第12話 ふたりの合言葉
虚空へと消え去る大螺旋を見送ったドラグとセイル……光鉄機の三人は、先の戦いで膝を地に屈した嵐剣皇に注意を移す。
そこには、大地に立膝をつき
少年少女は、これまでの戦いで同じものを幾度となく目にしてきた。
「ら、嵐剣皇!」
「そんな……嘘でしょ……夕、さん」
それまで半透明の鈍色を湛え柔軟に形を変えていた躯体が、急激に石灰化し容易く崩れ去るカタマリと化す。
DRLによって身体を成す者達が
「「ハジメ、マイ……俺たちにできることは……もう、ない。一つを除いて、何もない……」」
少年少女は、せめて残された“一つのこと”をするしかなかった。
仲間に間もなく訪れる『死』を受け入れ見送ることだけが、彼らに許されていた――
*
コクピットに灯る明かりは弱々しく、睡魔に抗う者の視界によく似た間隔で緩やかに照度を強弱させている。
彼は、つとめて穏やかな口調でコクピットの中の彼女に声をかけた。
「ご苦労様、夕。これですべてが終わる……」
照明が弱まり、コクピットを薄闇が包む。
だが、すぐにまた頼りない明かりが灯る。
声の主が今現在どのような状態なのかは、“搭乗者”にはもうとっくに分かっていた。
だからこそ、一句でも多く彼の言葉を聞いておくべきだと思い、彼女は敢えて何も言葉を発しないでいる。
「どうやら私の役目も、これで……」
嵐剣皇は、自らの自我を根底で支えていた『薙瀬夕を護る』という命題を果たし通した。
代償は彼のドリル。
ドリルはDRL躯体に共通して発生する中枢器官である。
ドリルを失うことは、すなわちドリルロボの死だ。
嵐剣皇は間もなく、先の淵鏡皇と同じく躯体を崩壊させるだろう。
薙瀬夕にとっては、国主明彦の声を、意志を宿したパートナーとの永遠の別れを意味する。
「夕――すまない。君といつまでも共にあることができなくて――」
絶えず不安定に明滅する彼女の視界は、今は更に滲み霞んでいる。
夕は敢えて笑顔をつくり、震えそうになる声に精一杯芯を通し、喉奥から声を絞り出す。
「……本当、謝ってばかりね、嵐剣皇。自分の――最期くらい、人のこと考えなくたって、いいのよ」
彼女の手はいつしか自然と、自身の胸元に添えられている。
左手の薬指を右の掌で包むようにして。
自分の愛した国主明彦は既に死んだ。
彼の遺志を宿したパートナーも、今滅びようとしている。
「私は彼とあなたの思いを抱いて生きていくわ。必ずよ」
せり上がる悲しみは、いま少し、いま少しだけ、胸の中に留めて。
「閃く風――」
夕が、吸い込んだ息を詠うように言葉にする。
「――廻る剣」
嵐剣皇が応える。
頷いた夕の顔には、心からの微笑みが浮かべられた。
「私たちの合言葉、絶対に忘れないから」
彼女の顔は、彼にはきちんと視えている。
嵐剣皇の思考回路は、幸福の信号で充たされた。
今際の際にこれほどの手向けはない、と。
「護ってくれてありがとう――嵐剣皇」
「夕……君に会えて、良かった――――」
嵐剣皇の石灰化した巨体が静かに横たわる。
もはや往時の気配も質感も、完全に失われていた。
*
輝きを失ったモニター。暗闇に覆われたコクピット。
急速に色褪せていくコクピットの天井から、不意に何かが落ちてきた。
拾い上げると、透き通った銀色の指輪。
――たとえ離れ離れになってしまっても、必ず巡り会って一対に戻る永久のエンゲージ・リング。
握り締めると、ここまで押し留めていたものが一度に溢れ出す。
夕は上半身を丸めるように屈め、中心に絆の残滓を抱き、両肩を震わせた。
石灰化したコンソールに、幾度も雫が落ちては染み込む。
「ずっと一緒よ……私たちは、ここに、いるから……ッ」
骸と化した彼の体内で、夕の嗚咽だけが響いていた。
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