第16話『神社で出会う』
一体何者が何のためにこのような状況を作り上げ、なぜ自分が選ばれた(あるいは巻き込まれた)のか?
敏樹がそのことについて考えない日はない。
しかし、考えたところで答えが出るはずもなく、答えのない問題を考え続けるというのは精神衛生上よろしくない。
なので……
「まー考えても仕方ないか!」
と、思考の迷宮に入りそうになると、少し大きめの声を出して無理やり思考を停止させている。
どうせ考えるなら「なぜこうなったのか」ではなく「これからどうすべきか」を考えるべきだろう。
敏樹は今の状況をゲームのようなものだと思うことにしている。
ただゲームと一口に言っても色々なジャンルがあり、出現する魔物の様子からロールプレイングゲームのようなものだと思っていたが、その認識は間違いだったと今は思っている。
敏樹がいくら魔物を倒したところでロールプレイングゲームのようにレベルが上がるわけでもなく、魔法やスキルを覚えるわけでもない。
戦闘のために動けば多少筋力などは向上するし、訓練次第で動きは良くなるが、ゲームのように劇的に強くなるわけではない。
いくら頑張ったところで、ジャージ姿のままゴブリンと素手で対峙すればあっさりと負けてしまうだろう。
(要は、アクションゲームなんだよな、これは)
アクションゲームにも種類はあるが、基本的に主人公の能力はそれほど上昇せず、アイテムで多少性能補正が出来る程度のものだ。
そういうアクションゲームで重要なことはなにかというと、敵の行動パターンを覚えることだろう。
そう考えると、最初のコボルト戦はマズかったと思う。
これがロールプレイングゲームであれば、新しい装備を手に入れ、余裕を持って新しい敵に挑むという形になるので、あれで問題なかったのだが、しかしアクションゲームと考えた場合、安全マージンがあまりにも低すぎた。
魔物の出現場所と行動範囲はほぼ決まっていると言ったが、あくまで『ほぼ』であって、完全にその行動範囲を守るわけではない。
出現場所が大幅にずれたり、普段の行動範囲を大きく外れることはない。
しかし、獲物として補足された場合は別だ。
魔物から獲物として認識された場合、連中はどこまででも追ってくる。
コボルトとの初戦で仮にすぐ逃げ出していたとしても、家へと辿り着く前に補足されていただろう。
コボルトの攻撃力が低かったから助かったものの、もしコボルトの攻撃力がゴブリンと同等であれば、あの時殺されていたに違いない。
ではそれを踏まえてどうすればいいのか?
重要なのは安全マージンを高めに取るということだ。
簡単に言えば、安全地帯から出来るだけ離れずに戦う、ということが大事なのだ。
なのであれ以降、敏樹は短距離の移動であっても車を出すようにしている。
特に新しい敵と戦うときは、いつでも車に逃げ込めるようにしているのだった。
近所の田畑地域は多少いびつではあるものの碁盤目状に区切られている。
その一ブロックごとに敵の出現パターンが変わることがわかった。
家から離れるほど敵は強くなっていくようだ。
コボルトが出現するブロックを越えると、次に現れたのはやはりと言うべきか、半人半豚の魔物、オークだった。
オークは、素早さに関して言えばゴブリンと同程度だが、パワーは桁違いだと
というのも、敏樹は一度もオークの攻撃を喰らっていないので、正確なところはわからないのだった。
おそらくだが喰らえば一撃でやられるのではないかという雰囲気を、オークは醸し出している。
身長こそ一五〇~一六〇センチ程度とコボルトより小さいが、横幅はコボルトの倍ほどもある。
豚の体脂肪率が異常に低いように、がっしりとしたオークの全身は筋肉に覆われている。
あの体から繰り出される攻撃が尋常であるはずがないのだ。
敏樹の対オーク戦術は、まず水鉄砲で漂白剤をかけて混乱させる。
そして無理に急所を狙わず、まず下半身を狙ってトンガ戟を繰り出し、とにかく機動力を奪う。
少しずつ弱らせて動きが鈍ったところでトドメを刺す。
これで大抵のオークには勝てるのだが、まれに混乱したままのオークに突進されることがある。
そいう場合は焦らず車に乗り、五〇メートルほど後退すれば仕切り直せるので、そうやってちびちびと体力を削っていけばいずれは勝てるのだった。
