第27話『新たなボスエリア』

(学校はどうなっているんだろうか?)


 大下家から国道沿いのガソリンスタンドへ向かう途中、敏樹が幼少の折に通った小学校がある。

 何度かそれは目に入っていたはずだが、これまでは特に気にすることもなかった。

 しかしその時はふと視界に運動場が入り、行ってみたくなった。


 運動場へと通じる門は開いていたので、そのまま車で乗り込む。

 この日は米国製の大型車に乗っていた。


 運動場には何もなかった。

 しかし、それは車に乗っているからかもしれない。

 敏樹は運動場を一望出来る位置に車を停め、ドアを少し開けた。

 すると、運動場の中心に巨大な泥人形のようなものが現れた。


 下手くそな粘土細工で作り上げたような人の形をしたそれは、3メートル近い大きさであった。

 材質は土というより泥。

 見たところ固体と液体の中間のような質感で、あれだけ多く水分を含んだ土で何かを形作ることはおそらく不可能であろう。


(うーん、ゴーレム?)


 それの正体はよくわからないが、とりあえず敏樹はゴーレムと呼ぶことにした。


 敏樹の目にゴーレムが突然現れたように見えたのと同じく、ゴーレムの方でも敏樹の乗る車が突然現れたように見えたはずである。

 ただ、人の形をしているとは言え顔のようなものは認識できず、突然現れた敏樹を見てどう思ったのかは判別できない。

 特に驚いたような仕草もなく、ただゆっくりと敏樹の方へと体を向け、のそのそと歩いてきた。


「いっちょやってみるか」


 この車を買って以降、敏樹は常に耐衝撃装備を身に着けている。

 一応初撃対策として通常のシートベルトとは別にに四点式のシートベルトを装備している。

 これはディーラーに行って注文すればすぐにやってくれたのだが、どうやら三点式でないと公道を走れないらしく、三点式シートベルトも結構無理矢理な形で残されている。


 しかし、いくら耐衝撃対策を施そうとも、装甲車でもない以上体当たり攻撃というのは現実的なものではなかった。

 あれから何度か車での体当たりを試したが、意外と体に掛かる負担が大きいので雑魚戦ではあまり使わないことにした。

 車での体当たりを思いついたときは、国道を全速力でヒャッハーしてやろうと思っていたが、車体以前に体が持たないのである。


 しかし、いつ体当たり攻撃が必要になるともしれないので、この車に乗るときは耐衝撃装備を身につけるようにしていた。

 それが功を奏したようだ。

 まぁ装備していないならいないで、出直せばいいだけの話ではあるのだが。


 ゴーレムまでの距離はまだ充分にある。

 ストッパーで運転席のドアを少し開けたまま固定し、近づいてくるゴーレムを見据える。


「……とその前に」


 まだゴーレムの到着まで余裕があると見た敏樹は、助手席においてあったバックパックの中から双眼鏡を取り出した。

 この双眼鏡はかなり早い段階で購入していたのだが、余り使う機会がなかった物である。


 ゴーレムと言えば確認せねばならない情報を思い出し、一応見ておくことにする。

 双眼鏡越しにゴーレムを見る。

 頭を視界に捉え、ピントを合わせた。

 双眼鏡で見ると、やはり水を多く含んだ泥でできていることがよく分かる。


「んなことよりデコに……んー、ないかぁ」


 ゴーレムはひたいに『emeth(真理)』の文字がかかれているという。

 その文字は羊皮紙に書かれたものを貼り付けているとも、直接刻み込まれているとも言われているが、その『emeth』の頭の『e』の文字を消し『meth(死んだ)』に変えることでその活動を停止させることが出来る。

 しかし、目の前にいるゴーレムの額にはそれらしい文字はなく、一応見える部分を一通り確認してみたがやはり文字は書かれていなかった。

 先述したとおり、体当たり攻撃は体に掛かる負担が大きいので、使わずに済むならそれに越したことはなかったのだが、そうもいかないらしい。


「ふぅ……、じゃあしょうがないな」


 双眼鏡をバックパックに戻し、バックパックを一応シートベルトで固定し直す。

 そして敏樹はゴーレムをギリギリまで近づけたところで、ギアを入れアクセルを踏んだ。

 文字確認に時間を取られ既に結構な距離を詰められていたので、一旦ゴーレムを回避し、距離を取る。


 幸いこのゴーレムは動きが遅いので容易にかわすことが出来た。

 そのまま無人の運動場を走り、大きく方向を変えながら反転した。

 

 運動場の隅と隅で対峙する敏樹とゴーレム。

 

