第8話 激突!ドリル対ビーム!

所は一同の集合場所として定着した鍔作オーパーツ、舞の自宅の居間。


ちゃぶ台を囲む四人の男女。

うち二人は中学生の少年少女。

一人は黒髪の眼鏡女性。

そして最後の一人は山脈のような肉体の大男である。


「宇頭芽彰吾よ。“ヨロシク”ね」


ただ名乗っただけであるが、小柄な舞の肩が小さく震える。

「戦ってたのがまさか“子供”だとはね……ちょっと“予想外”だったワ」

視線を向けられ、少年少女が固まる。

あからさまに怯える舞ほどではないが、基も彰吾の厳つい風貌と独特の口調に言い知れぬ緊張を覚えていた。


「見たところ“中学生チューボー”でしょ?学徒動員だなんて、地上ってそんな“ヤバい”状況なわけ?」

「彼らが戦いに巻き込まれたのはあくまで偶然だ。あのような戦闘が日常的に起きているわけではない」

即座に返答できない当事者たちに代わり、嵐剣皇が端末越しに説明する。


「“偶然”ね。それはまたトンでもない“災難”もあったもんだわ」

「「一つだけ訂正させてくれ。ハジメもマイも、自らの意思で戦うことを選んだ。決してなりゆきではない」」

頭に直接響くような少年の声に、彰吾は基に向かい眼を剥く。隣に座った舞が涙目になった。


「あ……今の、僕じゃないんです」

「じゃあ“誰”よ」

「「俺は礼座光。今はハジメとマイの力を借りている身だ」」

「その光君はどこから喋ってンの」

「「今の俺に肉体は無い。短距離念話で直接語りかけているのだ」」


基と舞は、それぞれ身に着けたブレスレットとリングを見せ、光の説明を補う。

ついでに光鉄機の説明を受け、額面上には理解を得た彰吾であるが、腑に落ちない表情はそのままである。


「そんなに考え込まなくて良いと思いますよ。どうせそのうち直接見ることになりますから」

夕のかけた言葉で彰吾はようやく思考を打ち切ることにした。

「……アンタ意外と大雑把よね」


「彰吾さんは、夕さんの手伝いをするんですよね」

基は夕から呼び出された際に聞いた内容を再確認した。

「ええ、そのつもりよ。夕もしばらく此処に“居る”ってことだから、アタシもそうすることになるわね」


「そういえば彰吾さん、滞在中はどこで寝起きするつもりですか?」

夕に問われて初めて気がついたとばかりに、彰吾の口から「あー」と声が漏れる。

「そりゃ、淵鏡皇の中よ」

彰吾にとっては思案するまでもない問題だ。これまでの道中にしてきた生活を続けるだけである。


「そんな。体がもちませんよ?」

「アタシ、昔ッからマシンと“添い寝”すること多かったから割と“平気”なのヨ。むしろその点だけなら“楽しい”わ」

さらりとカミングアウトする彰吾に、感覚を理解できない夕は数ミリあとずさった。


「あ、あのっ!良ければウチに泊まりませんか!?」

彰吾と夕のやり取りを聞いていた舞が、上ずった声で申し出た。

「夕さんも今、ウチに居るんです。まだお部屋はありますし……!」


「気持ちだけ“もらって”おくワ」


少女の申し出に、彰吾は断りの即答をかぶせる。

「アンタたちにゃ分かんないかもしれないけど、本当に“平気”なのヨ。そこまでしてもらう“義理”も無いワ」

当人にそこまで言われれば、夕も舞もあえて世話を焼くことはないと判断した。


「……それに、あまり“背負う”余裕も無いの」