さらに進むとゴブリン、コボルト、オークの混成部隊が現れるようになる。
うまく連携を取られれば脅威なのだろうが、魔物というのはそれほど知能が高くないらしい。
獲物を見つけると、連中は全力で向かってくる。
そして全力疾走のスピードがあまりにも違うので、まずは突出したコボルトを倒す。
ある程度距離を稼いでいれば、オークとゴブリンが追いつくまでに充分倒せるので、落ち着いてコボルトを仕留めればいい。
あとは弱いゴブリンを出来るだけ手早く倒し、オークは時間をかけてゆっくり倒していく。
無論、各一体ずつ合計三体という編成とは限らないが、群れごとの行動パターンはほぼ決まっているので、車を利用しつつ観察を続け、後はうまい具合に一体ずつひきつけて各個撃破していく、という戦法を堅実にこなすことで、どういう編成であれ五体ぐらいまでの群れに負けることはなくなった。
そうやって順調にポイントを稼ぎ、とりあえず武器防具一式の予備を購入しておいた。
いくら今が順調とは言え、少しでも油断すれば死んでしまうのだ。
死んでポイントが減った後に買い直すよりは事前に準備しておくのが懸命だろう。
そのようにして少しずつ行動範囲を広げていったところで、神社が目に入った。
それは敏樹の氏神を祀っている神社だった。
(そういえば神社ってどういう扱いなんだろ?)
今のところ、自宅と店舗は安全地帯、民家は立入禁止、田畑や道路は敵出現フィールドということは判明しているが、それ以外の施設に関してはまだ検証していない。
(ここも立入禁止かな?)
そう思い、神社の敷地へとゆっくり車を進めた。
(お、入れるな)
神社の敷地には入れるらしい。
とりあえず敷地内の駐車場に車を停め、ドアを少し開けてあたりを見回す。
(ふむ、魔物はいないか)
駐車場のすぐ近くはご神木のある広場になっているのだが、すくなくともその広場に魔物はいないようだった。
(せっかくだしお参りしておくか)
魔物がいないことを確認した敏樹は、トンガ戟と水鉄砲、ヘルメットを車に置き、念のため円盾は装備したまま車を降りた。
短い参道を歩き、階段を登って境内へ。
そして本殿の前に
「え……?」
魔物はいないだろうと完全に油断しきっていた所に現れた異形の存在。
『グルルル……』
闖入者を睨む三つの顔。
ライオンと山羊、そして蛇。
それが一つの体から生えている。
「キ……キマイラ!?」
思わず声を上げてしまったが、敵はその前から敏樹の存在に気づいているようだ。
うつ伏せの状態で不機嫌そうに敏樹を見ていたキマイラは、ゆっくりと起き上がった。
『グルルアアアア!!!』
そして一吠え。
それは以前敏樹がネットからダウンロードしたライオンの咆哮とは比べようもない迫力だった。
心臓を鷲掴みにされたような恐怖に襲われた敏樹だったが、なんとか気を取り戻し、踵を返して階段を駆け下りる。
「おわあああああ!!!」
恐怖のあまり叫び声が出る。
足がもつれて転げ落ちそうになるのを何とか耐え、車へと全力で駆ける。
いかな強敵であろうと車にさえ逃げ込めればなんとかなるのだ。
階段を駆け下り、短い参道を越えて駐車場に至ろうかというまさにその時、視界の端を何か動くものが通り過ぎた。
そしてごく近くで「ズザッ!」という着地音が聞こえる。
敏樹が音のした方へ目を向けると、今まさにキマイラが前足を振り上げて飛びかかって来るところだった。
「おわぁっ!!」
敏樹は咄嗟に円盾を前に出した。
そこから先のことはあまり認識できていない。
なにかものすごい衝撃を受けたような気はするが、気づけば神社の敷地から少し離れた道路に倒れていた。
「いててて……」
全身が痛い。
敏樹は以前原付でスリップして盛大に転んだことがあり、その時の感覚になんとなく似ていると思った。
ただ、痛みの度合いは比べ物にならないが。
キマイラの攻撃を直接受けたであろう左腕には全く力が入らず、何とか身をよじって右手をつき、起き上がった。
「ぜぇ……ぜぇ……。マジかよ……」
立ち上がり、周りを見回したところ、二十メートルほど離れた位置に神社の駐車場が見えた。
つまり、これだけの距離をふっ飛ばされたということだろう。
敷地のちょうど境目あたりにこちらを見据えるキマイラの姿が見えた。
(もしかして、こっちに来れないのか?)
