第2話 重く背に負うて

圧倒的な力を持って仇敵を討ち果たした旭は、ドリルロボ『虎珠皇』を駆り採掘都市の地中を掘り進む。


彼の思考は今や激情と破壊衝動に塗りつぶされている。

家族を喪った哀しみ、怒り、そして得体の知れぬ血の滾りが混沌となり胸に渦巻いて。

魂を共振させた虎珠皇の獣性と、旭自身が潜在的に持っていた獣性とが相乗を成していたのである。


地中は光なき閉ざされた空間だ。


地に潜る獣は、目に見えぬ気配を辿り獲物を探す。間もなく獣は地上に至る。

その時、彼は何を為すだろうか?

人として大地に立つのか?あるいは衝動に身を任せ、破壊と殺戮の怪威となるか?


*


100地中ノットを越える猛スピードで地中を掘り進む虎珠皇が、同じく地中をゆく何かに気付く。


「どうした虎珠皇…敵か!」

虎珠皇は、地を伝わる振動や熱、そして獣なればこそ感じうるプレッシャーから、自身と同じ速度で地中をする者の存在を知覚していた。

同族、同じくドリルを持つ者。獣はそれを敵と認識し攻撃を開始する。


「お前は武器を持っているんだな、虎珠皇!」


虎珠皇のわき腹から2本の円筒が伸び、小型のドリル兵器『地中魚雷』が射出された。

二つのドリルが併走する敵めがけ掘り進む。暫くすると、側方にて膨大な熱量が感じられた。

地中魚雷とはドリルにより対象を穿孔した後に圧縮マグマを炸裂させる地中戦用の兵器である。


「……外したかッ!」

敵の気配が全く衰えていないことを見るや、虎珠皇は併走を止め敵の方へ向き直る。

敵は直上。

虎珠皇は平行に穿行するのと殆ど変らぬ速度で、真上へと突き進む。

ドリルで直接体当たりをしかけるのだ。


ドリルの先端が異物に触れる。

獲物を捕らえたことを確信し、そのまま速度を緩めず突き破る。


しかし虎珠皇のドリルが捕らえたのは岩の塊であった。

先刻発射した地中魚雷の圧縮マグマが多少の熱量を与えられ、デコイとして利用されたのだ。


罠に気づいた直後、虎珠皇の背中に衝撃が走る。

「回り込まれたのか!?」

すぐさま旋回しドリルを振るうが、当然の如く対手の姿は無い。

気配を追う虎珠皇だが、気がつけば側面や後方に回り込まれじわじわと打ち込みによる傷を負う。


鋭敏な地中感覚と穿行速度を持つ虎珠皇の攻撃はかすりもせず、謎の敵に翻弄され続けた。

本能のままドリルを振るう獣たる虎珠皇に対し、敵は高度なドリル技術を自在に操る達人であった。


「舐めやがって…!地表おもてへ出やがれ!」

傷ついた虎珠皇は攻撃を防ぎながら上方へ掘り進み、地表に躍り出た。

感覚を共有し地中活動に適応できているとは言え、虎珠皇のナビゲーター役として収まっている旭は本来地上で活動する人間である。

地中戦で遅れをとるならば、地表の方が勝ちの分があると考えたのだ。


虎珠皇に続き、敵も地表に姿を表わした。

虎珠皇と同格の強靭な四肢を備えた体躯は墨のように黒く、炎か刃紋を思わせる斑が浮かぶ。

両腕だけでなく肩、背中、胸、膝など体中から飛び出した大小さまざまなドリルは、夫々の意志を持ち呼吸するかのように緩急のある回転を繰り返していた。


「何者だ、てめえっ!」

旭の言葉と同時に、虎珠皇も吼える。


「……お前は、虎珠皇と言うのか」

黒い巨人が応じた。


「言葉を話すところを見ると、みたいな化け物とは違うらしいな。どうして俺を追うんだ!」

「虎珠皇。お前の戦い方は見苦しい。誇りがあるなら、渦巻く力を矯め貫く程度のことはしてみせろ」


人語を解する巨人が応じたのは旭の問いかけへではなく、虎珠皇に対してであった。

旭の存在を歯牙にもかけていないことは、すぐに理解できた。

黒ずくめの装甲の奥に光る視線は、虎珠皇にしか向けられていない。


「舐めんじゃねぇってんだよ!!」

旭の怒りに答え、虎珠皇が全身ドリルの巨人めがけ一直線に疾走し、右腕のドリルを振るう。

黒い巨人は左腕の巨大なドリルを回転させると、突き出された虎珠皇のドリルに刃を当てた。

回転の反発が精妙に噛み合い、虎珠皇のドリルが半身ごと大きく跳ね上げられる。

完全に体勢を崩し曝け出された虎珠皇の右半身に、黒い巨人の左膝のドリルがめり込んだ。


右わき腹に穿たれた穴からガラス繊維のような破片がこぼれ落ちる。

虎珠皇の肉体の中心を形成する超物質DRLの躯体が、ドリルにより破砕されたのだ。


躯体の損傷によりバランスを失った虎珠皇が地に膝を着く。

体内の旭も強かな衝撃に全身を揺さぶられていた。

虎珠皇の受けたダメージは感覚を共有する旭にもほぼ同様に伝わっている。


「次にまみえた時も畜生のごときの醜態を晒すようであれば、今度は全身を粉砕してくれよう」


「ぐ……待ち、やがれ」

旭が呻くように声を絞り出すと同じく、虎珠皇も唸る。


