第3話 姿見

宇頭芽彰吾の家は小さな機械メーカーを営んでいた。


優れた機能を持つマシンを魔法のように作り上げる職人の父と、それを支える母。


両親の愛を感じ、両親を誇りに思い、彰吾は幼年期を過ごした。


父は掘削装置――ドリル作りを得意としていて、彰吾も作り方を教わった。

彼にとって、ドリルは家族との絆の象徴で、兄弟のような愛着を感じていたのだ。


彰吾がちょうど思春期を迎えた頃、有限会社・宇頭芽建機に転機が訪れる。


当時実用化がいよいよ形となってきていた超物質DRLの主力商品設計を、採掘都市の機械担当者から依頼されたのだ。

長年の地道な仕事が実を結び世に認められたと家族みんなで喜んだ。


ちょうどその頃、彰吾には始めてのガールフレンドができる。

父に付き合い始めたことを報告したら、驚くほど喜んでくれた。


DRL正式実用化第一号である掘削移動両用ドリルマシンは最初に採掘区画の作業用として、次に市街地での常用として、瞬く間に採掘都市に普及した。

その後も次々とヒット商品を生み出す宇頭芽建機は採掘都市の発展と足並みを揃え急速に大きくなっていったのである。


事業が拡大するにつれ、宇頭芽家の生活は一変した。


かつては事務所と作業所を兼ねていた自宅は豪邸に建て替えられ、居住区画の一等地に専用のオフィスビルも建設され。

両親はオフィスビルの最上階で仕事をするようになり、彰吾はかつてのように父が作業する背中をみられなくなった。


彰吾は、かつて両親に感じていたものを感じられなくなっていた。

帰りの時刻が遅くなっていくことから始まり、やがて月に数回姿を見るかという状態に至る。

たまに戻ったかと思えばすぐに職場へ戻り、彰吾は数人の家政婦が働く広い家に取り残されるのが常であった。


変ってしまった両親に意趣を返すように、彰吾は非行に走るようになった。

とにかく、いまの両親が貪欲にかき抱こうとする『価値あるもの』を、身を持って否定し続けたのだ。

エリートが集う進学校には籍だけを置き、無軌道な若者たちと徒党を組み夜な夜な原動機付きマシンの集団危険走行や対立グループとの喧嘩を繰り返した。

異性への興味が持てなくなり、ガールフレンドとの交際もやめた。


両親は、そんな彰吾に見向きもしなかった。

あれほど愛していた一人息子に何ら関心を持てなくなったかのようであった。


彰吾にとって自身と結びつきを感じられるものは今やドリルだけ。

今の父は、ドリルを商売の手段としてしか見ていない。

母も富に飾られた現在の生活を持続させることに心血を注いでいる。


親に祝われることなく成人を迎えた誕生日。

彼は、自らが最高のドリルマシンを作り上げることで両親と自身の間にけじめをつけようと決心する。

意地とも野心ともつかぬ情念を胸に秘め、その日のうちにただの箱と成り果てた生家を飛び出した。


こうして、宇頭芽彰吾は穿地研究所の門を叩いたのである。



損傷した虎珠皇の修理作業を、彰吾は複雑な思いで行っていた。


『最高のドリルを作る』という思いで研究所に身を置く彰吾である。

自身も建造に関わった最初のドリルロボ『虎珠皇』には、自分が搭乗したかった。

ドリルそのものに対して注がれる彰吾の情熱、愛情は本物である。

そのことは研究所の職員も、穿地さえも認めるところであった。


(虎珠皇は…天原旭を搭乗者に“選”んだのよね……)


旭は家族をドリル獣に惨殺され、復讐に燃えている。

怨敵抹殺の為に奔り続ける凶弾のような男だ。


彼の姿に彰吾は自身を重ねる。

彰吾の両親は健在であるが、彰吾本人にとってはとうの昔に死んだも同然であった。

愛していた両親が“居なくなった”ことで、彰吾も変ってしまったのだ。


(旭も……以前は“違”っていたのかしら)