向こうがその気ならすぐにでも追撃がありそうなものだが、キマイラは低く身構えたままその三つの顔で恨めしそうにこちらを見ているだけだった。
(ありゃどう見てもボスキャラだよなぁ)
痛みで意識を失いそうになるが、なんとか耐えつつ敏樹はキマイラを観察する。
ボスキャラクターはもしかすると限定されたバトルフィールドから出られない仕様なのかもしれない。
(しかし左腕は盛大にやられたなぁ。折れたか?)
そう思い全く動かない左腕の方を見ると、二の腕から先がなかった。
「はぁ!?」
思わずマヌケな声をあげてしまう。
頑丈なケブラー材の袖がいとも簡単に引き裂かれ、破れた袖からドバドバと血が垂れていた。
腕一本失うとなると今後の活動に支障が出るのは間違いない。
であれば敏樹は即座に死んで復活すべきなのだが、さすがに腕がなくなっては冷静でいられないようだ。
とはいえこれだけの出血量であれば、あと数分もしない内に失血死するだろうが。
狼狽しつつも敏樹はキマイラの方を向いた。
すると、キマイラのライオンの頭が大きく息を吸い込んでいるのが見えた。
胴体の胸のあたりがどんどん膨らんでいく。
(まさか……ブレス?)
そして次の瞬間、敏樹の予想通りキマイラは大きく口を開き、勢い良く炎を吐き出した。
敏樹は慌てて後ろに下がろうとしたが、全身を強く打った痛みでまともに身動きがとれず、よろめいて尻餅をついてしまった。
しかしキマイラの吐き出した炎は敏樹の数メートルよりこちらには届かないようだった。
キマイラは炎のブレスを吐き続けているようだが、どうやらそのあたりが射程の限界であるらしい。
ほっと一息ついたのもつかの間
「ぎゃああああ!!!」
敏樹を謎の激痛が襲った。
それはふっ飛ばされて出来たであろう打撲の痛みとは異なる種類のもので、特にむき出しになっている顔や薄手の手袋だけを履いた右手が酷いダメージを受けているようだった。
見ればプラスチックのプロテクターは溶け始め、ナイロン製の作業用手袋が溶けて手に張り付いている。
レザーパンツもところどころ焦げて穴が空き始めるのがちらりと見えたが、すぐに目を開けていられなくなった。
(そうか……
炎は、それそのものが熱いのはもちろんだが、多少離れた位置であっても電磁波として熱を伝える性質がある。
その現象を”輻射”、それによって伝わる熱を”輻射熱”というのだが、キマイラの放つブレスは見るからに高温で勢いがよく、炎自体から数メートル程度離れたぐらいではその熱から逃れることなど出来ないようだ。
キマイラがそこまでわかってブレスを放ったのか、単に苦し紛れで放ったのかは不明だが、どちらにせよその業火が放つ高温の熱は、敏樹を焼き殺すのには充分だった。
60,862
自室で目覚めた敏樹は、まず左腕を確認した。
引き裂かれた袖からは、無傷の左腕がちゃんと出ており、問題なく動かせることを確認。
「はああぁぁ、よかったぁ……」
続けて全身を見る。
耐火性のある防刃パーカーはなんとか形を保っていたが、プロテクターは溶け、レザーパンツや靴はところどこが炭化していた。
ステンレス製のニー&エルボーパッドは、ステンレスプレート部分こそ多少煤けて歪んでいる程度だったが、それ以外の布の部分は見事に焼け焦げていた。
何とか溶けた靴を脱いで立ち上がると、一部のステンレスプレートと、焦げた服の一部が床に落ちた。
プラスチックプロテクターはどろどろに溶けて、一部パーカーにはり付いていたが、プラスチッププレート以外の布やゴムの部分が炭化しぼろぼろになっていたおかげで、なんとかパーカーから引き剥がすことが出来た。
ぼろぼろになった装備をすべて脱ぎ、とりあえず敏樹はジャージに着替えた。
一旦落ち着こうと思い一階に降りて甘酒をあおる。
そしてふと思い立ち、半ば駆け出すように玄関を出てガレージへと向かった。
「ああ……」
車の無いガレージを見た敏樹は、力なく膝をつき頭を抱えた。
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