付け加えるように呟いた彼の言葉に基は疑問を感じたが、聞き返すことはできなかった。

彰吾が自分たちと一定の距離を置こうとしていることに気づいたからである。



遥か昔は人の住む街並みであったろう石畳の路に、今は木々が茂っている。

早朝、霧が立ち込め白んだ緑を掻き分ける影が一つ。


大木を見下ろす巨躯は赤銅色の筋骨が漲り、四肢は木々をこともなくなぎ倒しながら悠々と歩く。

牙を剥いた大型類人猿に似た顔面、その額からは一本の角が生えている。


一本角の赤い巨人。

その行く手を遮り、地中からもう一人の巨人が姿を現した。

超物質DRLの躯体に白い機械の四肢を持つドリルロボ、淵鏡皇である。


会敵からおもむろに踊りかかる赤銅の巨躯。

鋭利な爪を備えた豪腕をかわすと同時に、淵鏡皇は脚部のローラーで大地を滑り距離をとる。

敵の有効射程から逃れつつ背部の機関砲を展開。精確な射撃で胴体を狙い撃つ。


「ち、何よあの皮膚!」


秒間数十発の速度で発射された弾丸は、常軌を逸した弾力を持つ赤銅色の皮膚により肉体への貫通を防がれている。

ともあれ巨人をその場に縫い付ける程度の働きは見せており、無防備な体に炸裂する誘導弾ミサイル噴進弾ロケットを見舞うことができた。


朝靄に代わり、濃密な爆煙が視界を覆う。

彰吾は用を成さなくなったメインカメラから目を逸らし、熱源探知モニターを注視する。

熱量を色で報せる画面は、目標が赤々と健在であることを示していた。


「……“”でいくわよ!淵鏡皇!」


ハンドルを捻り動力ユニットの内燃機関を爆動させる。

同時に、淵鏡皇の頭部に搭載されたセンサー・ユニットが鋭く発光した。


硝煙をくぐって飛び出してきた赤銅の拳に、白鋼の鉄拳が交差する。

淵鏡皇の拳が巨人の右顎を捉え、そのまま振り抜かれた。

殴られた巨人も怯むことなく左の拳を振るい淵鏡皇の肩口を叩く。


コクピットにまで伝わった振動に、彰吾は舌を打つ。

紙一重で回避するつもりが、敵の拳速が思ったよりも速かったのだ。

だが、それで機を失する彰吾ではない。先の一撃から体制を整えるまでのごく僅かな隙を逃すことはないのだ。


持ち前の操縦技術と、少年時代から積み重ねてきた無軌道格闘ケンカの経験を駆使して瞬時に状況を打開する一手を放つ。

それは健在な左拳によるアッパーカットであり、巨人の顎先に吸い込まれるようにめり込んだ。


「ウソでしょ!?」


攻防で上手うわてを行っていた筈の彰吾が驚愕に目を見開く。

強かに顎へ打ち込んだ淵鏡皇の左拳が、巨人の首の力だけでその場に押し留められていた。


「アタシ達が“役者不足”……?そんなこと無いわよね、淵鏡皇!」

ハンドルのトリガーを引き、左腕に内蔵されたロケット弾をゼロ距離で発射。

拳が押し当てられた魔族の顎で二発の弾頭が炸裂する。


赤銅の巨人は倒れるどころか、むしろ顎を引き怒りに燃えた凶眼で淵鏡皇を睨みつけた。


巨木の根のような指を装甲に食い込ませ淵鏡皇の左腕を掴むと、凄まじい膂力でもって自身の顎から引き剥がす。

そして鋼鉄のスパイクの如き牙を剥き、先程打ち据えた淵鏡皇の右肩口に噛み付いたのである。


「躯体を直接……!この!」

掴まれた左腕を振り解こうとするが、敵の膂力は淵鏡皇の馬力スペックを上回っていた。

