第26話『最強の物理攻撃』
ゲイザーを倒した敏樹は、予想以上の高額ポイントに驚きつつも、急いで車に戻った。
ボスを倒せばそこは通常エリアになり、雑魚が出現するようになる。
今の装備でウェアウルフに遭遇したら、高確率で負けてしまうだろう。
せっかく手に入れたポイントを失うのは避けたいところだ。
敏樹はカメラ付きフルフェイスヘルメットを急いで脱ぎ、車に向かって駆け出した。
「ふぅー……」
軽バンに乗った敏樹は、大きく息を吐いた。
ゲイザーを倒せたこと、そして無事車に戻れたことに安堵する。
(しかし、いよいよポイントがインフレ起こしてきたな)
中盤以降やたらと獲得報酬が増えるというのは、ゲーム等でよくあることではある。
いよいよゲームじみてきたな、と思わないではないが、変に現実感覚を失えば油断につながるおそれがあるので、気を引き締め直す。
ゲイザーからは200万ポイントを獲得できた。
キマイラの倍である。
ではどちらが苦戦したかと問われれば、どう考えてもキマイラであった。
にも関わらずゲイザーがキマイラに倍するポイントを保有していたことに関して、敏樹にはなんとなく心当たりがある。
正攻法ではどうあっても倒せないような特殊なキャラクターというのは、得てして討伐時の報酬が高いことが多い。
そしてそういうキャラクターほど、攻略法を見つけてしまえば容易に倒せることのだ。
雑魚で言えばマンドラゴラがいい例である。
(やっぱゲームっぽいよなぁ……)
状況を好転させるためにはどうしてもゲーム的な思考が必要となり、しかしその考えに傾倒しすぎると現実感覚を失ってしまう。
そのあたりのバランス感覚を失わないよう、常に気をつけておく必要がありそうだ。
今回200万ポイントというかなりの報酬を得ることが出来たが、そんなものよりも遥かに大きな成果を得られたと、敏樹は考えている。
それは破壊された車の件である。
今まで安全な移動手段とちょっとした拠点として活用していた車だが、ドアを開けていると魔物からの干渉を受けることが判明した。
これは非常に重大なことである。
今回得た大きな成果が、『車を降りる時はしっかりドアを閉めましょう』との教訓を得たということでは、もちろんない。
ドアを開けていると車は魔物からの干渉を受ける。
裏を返せば、車が魔物に干渉出来るということである。
例えば、車のドアを開けたまま、猛スピードで魔物に体当りしたら?
(へへ、すっげー物理攻撃手段を得たな)
敏樹が考えうる限り最強の攻撃手段である。
敏樹は帰り道、少し遠回りをして中古車ディーラーに寄った。
そこで頑丈そうな車を見繕う。
と言ってもそこまで車の知識のない敏樹である。
誰もが知っている米国製の頑丈そうな車を数台見ただけではあるが。
(堅牢性でいえばH一択なんだけど、予算がなぁ……。Jで我慢しとくか)
最初頭にあったH社モデルは安くとも300万を超える。
そこで50万ポイントほどで変えるJ社モデルを買うことに決めた。
(っとその前にガレージなんとかしないとなぁ)
というわけで、この場は冷やかしのみとし、敏樹は一旦帰宅した。
大下家のガレージは現在2台の軽自動車が停まっており、ここへ大きめの外車を新たに停めることは不可能だ。
ただ、土地がないわけではない。
ガレージの奥には、放置され雑草が伸び放題の家庭菜園がある。
そこであれば、軽自動車ならあと2台、大きめの外車なら1台は駐車できそうである。
(ガレージのリフォーム……頼んでみるか?)
敏樹は一旦家に入り、簡単な食事をとってシャワーを浴びた後、
その坂道を降りてすぐの場所に、建築家の同級生が自宅兼工房を構えているのだった。
(さて、入れるかな……)
通常の民家であれば敷地内に入ることは出来ない。
敏樹はゆっくりと、同級生宅の敷地内に車を進めた。
「お、行けた」
車は特に遮られることなく、敷地内に進入することが出来た。
車を降りた敏樹は、同級生宅のドアホンを押す。
ピンポンと音はなるが、返事はない。
(ここで用件を言えばいいか?)
