第3話『給油し食事をとる』

 敏樹は一旦車のエンジンを切った。

 その状態でもゴブリンが襲ってくることはないので、エンジンがかかっているかどうかに関わらず、車内は安全なのだろうと判断する。


(さて、これからどうすべきか)


 運転席に深く座り、何度か深呼吸を行う。

 こういう時はまともな判断ができなくなるかもしれないので、まずは落ち着くことだ。

 ルームミラーで自分の顔を見てみる

 ひどい顔だった。

 もうすぐ四十歳になろうかというのに、恐怖で泣きじゃくってしまうとは……。

 しかし、それでも失禁には至らなかっただけまだマシだろうか。


 まずは周りを見てみる。

 町境の向こう側は相変わらず車が列をなしている。

 しかしあの車に干渉はできない。

 電話も通じないので助けも呼べない。

 では自分と同じように、この町に取り残された人を探すべきか?

 あるいは他の町境がどうなっているのかを確認すべきか?

 思案しつつも周りを、そして車内を見回していると、燃料メーターが目に入る。

 エンジンを切った今は『』を指しているが、たしか残り四分の一程度だったはずだ。


(なによりもまずは給油か……)


 このまま安全な車でいろいろ調べるにしても、途中で燃料が切れて乗り捨てるようになことになったら大変だ。

 何よりもまず給油。

 以降、ガソリンは半分を切らないようにしよう。

 そう思った敏樹は、再度エンジンを掛け、Uターンして国道を西へ走る。


 ニ分とかからずセルフのガソリンスタンドに到着する。

 エンジンを止めた後、サンバイザーの裏からプリペイドカードを取り出し、ゆっくりとドアを開ける。

 少なくとも周りに不審なものはいない。

 いつでも車内に戻れるよう、慎重に足をおろし、続いて頭を上に出して周りを見る。


(何もいない……か?)


 完全に外へ降り立った敏樹は、キーを抜いて運転席のドアを閉めた。

 出来ればドアは開けたままにしておきたいが、この車はドアや窓が開いていたり、キーを差したままにしていると、給油扉が開かない仕様なのだ。


 とりあえずガソリンスタンドの敷地内に怪しい影はなく、見える範囲で国道を見渡すも、ゴブリンのような影は見えなかった。


(ここも安全地帯か?)


 一応の仮説は立ててみるも、油断はせずにコントロールパネルへ向かう。


『画面をタッチしてください』

「うわっ……とぉ」


 システムのナレーションが響き、思わず驚きの声を上げてしまう。

 そして反射的に、国道側から見えなくなるよう、車体の陰に隠れた。


 ふた呼吸ほど置いて立ち上がり、なにも近づいてこないことを確認した。


(この声には誰も反応しないか)


 ここでふと不安になることを思い出した。

 セルフのガソリンスタンドというのは、奥の施設で従業員が許可を出さないと給油できないというものだ。


(給油できなかったらどうしよう……)


 敏樹は不安を抱えつつ、コントロールパネルの画面に触れた。


『油種を選択してください』


 おや?

 確かここは最初にカードの挿入を要求されたはずだが……。

 そう思いつつも、敏樹は『レギュラー』を選択。


『給油量を選んでください』


 そして現れたのは満タンか、指定金額とリットルの選択。

 金額の単位は『P』だった。


(Tundraと同じ……)


 試しにカード挿入口へプリペイドカードを入れようとしたが、反応はない。

 P2,000を選択する。

 ちなみに一リットルあたりの単価は店頭表示されている中でも一番安い、プリペイドカードを使ったのと同じ価格だった。


96,750


 この段階でポイントが引かれる。

 やはりこれは所持金のようなものらしい。

 そして何かを購入する時、対価として引かれるようだ。

 この差し引き分をわかりやすくするため、敏樹は今回、敢えて2,000ポイント分だけ給油したのだった。


 あと、どうやらプリペイドカードが使えないらしいことがわかった。

 おそらく現金やクレジットカード、電子マネーなども使えまい。


『静電気除去シートに触れてから、給油を開始してください』

 

 静電気除去シートに触れた後、給油扉を開け、給油口のキャップを外す。

 このスタンドはキャップの取り忘れを防ぐため、給油ノズルを取り外した後のスペースにキャップを置くようになっている。

 よっこいせとばかりレギュラーガソリン給油ノズルを外し、空いたスペースにキャップを置く。

 そして給油口にノズルを突っ込んだ後、トリガーを引いた。


「おお、出たか……」


 トリガーを引くと同時に勢い良くガソリンが放出され、安堵の末思わず声が漏れてしまう。

 カウンターの数値が上がっていき、2,000ポイント分のガソリンを入れ終わった段階でガソリンの放出は止まった。

 ノズル置き場の給油キャップを取り、代わりに給油ノズルを戻す。


『給油キャップの締め忘れにご注意ください。またのご利用をお待ちしております』


 俊樹は無事、給油を終えることが出来た。


(他の店はどうなんだろう?)