本日の修理作業を終えた彰吾は、研究所内の自室へ戻る。

彼は住み込みで勤務していた。


自室の扉の前ではたと足を止める。

隣の扉には、つい先日新たな住人がやってきた。

臨時の住み込み所員となった旭である。


所員になりはしたが、時命皇との戦闘…と彰吾のパンチで居った怪我の療養のため、当面は主だった業務を任せず自室に待機させられているのであった。


「居るわね旭。邪魔するわよ」

扉が施錠されていないことを確認した彰吾は、家主の返事を聞く前に部屋に入った。


「98,99,100……!」

ベッド以外には殆ど家具らしきものが置かれていない部屋の床で、旭が左腕だけで腕立て伏せを行っている。


「“怪我”の予後は良好みたいね」

「彰吾か」

来客に視線だけを返し、今度は右腕で腕立てを始める。


「随分“ヒマ”そうじゃない」

「当たり前だろ。こちとらもう健康体だ。虎珠皇だって、まだあちこち壊れちゃいるが…やる気になってる。敵の情報さえ入りゃいつだって突っ込める」

「あのね。虎珠皇の損傷はかなりのものよ。DRL製の『躯体』は物質を補充してやれば“自己再生”するけど、装甲や武装は放っといても直らないんだから」

「ドリルも躯体の一部だろ。身体とドリルさえ動きゃ戦える」

「“万全”の状態で戦闘してボロボロにされたのは、だ、あ、れ?」


じっとりとした彰吾の目線に、さすがの旭もばつが悪くなる。

「……チッ」

「明日からアンタも修理“手伝い”なさい。朝8時から作業開始だから、遅れンじゃないわよ」

そう言い残すと、彰吾は隣の自室へ帰ってゆくのであった。



虎珠皇の修理が完了して数日。

戦術研究部による座学やシミュレーターによる組み手に明け暮れていた旭と相手役を命じられた彰吾だったが、穿地に緊急の呼び出しを受けた。


「南西の旧採掘区画にドリル獣が出現した。奴らの新たなねぐらにするつもりだろう。水面下で力を蓄えるつもりだろうな、そうだ、奴らの好きにさせてはならん」

二人が所長室に入るなり、元が告げる。


「ようやく来たかよ!」

旭にとって待ち焦がれた敵襲の報せである。

獲物を見つけた飢えた獣の瞳に怒りと歓喜の両方が鈍く輝く。

興奮を隠すことなく、旭は虎珠皇の格納庫へ走った。


「ちょっと旭!所長の話はまだ終わってないでしょ!」

「旭への話は以上だ」

「あら、そう」

「彰吾。虎珠皇に随伴し、戦闘現場にて中継を行ってくれたまえ」

「了解。アタシへの話は以上かしら?」

「ああ」


穿地の返事と同時に、彰吾も格納庫へ向かい走り出した。



「間もなく目標ポイントへ到着。まずドローンとソナーで索敵するわ」

「おう」


居住区画から離れた荒野を走る大型バイクと、地中を掘り進む虎珠皇。

旭は虎珠皇に内装された端末でバイクに乗る彰吾と通信している。


バイクの後部キャリアから偵察用ドローンが射出される。

次いで、前方の大地にソナーの端末ユニットが打ち込まれた。


ドローンとソナーによって得られたデータは、直接虎珠皇の端末に送信される。

旭は虎珠皇自身の感覚と外部からのデータから、敵の居場所を探る。


「……見つけた」

旭と虎珠皇の目が爛と輝く。

ドリルの回転速度を速め、標的へ向かい一直線に突撃を始めた。


地中ソナーを介し虎珠皇の突撃を確認した彰吾は、固唾を呑んで行方を見守る。


訓練を積んできたとはいえ、これは実質の初陣である。

無意識にバイクのハンドルを握り締めた掌に、汗が滲んでいた。


突撃から数十秒の後、数百メートル前方を中心に地面が揺れる。


「オラァーッ!」

旭の気合と共に地表が間欠泉のように爆ぜ、二つの巨大な影が飛び出してきた。


虎珠皇はしなやかな動きで着地。

もうひとつの影―殻に包まれたドーム上の胴体から短い四つ足と先端がドリルな太い首を生やした―リクガメ型のドリル獣は、仰向けに地面に落下した。

落下の衝撃で二度目の地響きが荒野を揺さぶる。

慌てたように裏返った状態から復帰するドリル獣の眼前には既に虎珠皇が迫っていた。


「トロいんだよ!」

虎珠皇は頭部のドリルを回転させる敵の懐に潜りこみ、首の根元を左手で斬り付けた。

ドリルに変形する虎珠皇の両手は、変形させずとも鋭利な爪を持っている。


ドリル獣が頭部をハンマーのように振り降ろす。

飛び退く虎珠皇の右肩口をドリルがかすめ、表面の装甲に傷をつけた。


間髪入れず虎珠皇は跳躍。