何度かドアホンを押しても反応がないので、その場で用件を伝えることにした。
「すまんけど、ウチのガレージリフォームしてくない?」
次の瞬間、バサッと何かが足元に落ちた。
それはどうやら見積書のようで、いくつかのプランと見積額が記載されていた。
その同級生が書いたであろうラフ画と見積額を見ながら検討していく。
最安で20万、最高で200万だった。
「よし、じゃあこの80万のプランで」
菜園全体を整地し、現在のガレージもある程度片付けた上で、全体に簡易な屋根だけを付けるプランだった。
ちなみに一番安いのは菜園の整地のみで、一番高いのはシャッター付きガレージを取り付けるものだった。
1,342,637
「ありゃ? ちょっと安くね? もしかして友達価格ってやつ?」
見積もり80万に対して、実際に引かれたのは75万ポイントだった。
しかし、敏樹の問に答える者はいない。
「ま、いいや。ありがとね」
そして敏樹が家に帰ると、すでにガレージは出来上がっていた。
「おお、すげーな」
新たに追加されたガレージはもちろん、元のガレージもかなり綺麗になっていた。
ただ、訓練でボロボロになったソファーも片付けられており、敏樹は少しさみしい気分になった。
敏樹はすぐに家を出て、中古車ディーラーへ行き、目をつけていた車の購入手続きを進める。
「これ、このバンパーのとこガッツリ守るようなパーツって無いですかね?」
そうたずねると、頑丈そうなオフロードバンパーが取り付けられた。
「おお、いい感じ。じゃあこれで」
698,937
バンパーだけで15万ポイントほど持っていかれたが、それは仕方がないだろう。
家に帰ると、大下家には似つかわしくない、大型の外車が停まっていた。
「早速乗ってみよう」
元来それほど車に興味のない敏樹である。
雨風をしのげて移動できれば充分ということで、これまで軽自動車以外の車には数えるほどしか乗ったことがない。
そんな敏樹であっても、いま自宅ガレージに停まっている有名外車を前にすると、つい心が踊ってしまう。
敏樹はいつものように右側のドアを開け、当たり前のようにシートに座った。
「おお、座り心地悪くないねぇ」
嬉しそうに独り言を漏らしつつ、ハンドルを握った時点でふと気づいた。
「あれ、右ハンドルじゃん」
日本に輸入される外車の多くは、日本の道路事情に合わせて右ハンドルになっている。
しかし中古車ディーラーではハンドルの位置まで確認していなかったので、下手をすれば左ハンドルだった可能性もあったのだ。
「あぶねぇあぶねぇ」
この時敏樹がふと思い出したのが、アメリカに留学してアメリカかぶれになった同級生のことだった。
日本メーカーの北米モデル逆輸入車というのをわざわざ探し出して購入し、自慢されたことがあった。
車両幅と言いい車両長といい、日本の道路で走るのには苦労するだろう、と思いつつ眺めていたのだが、よく見ると右ハンドルだった。
「いや、左側通行の日本で左ハンドルとか狂気の沙汰じゃね?」
アメリカかぶれの友人ですら――むしろアメリカで実際に運転を経験したからこそかも知れないが――避ける左ハンドルである。
左ハンドルに全くといっていいほど憧れを持っていない敏樹にとって、たまたま確認せずに買った外車が右ハンドルだったというのはありがたいことだった。
翌日、Tundraから届いたのは、前日に注文しておいた衝撃耐性の強い衣服類だった。
高い衝撃耐性を持つインナープロテクターの上下と、首用サポーター、ヘッドギア、手首用サポーター、マウスピース、そしてサイズ大きめのヘルメットである。
インナープロテクターの上からいつものライダーパンツと防刃ペストを着て、さらにプラスチックプロテクターを装備。
手首をガッチリと固定するスチールプレート入りサポーターをはめた上にタクティカルグローブを履く。
頭はヘッドギアを装着し、その上からサイズ大きめのヘルメットをかぶり、バイザーは下ろしておく。
マウスピースを咬み、首にサポーターを巻いた。
(よし、これでいけるか)
外車に乗り込んだ敏樹は、イグニッションを回した。
ドルン!! と低いエンジン音が身体に響く。
さすが4,000CCの排気量を誇るエンジンである。
普段乗っている660CCのものとは質が異なる。
心地よいエンジン音を体に感じつつ、敏樹は慎重に車を発進させた。
異なるのはエンジン音だけではない。
車体の大きさも桁違いなのだ。
自宅前の狭い道に立ち並ぶ、隣近所の塀に当てないようゆっくりと車を走らせる。
(あ、でかい車って、いいな)
車は普通に走れてある程度人と荷物が乗せられればそれでいい、と思っていた敏樹だったが、初めて運転する高排気量の車の乗り心地に、少し感動していた。
狭い道路で慎重に車を切り返しながら、田畑地帯へと向かう。
実験用に選んだのは、耐久力の高いオークだ。
オークが単独で行動している辺りはなんとなくわかっているので、そのあたりで車を停めた。
そして、運転席のドアを軽く開け、ドアストッパーを改造して作ったストッパーを使い、わずかに開いたままの状態で固定する。
すると、フロントガラスの向こうに、こちらを訝しげに見るオークの姿が見えた。
(こうやって車の窓越しに魔物を見るってのは初めてだな)
フロントガラス越しに見えるオークは、いつもより随分と小さく見えた。
「おーっひ!!」
マウスピースを咬んでいるため少し間の抜けた雄叫びになったが、敏樹は気合を入れると、一旦バックして100メートルほど距離をおき、ギアを入れ直して一気にアクセルを踏み込んだ。
フロントガラスの向こうにいるオークが、猛スピードで近づいてくる正体不明の存在に、為す術もなく立ち尽くしているだけだった。
そして彼我の距離がゼロになった時――
「ブフォッ!!」
衝撃とともに運転席のエアバッグが作動した。
(そらそうなるわな……)
エアバッグの存在をすっかり忘れていた敏樹であった。
突然現れた真っ白いエアバッグに視界を奪われた敏樹は、急ブレーキをかけて車を停め、慌ててストッパーを外してドアを閉めた。
その後、腰に装備していたサバイバルナイフを取り出し、エアバッグを切り裂いていった。
エアバッグを切り外した後、敏樹は改めて運転席のドアを少し開ける。
フロントガラスの向こうには、当初の位置から10メートルほどふっ飛ばされたであろうオークが横たわり、ピクピクと痙攣していたが、やがて消滅した。
「おっひ!!」
ドアを閉め、一旦家に帰る。
ガレージに車を停めた後、降りて前面を確認したが、オフロードバンパーにわずかな歪みはあるものの、車体そのものは無傷だった。
「さっすがアメ車だな」
かくして敏樹は最強の物理攻撃手段を手に入れたのだった。
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