じ位置にスライムがいたので、とりあえずつついてみた。


「うわっ!」


 ツンツンと軽く突くつもりだったが、スライムに触れた瞬間、箒が引っ付いて取れなくなった。

 ただ、少し力を入れれば引き剥がすことは出来たが。


(先が……溶けてるのか?)


 ほんの数秒スライムの体に引っ付いていた箒の先が、軽く溶けているように見えた。

 あれに直接触るととんでもないことになりそうだ、と敏樹はスライムに対する警戒を強める。


 その時、ふと思いついたことがあった。

 どうやら自宅も安全地帯であることは判明したが、その安全地帯の性能を少し検証してみようと思ったのだ。


 まずは敷地から再び顔を出す。

 そしてスライムの位置を確認し、敷地内に戻る。

 そしていまは見えないが、スライムがいるであろう場所に箒を出してみる。


(ふむ……、スライムがいるような感触はないな)


 確かにいま箒を出した場所にスライムがいるはずなのだが、箒はなんの抵抗もなく地面を掃くことができた。


 次に敷地から顔を出し、スライムを確認。

 やはり先ほどと、ほとんど位置は変わっていない。

 こんどはそのままの状態で箒でスライムをつついてみる。

 やはり箒の先がスライムに引っ付いて、軽く引いただけでは取れなくなる。

 そのままの状態で顔を敷地内に戻す。

 スライムの姿が見えなくなると同時に、軽い力で箒を抵抗なく引き戻すことが出来た。


(ただ見えなくなるわけじゃないようだな)


 どうやら安全地帯というのは、お互いの姿が見えなくなるだけでなく、一切干渉できなくなるようだった。

 つまり、何か危険にさらされても、安全地帯に逃げ込めさえすれば助かるわけだ。


 逆に、安全地帯の中から相手に攻撃を仕掛けることも出来ない、ということになるが、これについては今のところ問題ないだろう。

 相手をどうこうするよりも、まずは自分の身を守ることが第一だ。


 続いて敏樹は家の中の設備を確認する。

 電気とネット、そしてテレビに関しては問題ないことがわかっている。

 洗面台とトイレの水道も問題ないことを確認しているが、念のためキッチンの水道も試しておく。


(うん、お湯も問題ないな)


 キッチンの水道で、水もお湯も出ることを確認した。

 次に確認のため風呂の自動給湯を試す。

 約十分後、適温の湯が張られていることを確認した。


(とりあえず自動は切っておいて、あとで入る前に追い焚きするか)


 冷蔵庫などもちゃんと動いており、当分は食料も問題なさそうだ。

 米は親戚の農家から買ったばかりで、まだ三十キロ近くあるし、食材や冷凍食品、レトルト食品等を合わせれば普段通りの生活でも十日は籠もれる量がある。


 飲料水に関しては、昔なら水道水で問題なかったのだが、今はカルキ臭くてあまり飲みたいとは思えない。

 高校卒業後、都会に出たばかりの頃は水道水の不味さに閉口したものだが、敏樹が都会に出て数年で高度浄水処理なる技術が確立し、都会の水道水も随分と美味くなった。

 それでも、水が不味かったころの習慣で、敏樹は浄水器を使っていたが。


 久々に実家へ買ってきた時、母がわざわざスーパーをはしごして無料の水を汲んでいることには驚いたものだ。

 聞けば敏樹が都会に出て数年で水源近くの開発が進み、水道水が著しく不味くなったのだという。

 田舎であるがゆえに高度浄水処理などという金のかかりそうな技術は導入困難なようで、母に限らず、スーパーの浄水を利用する人はかなり多いのだとか。


 そして母が汲んできた浄水だが、あと数日は持ちそうだった。

 それに、敏樹は敏樹で自分用にポット式の浄水器を使っているので飲料水の問題も解決されたと言っていいだろう。

 カードリッジに関してもTundraで買えばいいだけの話だ。


 自宅の安全性、ライフラインには問題がなさそうであり、食料やその他の物は車に乗って移動する分には安全なので買い物に行けばいい。

 ポイントもまだまだ余裕があるので、贅沢さえしなければ半年ぐらいは半引きこもり生活で安全に過ごせそうな事がわかり、いろいろと意味不明なことがあるものの、敏樹はひとまず安心した。

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