彰吾が自爆覚悟のミサイル一斉射を敢行しようとした時、躯体を貪る巨人魔族の背後に紅の影が現れたのに気付く。


地中から音も無く姿を見せた嵐剣皇は、あたかも組み付いた巨人達の影から浮上したかのようである。

気配を完全に遮断した紅の両腕が、淵鏡皇の躯体DRLに牙を食い込ませる巨人の首に絡みついた。

完全に極まった裸絞めが、赤銅の巨頸を鋼鉄の大蛇の如く締め上げる。


「彰吾さん!」

外部スピーカー越しに夕が呼びかけるより早く、彰吾はハンドルとフットペダルを操る。

巨人の拘束を脱したその足で、巨人の右膝に踏み込み小跳躍。同時に胸部の大ドリルが高速回転。

嵐剣皇が固めた巨人の側頭部めがけ、ボディプレスを見舞う。


弾丸では致命打を与えられなかった巨人の外皮も、ドリルの直撃には耐えられない。

瞬く間に角の生えた頭蓋は抉り取られ、赤銅の巨人魔族は“絶命”した。

その傷口から血液や脳漿が飛び散ることはなく、代わりにガラス繊維状の微塵が足下の木々に降り注ぐのみであった。


「遅くなってすみません」

躯体に損傷を負った淵鏡皇を見て、夕が謝罪する。

それは裏の無い労わりであるがゆえに、力不足を思い知らされた男の胸中に一層の渋味を広がらせた。

彰吾はせめて声色だけでも平静に保つよう意識する。


「いえ、助かったわ。しかしアンタも随分“ムチャ”するのね。あの時アタシがブッこまなかったら、嵐剣皇そっちだって“タダ”じゃ済まなかったでしょ」


彰吾は各ドリルロボのスペックを全て把握している。

痩躯の嵐剣皇は特殊戦術による撹乱や奇襲を旨としており、単純な耐久性やパワーで淵鏡皇に劣る。

先刻は不意を突いたことで魔族の拘束に成功したが、所詮一時的なものであっただろう。


「あなたなら必ず“やる”と思いました」

彰吾の問いに、夕はきっぱりと言い切った。

「……大したタマね」

今度は手放しに感心する彰吾に、夕が続ける。


「なにしろ、実際に頭を掴んで放り投げられたことがありますから」



「「こいつは『鬼』だ」」


鍔作オーパーツの上階、舞の自室の壁に映し出された記録映像を見て、光が驚きの混じった第一声をあげた。

「ホントにツノとか生えてるんだ。御伽噺そのままだね」

以前から妖怪や怪奇現象に関する文献を濫読していた舞が、映像に見入る。

「「鬼は魔族の中でも高い知性と戦闘力を持った最上位の存在だ」


光の解説に、彰吾は首を捻った。

「“知性”?たしかにとんでもない“馬鹿力”だったけど、アイツの動きに“そんなの”は感じられなかったわよ」

「「本来の鬼ならな。それゆえに地上に現れることは滅多にない」」


その回答に夕が口を挟む。

「あの本能剥き出しの動きは異常だって事ね。でも、滅多に現れないってどういうこと?」

「「この地上に現れる魔族は、奴らの住処での生存競争に敗れた者達に過ぎない。強者に位置する鬼が意味も無く地上にやってくることはありえないんだ」」


「礼座光。君は随分と魔族に詳しいのだな」


今度は嵐剣皇が端末越しに問う。

代わる代わる質問が飛び交う度に、基と舞が身に着けている光の欠片が明滅して言葉を発している。


「「……奴らとは長い付き合いでね。しかし、この街に現れる魔族は異様だ。通常よりも巨大化していたり、現れるはずの無い種族が現れている。奴らの棲み処に何かが起きているのかもしれないと、俺は思う」」