(たしか、ここからあそこまでまっすぐ100メートルだったっけ)


 それは幼少期、100メートル走の練習で何度も走ったコースだった。

 体当り後にある程度走り抜ける余裕が欲しいので、ゴーレムをひきつけつつ、ギリギリまでバックする。

 そして彼我の距離がおよそ70メートル、ゴーレムの向こう側に50メートルほど余裕が出来たところでアクセルを踏み込んだ。


 徐々に速度上がり、ゴーレムとの距離は数秒でゼロになる。

 トップスピードには程遠いが、それでも威力は充分に出るであろう速度で敏樹はゴーレムに激突した。


「ぬおぉっ!?」


 ドベシャア!! という、音と共に、車内に衝撃が走る。

 しかし、その衝撃は例えばオークやリザードマンとぶつかったときとは全く質が異なっていた。

 思ったよりも水分の割合が大きいらしく、衝撃は予想より小さかった。

 そして敏樹の運転する車はゴーレムを貫通して走り抜けた。

 泥水で前が見えなくなる中、敏樹は急いでブレーキを踏んだ。


「うぉっ……とぉ!!」


 激突による衝撃で速度は著しく落ちており、車はそれ以上何物にもぶつかることなく停止。

 敏樹は急いでストッパーを外し、運転席のドアを閉めた。


「ふぅ……」


 少し前のめりの状態で強張っていた体をシートに預け、息を吐きながら全身の力を抜く。


「うわぁ、ドロッドロ……」


 敏樹はワイパーを動かし、視界を確保する。

 何回かワイパーを動かしたが上手く泥水を取り除けないようだったので、ウォッシャー液を噴射し、視界を確保した。

 そこでふと気づく。


(あれ、泥水消えないな……)


 この泥水はゴーレムの体組織である。

 ゴーレムを倒せば消滅するはずなのだが、一向に消える気配がない。


 敏樹は嫌な予感を覚えつつも車を切り替えして反転させ、運動場が一望できる位置で運転席のドアを開けた。

 フロントガラスの向こうでは、何かを探すようにゴーレムがうろついているのが見えた。


「マジか……」


 敏樹はドアを閉め、一旦小学校を出ることにした。



**********



 小学校を出た敏樹は、以前訪れた外科医院やうどん屋のある道を北西に向けて車を走らせた。

 目指す先は別の小学校。

 町内には全部で小学校が5つある。

 さらに、中学校と高校が1つずつ。

 それぞれにボスが出るのか、一応確認しておこうと思ったのである。


 そして別の小学校に到着。

 車のまま運動場に入り、ドアを開ける。

 やはりそこには人型の大きな魔物がいたが、それは炎に包まれていた。

 わずかに開いたドアの隙間から、ムワッとした熱気が入り込んできた。



 

 とりあえず敏樹は炎のゴーレム――ファイアゴーレムと呼ぶことにした――を無視し、他の学校を回った。

 他の学校もそれぞれ特徴的なゴーレムらしきものが現れた。

 ガラスで出来たようなものは、ドアの隙間から冷気が入ってきたのでおそらく氷で出来ているだろうと予測し、アイスゴーレムと。

 なにやら光を放つ人型のものは、時折体表にバチバチと電撃が走っていたのでサンダーゴーレムと。

 カンフー映画の練習台になりそうな木で出来た人型のものはウッドゴーレムと。

 そして最初に遭遇した泥で出来たものはマッドゴーレムとそれぞれ呼ぶことにした。

 とりあえずウッドゴーレムであれば体当たりで倒せるのではないかと試してみたが、激突の衝撃でバラバラにはなるものの、すぐに組み直されて動き出した。


 中学校と高校にも行ってみたが、それぞれ門は開いているものの進入することはできなかった。

 ちょうど、町境や民家に入れないのと同じような状態である。



「どいつもこいつも体当たりが効かねぇ!!」


 家に帰り、ガレージに車を停めてエンジンを切った後、敏樹は思わず叫んでしまった。

 せっかく手に入れた最強の物理攻撃である。

 次のボス戦で大いに役立つだろうと期待したのだが、どうやらアテが外れたようだ。


 体当たりが効かないといっても、試したのはマッドゴーレムとウッドゴーレムのみである。

 しかし、ファイアゴーレム、アイスゴーレム、サンダーゴーレムに体当たりが効きそうかと問われれば、首を傾げざるを得ない。

 

(ってか、アレに突っ込むとか無理)


 結局のところ、物理攻撃での力押しという安易な方法で倒せるようなボスはいないらしいと諦めた敏樹は、攻略方法を見出すべく知恵を絞ることにした。

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