亀甲模様が描かれたドリル獣の胴体に取り付き、拳を一点に打ち付けた。


ドリル獣が吠えると、ドーム状の胴体から幾状もの細長い棘が出現。

棘は鋭く折れ曲がりながら切っ先を虎珠皇に定め刺突。

虎珠皇は、回避することなく敵の甲羅を殴り続ける。


「ちょ、何やってんのアンタ!避けなさいよ!」

彰吾の声を聞いてか聞かずか、旭が攻撃を避ける気配は無い。

装甲で防ぎきれなかった棘の一部が躯体をも傷つけるが、なおも狂ったように拳を叩きつける虎珠皇。


遂にドリル獣の表面を覆っていた甲殻の一部が砕け、鈍色の内部組織が露出する。


「グオオオオアアアアアアアア!!!」

虎珠皇が雄叫びと共に両腕のドリルを甲殻の穴に突き入れる。

二本のドリルにより穴はどんどん大きくなり、虎珠皇はドリル獣の巨体の中に突入。

外側から戦況を見守る彰吾からは姿が見えなくなった。


上空から戦闘状況をモニターしているドローンの映像を確認すると、ドリル獣の胴体は真上からほぼ垂直に風穴を開けられていることが判った。

虎珠皇は、ドリル獣の胴体を貫通し地中に穿行している。


彰吾が現状を確認したと同時に、再び虎珠皇が地表に飛び出す。

胴を貫かれ苦悶するドリル獣の目の前、頭部同士が触れ合うほどの“ゼロ距離”に現れた。


「くたばれ!」

左腕のドリルが敵の側頭部を打ち抜き、次いで右腕のドリルによるアッパーカットでドリル獣の頭部は完全粉砕。

一拍の間を置き、巨体を支えていた四脚が力を失う。

甲殻からのぞいていた鈍い光沢が急速に色褪せ、ドリル獣は石灰のような骸と化した。


虎珠皇と旭が雄叫びをあげる。

あまりに野蛮な獣の勝ち鬨であった。


後方からその様子をモニターしていた彰吾はその姿にを覚えていた。

(……イラつくわ)

旭の姿を我が身に重ね思うところのある彰吾にとって、目の前で吼える獣の姿は自分自身の有り様をも見せ付けられているように感じられたのだ。



研究所に帰投した虎珠皇から降りて来る旭のもとに彰吾が駆け寄る。

「旭!アンタ、あの戦い方は……ッ!?」


旭を睨みつけた彰吾が一転、呆気にとられる。

彼はまったくの無表情であった。


先ほどの狂乱めいた戦いぶりから、旭は意気揚々と戻ってくるであろうと――その横面に拳を叩き込んでやろうと――そう思っていた彰吾にとって、抜け殻のようなこの顔は思いがけぬカウンターだ。


「修理の手伝い、明日からでも良いか?」

「……ええ。お疲れ、様」

驚くほど淡々と話し自室へと帰る旭の背中を、彰吾は見送ることしかできなかった。



戦闘の後処理を終えて部屋へ戻る間、彰吾は旭の空虚な無表情に思いを巡らせていた。


(戦っているときの旭。虎珠皇から降りた旭)


自身のわだかまりを我武者羅にぶつけようとしている自分のあり方も、裏を返せば空虚なのであろう。

やはり彼は鏡だと結論付けた頃、自室にたどり着いた。

そして彰吾は当然のように隣の部屋へと踏み込んだ。


「おい。俺は疲れてるんだ。今日はもう寝かせろ」

「“奇遇”ね、アタシもよ」

面倒くさそうに言いながら布団に潜りこむ旭に、彰吾は腰に手を当て仁王立ちして言った。

「どうやら、アンタはアタシが“フォロー”してやるしかないみたいね」


「あ?」

突然の発言に訝しんだ旭が、被った布団をめくり仁王立ちを続ける彰吾を見上げる。


旭が自分と同じなどと、勝手な思い込みに過ぎないかもしれない。

本当は自分が旭を必要としているのだ。

それでも、虎珠皇を“とられた”という幼稚な嫉妬や突きつけられる自己嫌悪の苛立ちがくすぶることもあり、宇頭芽彰吾は上段からモノを言うしかなかった。


「……プロポーズのつもりか?気持ち悪ィ」

彰吾の胸中を知ってか知らずか、旭は数日間放置された生ゴミを見るような目でそれに応えた。


「はぁ!?な、なに言ってるのよバカ!勘違いしないでよね!!」

「聞かなかったことにするから、さっさと立ち去ってくれ」

「言われなくても去るわよ!アンタのことなんか何とも思ってないンだからね!なによ!!」


彰吾が野太いヒステリーを伴い、旭の部屋の扉を力任せに閉める。

一旦はぴたりと閉まった扉が、直後に開き戸では有り得ない縦方向に音を立てて倒れた。


「……あの野郎」

旭は扉の無くなった入り口を睨み舌打ちすると、再び布団を被り不貞寝を決め込むのであった。

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