「その何か、ってヒカルには見当がついているのかい?」

ブレスレットに直接呼びかける基の横では、舞が自分の額に手をやり知恵熱を冷ましている。

「「残念ながら、肝心のところが分からないんだ」」

「アタシは何となく“分かる”ワ」


言うと共に、その場に集まった者の視線が一斉に彰吾に向いた。

「“鬼”は、淵鏡皇の躯体を……。それに、吹き飛ばした首から出てきたのは“血”や“骨”じゃあなかったワ。ねえヒカル。鬼ってのは、体は“鉱物”で出来てるワケ?」

「「いや。鬼の身体は強靭だが、基本的には人間と同じく血の通った肉と骨で出来ている」」


本来の鬼を知る者から裏づけを得た彰吾は、短くため息をつく。

「“鬼”の体にみっしり詰まっていたのは間違いなく“DRL”ヨ」


その事実は、今地上に起きている異常事態の当事者が誰なのかを示唆している。

彰吾は――おそらく自分と同じ結論を導き出しているのであろう――神妙な顔をする薙瀬夕に目を合わせ言った。


「どうやらアタシたち、あまりココに“長居”しちゃいけないみたいね」



鬼の襲撃から一夜明け、夕と彰吾はこの街を発つことを決めた。


件の鬼だけでなく、これまでに出現した魔族も、目的は超物質DRL――嵐剣皇や淵鏡皇に誘引されていたと見て間違いはない。

魔族はDRLによって何らかの影響を及ぼされている。

地底世界の因縁が、地上の平穏を破ったのだ。


降り掛かる火の粉を払うだけでなく根本から消し止めるには、真実を確かめる必要がある。


目指すは魔族の棲み処。

遡ること千年前の災厄よりも更に昔――遥かなる古代から魔族と戦ってきた退魔士達が『地獄界』と呼ぶ場所。

そこが彰吾にとってのしるべであり、夕にとっては越えるべき壁である。


「“ジャマ”したわね。一宿一飯の恩……ってだけでもないんだけど、後のことはアタシたちが引き受けるワ」

鍔作オーパーツの店先には、身支度を整えた彰吾に夕と見送りに出た杜眞理、舞、基も駆けつけていた。


「宇頭芽彰吾。淵鏡皇の躯体は未だ再生を終えていない筈だが大丈夫か」

「気を遣わなくて良いわよ嵐剣皇。暫くは“片腕”だけで切り抜けてみせるワ」


「杜眞理さん、短い間でしたがお世話になりました」

「夕さんが頭下げんでもエエよ。こちとら何の力にもなれんでナ」

「基くん、舞ちゃん、あなた達に会えて良かった。光も……ありがとう」

彰吾に促され踵を返す夕。


「夕さん、彰吾さん!待って!!」

二人の背中が遠ざかる前に、意を決した基が引きとめた。

「僕も……僕たちも連れて行ってください!」


「アンタ、“自分”がナニ言ってるのか分かってる?」

振り向いた彰吾が眉間に皺をよせる。

少年・基と、傍らに立つ少女・舞は大男の視線を懸命に受け止めていた。


「昨日、基とヒカルと話して決めたの。地上を護るために戦うって。だって、私たちは『光鉄機』だから」

舞の言葉に基も頷く。一方で祖母は、孫娘の宣言を黙って見守っていた。


「ついてこないで」

宇頭芽彰吾の発した一言が、鍔作オーパーツの店先にて冷淡に響く。

少年少女の決意表明は一蹴された。


「ハッキリ言うわ。アンタら“死ぬ”わよ」

年端も行かぬ少年少女を死地に連れて行く訳には行かぬ。

その思いの根底にあるのは独善的ヒューマニズムではなく、利己的な思いであった。


彼は今、恐れていたのだ。

思い返せば、九十九も、時命皇も、先の鬼も、独力で勝利することの敵わぬ相手であった。

今の自分と淵鏡皇が歩もうとしている道は、明らかに身の丈を超え始めている。

自らの身すら危うかろう。

そのような恐れを抱きながら、彼らの命を背負うことは出来ない。


「死ぬつもりはありません。僕たちは生き抜くために戦うんだ」

彰吾の拒絶に対し、少年はあくまでも真っ直ぐだ。

純粋な思いは抜き身の白刃のようで、倦んだ男の心には痛い。


「知った風なクチをきくンじゃねえ!!」


気がつけば、恫喝の怒声が口をついて出ていた。