 給油を終え、運転席に座った敏樹は、ふと思った。

 Tundraでの通販や給油はポイントを使って利用できたが、他の店ではどうなるのかぜひ検証したいところだった。


 そこで目をつけたのが、国道を挟んで斜向はすむかいにあるコンビニK。

 すぐ近くではあるのだが、普段この時間帯は車の通りが多く、とても道路を横断するなどということは出来ない。

 しかし現在、国道を走る車の数はゼロ。

 ガソリンスタンドを出た敏樹は、悠々と国道を横断し、コンビニKの駐車場に入った。

 もちろん駐車場には、敏樹の車以外一台の車も止まっていなかった。


 とりあえず油断のないようドアを少しだけ開け、周りを警戒し、一応何もいないことを確認して車を降りた。

 店に入ると、空調はしっかりと効いているようで、店内照明もちゃんとついているし、店内放送も流れている。

 商品はしっかりとフェフィスアップされており、品揃えも問題ないようだ。


(そういや起きてからなんも口に入れてないな……)


 敏樹は普段、起きたら必ず一杯の水を飲むのだが、今朝はいろいろと混乱しすぎて水すらも口にしていないことを思い出した。

 そのことに気付くと、急にのどが乾いてくるし、腹の虫も鳴り始める。


 近所のショッピングモール内にあるベーカーリーで買った食パンを冷凍しておき、それを一枚ずつ食べる、というのがここ最近の敏樹の朝食のパターンであり、朝食以外の食事も、母親が作ったものか、スーパーで買ってきた惣菜がほとんどなので、コンビニ弁当自体見るのも久しぶりだ。


(おう、どれも美味そうだな……)


 買い物かごに常温の水を入れ、弁当コーナーをじっくりと見る。

 なかなかの品揃えだが、この店は普段からこの時間にこれだけの数の商品を揃えているのかは疑問が残るところだ。


 朝からがっつり米とおかずの弁当を食べるのはしんどいので、あっさり食べられそうな和風ナポリタンというものにした。

 

(このまま出たらどうなるんだろう?)


 別に万引きするつもりはないのだが、試しに店を出ようとしたところ、町境と同じように前へ進めないようだった。

 店内に戻り、商品を入れた買い物かごをカウンターに乗せる。

 すると、特に何が動いたわけでもないのに「ピッ……ピッ……」とバーコード読み取り音が鳴り、レジに商品価格分のポイントが積算されていく。

 そこでふとカウンターフーズコーナーが目に入る。

 揚げ物や焼き鳥串が並んでおり、少し離れた場所にはおでん鍋もある。

 どちらの在庫も豊富だ。


(あ、ぼんじり! これどうやって頼めば……)


「えっと、ぼんじり一つ」

「ピッ」


 すると、陳列棚からぼんじり串が一つ消え、専用の袋に入った焼き鳥がカウンターの上に乗った。

 いよいよ現実味がなくなってくる。


(じゃあ……)


「ナポリタン、温めで」


 すると奥の電子レンジが作動し始める。

 見ればさっきまで買い物かごの中にあった和風ナポリタンが消えていた。


(すげぇな……)


「ピー」


 電子レンジでの温めが終わると、カウンターの上から買い物カゴが消え、袋詰めされた商品が現れた。

 ご丁寧に弁当と水は別々の袋に入っていた。


「あ! 電子マネーで!!」


96,104


 やはり商品の対価として使えるのはポイントのみらしい。

 申告のタイミングが悪かったのかもしれないが、ポイント以外のものが対価として使えるかどうかをこれ以上検証するのは無駄だろう。


 新たにわかったことだが、商店の場合は商品をレジに持っていけば自動で精算されるようだ。

 普通の商店が対応してくれる範囲ならこちらの要望も聞いてもらえるということもわかった。

 まぁ無茶な要望は通してないからどこまで聞いてくれるかわからないが、そういったものはあえてやる必要もないだろう。


(町内の商店がどこまで使えるのか、そのあたりも検証したほうが良さそうだな)


 無人だったが、自分の要望どおりに商品を扱ってくれたことで、敏樹はなんとなく嬉しくなった。

 商品を無事店外へ持ち出せた敏樹は、車に戻って運転席で食事を済ませた。


(久々に食ったけど、コンビニメシ美味ぇなぁ)


 半分ほど飲んだ水のペットボトルをドリンクホルダーに置いた後、俊樹は残りのゴミをレジ物袋にまとめ、一応警戒しつつ車を降り、ゴミ箱に捨てる。

 車に戻ろうとしたところでふとゴミ箱が妙にキレイだったのが気になり身を翻して中を覗き込んだところ、さっき捨てたはずの弁当の残骸が綺麗サッパリ消えてなくなっていた。

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