一拍おいて胸焼けのような自己嫌悪が腹の底から込み上げる。


彼の振る舞いを見た夕は何かを言おうとしたが、巨漢と少年少女を見比べてから声を喉奥に引っ込めた。


それこそ鬼のような威圧感のある彰吾の恫喝に、基は口を固く結び、瞳を逸らすことなく向き合う。

舞は目が潤みはしているものの、同じく気丈に大男を見上げている。


「……少なくとも、“根性”はありそうね」

ばつが悪そうに目を逸らしたのは彰吾の方である。

「悪かったわね。この所“負け”がこんでてね……いや、アンタたちには“関係”ないことだわね。だけど、“死ぬ”かもしれないってのは本当のコトなのよ。いいの?」


「はい」

その問いに応えた二人の声は、確かに決然としていた。

同行を認めることには未だ葛藤はある。

しかしながら、少年少女の向けてきた曇りなき眼差しは、倦み疲れた男の心を幾分か触発するだけの力を持っていたのだ。


若い彼らのやり取りを、鍔作杜眞理はひたすら黙って見守っている。

世に起こる全てを、ありのまま呑み込むかのように――――



「一応“話”はまとまったけれど、問題は行程よね」


目的地は嵐剣皇の記憶メモリーにある国主明彦の故郷――退魔戦士の隠れ里である。

当初は、敵襲の可能性を排した地中路をひたすら往くことを考えていた。

だが基たちが同行することを自らが認めた今、彼らの負担をまったく考慮しないわけにはいかないと思ったのだ。


「あああああ!」

考えあぐねている彰吾の後方を指さして、舞が頓狂な声を発した。

「ちょっと、何!?」

「あれ!お、鬼……!けど!!」


振り返った彰吾と夕の肉眼でも捉えられるほどの距離に、周囲の建造物の屋根を見下ろす巨体が立っている。

見覚えのある赤銅色の筋骨漲る四肢のシルエット。昨日たしかに絶命に至らしめた筈の鬼である。


「舞ちゃん、ちょっと違うってどういうこと?ここからじゃ私たちだとはっきりわからないの」

夕の問いに気が付いた舞が、見えたままを口にした。


「昨日見た鬼だけど、頭と腕がドリルなの!!」



白昼の街中に突如現れた鬼は、まさしく舞の言葉の通り。


右肘の根本から伸びた鈍色の円錐螺旋ドリルは自在に回転しており、これを用いて地中から街中へ侵入したことがわかる。

先に淵鏡皇によって粉砕された頭部の代わりに、DRLの“原石”、歪んだ螺旋がすげ変わっていた。


「!やめて……!」

いっそう異形となった鬼を注視する舞の瞳が、驚きと恐怖に見開かれる。

鬼が右腕のドリルを乱雑に振るい、周囲の建造物を破壊し始めたのだ。

その様子は視覚を共有する礼座光にも伝わっている。

「「あれはもはや上位魔族たる鬼ではない。混ぜ物の怪物だ」」


「止めるわよ、嵐剣皇」

夕がテントウムシ型の端末に呼び掛けると同時に足元が微震。

「夕、“出撃”はちょっと待って」

制止を訝しむ夕に、彰吾は腕組みして言う。


「基。舞。アンタらの“根性”見せてみなさい」


他の者が顔に疑問符をはりつけている。

彰吾は腕組み仁王立ちを崩さず、言い放つ。


「アンタたちだけであいつを“やって”、街を守ってみせるのよ」


「ちょ、彰吾さん何言ってるの!?」

「昨日の“映像”見たでしょ。これから先相手にするのは“ああいう”ヤツらよ。正直に言うわ。今のアタシにはアンタたちを“守る”ことなんてできっこない」


基は、心情と共に本音を吐き出す彰吾の顔をじっと見つめその言葉を聞く。

「光鉄機だけで“やれ”るかどうか。できるならアンタたちは“生き”て帰って来られるかもしれない。できなきゃ、さっきも言ったけど……“死ぬ”わ」


「やってみせます。彰吾さん、夕さんも……そこで見ていてください」

心配そうに見やる夕を振り切るように、基が傍らを通り過ぎ、破壊活動を始めた鬼を遠目に睨む。


「舞、いこう。僕たちの街を護るんだ」

「う、うん……うん!」

少年の後に続いた舞の背を、静観しているかのようであった祖母が呼び止めた。


「舞、基くん」

彼女の両手には、石が握られていた。火打石である。

鍔作杜眞理は、名を呼び止めた以上には何も言わず。最愛の孫娘とその幼馴染の背に向けて火花を切った。


「「光鋼鍛着アークビルド!!」」

少年少女の身体が白昼の太陽に負けじと輝く。

若き地上の守護者が二人。異形の鬼へと今、立ち向かう。



ドラグの左腕に輝く篭手が精命力オーラの紫電を帯び、瞬時に稲妻の槍を形成する。

低く鋭い跳躍数回で間合いに入り、最初の打ち込み。電槍とドリルが切り結ぶ。


体格差は即ち膂力の差であり、鬼の右腕一本は龍人の両腕と拮抗した。

鬼の左腕がドラグの尾を掴みにかかる。


瞬間、鋭い爪を備えた手の甲が閃光に叩かれる。

「これだけ近ければ、絶対に外さないんだから!」

ドラグと鬼から離れること二十歩の空中から、セイルが右剣指を構えていた。


セイルは続けて鬼の足元をめがけ光線を水平に連射。巨体の足捌きを路上に縫い留める。

その隙に電槍を霧散させたドラグは鬼の胴を蹴って後方へ跳躍。

青空のもと蒼身を躍らせ、再び掌中に凝集した稲妻を赤銅の巨体めがけ投げ放った。


しかしながら、二人の敵たる鬼は単なる的ではない。

闘争本能の塊であるその魔物は、巨腕の届く傍らにあった建造物を無造作にもぎ取りそのままサイドスロー。

コンクリートの巨塊は真正面からドラグの電槍と激突し、破片が二体の光鉄機を襲う。


「舞、危ない!」


龍人は超越的な瞬発力でもって垂直に跳躍。

自分へ向かって飛んできた破片を蹴り、空中で二度目の跳躍。

躍り出たのは朱色の翼人の正面である。

四肢に精命力を帯電させ、飛来した礫と同じ数の拳と脚を瞬時に放つ。


「大丈夫!?」

「う、うん!」

セイルを守ったドラグが着地。

足元への射撃による影縫いから脱した鬼とは距離を置き、仕切りなおす体となった。



「基くん、舞ちゃん、ダメ……それじゃあ勝てない!」


嵐剣皇に乗り込み見守る夕が、我が事のごとく焦りを口に出した。

戦場となった街の地下には紅と白のドリルロボが潜伏し、各々がワイヤーや設置型のカメラから戦況をモニターしている。


「夕、“口出し”は無用よ」

同じく淵鏡皇のコクピットに座す彰吾は、通信機越しに夕を制した。


二人の光鉄機は、ドリル鬼を相手に決定打を与えられぬままでいた。

光鉄機の力の源は辰間基と鍔作舞の精命力オーラである。

言わずもがなそれは有限。膠着した攻防を続けることは、座して死を待つに等しい。


今にも地表へ突出しそうな夕に、彰吾は諭すように言う。

「“助言”があれば、あのコたちはきっと“勝てる”わ。でもね……アタシたちは“手駒”が欲しいワケじゃないでしょ」

更に言葉を継ぎ、念を押す。

「一緒に行こうって仲間を“信じ”なさい」


声を飲み込んだ夕は一度深くため息をつき、それきり黙ってコクピットのモニターを凝視した。

彰吾もまた、瞬きを忘れるほどにモニターを睨む。


「アタシも“信じて”るからね」


ハンドルを握り締めた掌には汗が滲んでいた。



戦闘による急激な精命力の消耗は、疲労感となって基と舞に圧し掛かる。

二人と五感を共有している礼座光にも、光鉄機が劣勢に立ちつつあることは分かっている。


礼座光――歴戦の光鉄機アイエンもまた沈黙を保つ。

彼の中で揺るがないのは、友人たちが独力で試練に打ち克つという確信だ。


「何とかしてあいつに大きな隙を作らなきゃ、攻撃が通じない!」


そう言う基であったが、ドリル鬼と対峙したまま動けないでいた。

打開策が浮かばず次手に移れないのだ。


「基、やり方を変えようよ」

空中に留まって敵を牽制していたセイルが、ドラグのすぐ傍に降り立ち言った。


「次また私の方へ何か飛んできても、放っておいて。構わず鬼を攻撃するの」

自他の別なく“誰かが傷つくこと”を恐れ続けていた舞から思わぬ言葉が聞かれ、幼馴染の少年は動揺を覚える。


「遠くで見てるからかな、わかってきたんだ。私たち、チャンスを掴めてないって」

空を自在に舞う翼人セイルとなり文字通り戦いを俯瞰していた舞は、劣勢の原因に気づき始めていたのだ。


「私も基をかばわないよ。二人で攻撃を続けようよ」

朱色の翼人が、右腕と一体化した光弓を構え前方のドリル鬼を眼で捉える。

視界の片隅で、蒼い龍人が頷くのが視えた。



完全に体勢を立て直したドリル鬼が並び立つ光鉄機に向かってくる。

剛脚が道路を蹴る度に地鳴りが響き、傍の建物が揺れる。

ドラグは腰を落として迎撃体勢をとり、セイルは赤い残像を残し急上昇した。


地上に残った龍人めがけ、鬼の右ドリルと左爪が暴風のごとく振るわれる。

龍人は四肢に精命力オーラの紫電をまとわせ、拳と脚で応酬。

足を止めてその場に留まり、敵の打突を紙一重でかわしながらの拳戟である。


時にドリルや爪の先端が蒼い鱗で覆われた装甲をかすめるが、基は怯まない。

鬼が一撃振るう間に二撃三撃と電打撃を打ち込む。


打撃戦を続けるうちに、鬼の動きがごく僅かずつではあるが緩慢になってきた。

「効いてきたみたいだな!」

ドラグが拳脚に纏わせた紫電は打ち込む毎に鬼の体内に残留している。

毒蛇が牙から血液を通して獲物の神経を侵すように、龍人の電撃は鬼の経絡に作用し身体の自由を奪うのだ。


鬼は強烈な麻痺に体を縛られながらも、油断ならぬドリルの一撃を振り下ろす。

まともに受ければ致命必至。

ドラグは敢えて前方へ踏み込み、打ち下ろされる右腕の根元に密着した。


「舞ーッ!!」

上空へ向け叫びながら、一瞬にして左手に携えた雷の槍を鬼の右わき腹に突き立てる。

体のバランスを崩した鬼のドリルが、蒼い龍人の背後に伸びた影を貫いた。


腰に武者振り着いたドラグを抱えるように前屈したドリル鬼の背中は、上空500メートルに滞空するセイルにとって狙うのはあまりにも容易い。

真下に向けた右の剣指が明滅し、十を超える光条が鬼の背中に降り注いだ。


「隙が……できたよッ!」

セイルが急降下を始める。

放たれた光の矢は敵の体を貫いただけではない。

先にドラグが打ち込んだ電撃の留まる部分を精確に撃ち抜き、より強力な精命力の戒めで鬼を大地に“固定”したのである。


「「ハジメ、マイ、今こそ二人の精命力をひとつにするんだ!」」

遂に絶好の機を切り拓いた二人の脳裏に、礼座光の声が響く。


「うん!」

友の呼びかけに、二人の呼応がユニゾンする。

声と共に脳裏へ流れ込む光の意思は、ドリル鬼を必殺する手段わざを伝授するものであった。


全身に光を帯びたまま微動だにすることを許されないドリル鬼の目前に、蒼と朱の光鉄機が並び立つ。

蒼き龍人・剛電ドラグの左腕と朱い翼人・翔炎セイルの右腕が交差し、互い違いになった掌が鬼へ向けて開かれた。


光鉄機の体内に巡る精命力が巨大な奔流となり掌の先に蓄えられ、周囲の視界を白ませるほどの閃光を放つ。

あたかも二つの小太陽が並んでいるかのようである。

その輝きが最高潮に達した時、光鉄機最強の必殺光線が発射される。


「「「クロス・フラッシャー!!!」」」


可視化発光するほどに凝縮された精命力オーラが、指向性を持った閃光ビームの波濤と化した。

放射目標はDRL混合魔族・ドリル鬼だ。


無数の弾丸を弾き返した赤銅の皮膚も、ビルを手折り軽々と放り投げる強靭な筋肉も、万物を破壊する力を秘めた螺旋の超物質も。


全てが一瞬にして閃光の中に消えた。



「“上出来”だったわよ」

夕が準備しておいた“着替え”に袖を通した二人に、彰吾が労いの声をかける。

戦いを終えた少年少女も、それを見守り続けた大人たちも、一様に安堵の表情を浮かべていた。


「まあ“よろしく”ね。ついて来るからには“アテ”にしてるわヨ」


地底の戦士・ドリルロボに地上の守護者・光鉄機は巡り会った。


諸悪の根源を確かめるため。

使命を受け継ぐため。

因縁に決着をつけるため。


今の世を生きる彼らは、これより『地獄』を目指す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る