「こちらも名乗っておかなくてはな。私の名は時命皇じみょうおう。誇り高き新種族DRLの戦士だ」

言い残し、黒い全身ドリルの巨人・時命皇は地中へと姿を消す。

後を追おうとする虎珠皇だが、全身に受けたダメージは巨体を立ち上がらせることすら許さない。


虎珠皇が機能を停止フリーズさせると同時に、旭の意識も薄れてゆく。

DRL戦士『時命皇』――闇に呑まれる旭の脳裏には、その名が残響していた。



虎珠皇が倒れて数十分ほど経過した頃、トレーラーと大型バイクがやってきた。


「やっと見つけたわ……って何よこれ!“壊”れまくってるじゃない!」

大型バイクから降りた人物がいささかヒステリックな語調で驚きの声を上げる。

白地の背に熊の刺繍が入ったツナギを着た偉丈夫である。


「一体“何”が“あった”のかしら。まさか“戦闘”したって言うの……あら?」

倒れ伏す虎珠皇の周りを歩き、損傷箇所を目視で確認する大男が損傷以外の重大な“異常事態”をに気付く。


「なんてこと……『搭乗者ナビゲーター』が居る!?」

虎珠皇の中に人間が居ることを知った男は、携帯端末を手に取り、いずこかへコールを飛ばす。


「旧採掘区画にて『虎珠皇』を発見、回収しました。それで……ええい、時間が“惜しい”わ。このまま”移動”しながら報告するわよ!」


苛立ちを抑えるように早口で通話しながらバイクにまたがる。

トレーラーの牽引コンテナには、既に複数の作業員によって手早く収容・拘束した虎珠皇が載せられている。


男たちのバイクとトレーラーは来た時よりもスピードを出し現場から走り去った。



旭はまたも見慣れぬ場所で目を覚ます。今回は、前後の覚えが鮮明だ。


(どこだここは……また捕まっちまったのか?)

真ッ白の壁に飾り気のない窓。その壁の一片に寄せられたベッドに、旭は寝かせられていた。


(体に包帯が巻かれている。前の連中とは違うようだが)


時命皇との戦いで相棒と共に受けた傷が手当てされていることに気付く。

傷の手当と白い部屋にベッドと来れば、病院である。


だが、窓の外の風景から、父の見舞いによく足を運んだ総合病院ではないことがわかった。

窓の外には、ハイウェイを兼ねた少々物々しい佇まいの巨壁が見える。採掘都市の居住区画を仕切っている防災壁だ。

採掘都市はしばしば地下火山の噴火によるマグマ流出に見舞われる。

開拓の最前線でないとはいえ居住区画も完全に安全であるとは言えず、稀に人的被害が出ることもある。

採掘都市全体を覆う防災壁は数年前から建設が始まっていた。


(採掘区画との境目か。防衛隊の基地か何かか?)

目に入る情報を頼りに思考を巡らせていると、扉の開く音が思案をさえぎった。


現れたのは二人の男。

灰色のくたびれた背広を着た中年男性と、旭と同年代と思しき屈強な体躯の男である。


「君、気がついたようだな。まずは自己紹介をしようか、そうしよう。君、私は穿地うがちげん。この超物質実用化研究開発室…世間には『穿地研究所』で通っているらしいな。ここの、所長だ」


穿地研究所の名は旭も聞き覚えがある。

読んで字の如く採掘都市発展の礎となっている超物質産業の根幹を支える研究所。

採掘都市で生活する者は、毎年発表される新型DRL応用機器の報道等を望まずとも目にし、同時に穿地研究所の名も耳にするのだ。


「どうして穿地研究所が俺を拾った」

「我々は虎珠皇を回収したに過ぎない。君はどうやって虎珠皇の搭乗者になった?」

穿地の物言いに、気を失う寸前のやり取りを思い出し軽い苛立ちを覚えた旭だが、努めて平静を保ち会話を続ける。


「虎珠皇は穿地研究所で作られたのか」

「質問に答えないのか、まあ良い、先にこちらが答えてやろう。虎珠皇は私が秘密裏に開発している『ドリルロボ』の試作機だ。起動試験中に突如暴走し姿を眩まし……彼が発見した時には中破状態で君が中に乗っていたというわけだ」


穿地の横に控えた大男は無表情であったが、旭に向ける視線はどこか険しい。


「こちらは質問に答えたぞ。君の番だな。まずは自己紹介からだぞ」

「……ああ。俺は天原旭。採掘作業員だった」


穿地研究所は有名な施設であったが、目の前の所長は得体の知れない雰囲気をまとっている。

それに、傍らの大男の視線も友好的とは言い難い。


(――な連中だと祈るしか無ぇか)

旭が置かれている状況は、突然大海原に打ち棄てられたようなもの。

そこへやってきた船の乗組員が何者であれ、ひとまずの足場も無くては仕様が無い。

旭は身の上を訥々と話し始めた。



「なるほど。家族を殺され、君自身も拉致された。気がついたら怪物にいて、もう一匹の怪物に殺されそうな所に虎珠皇がやってきて、乗り込んだ。そして、黒いドリルロボに倒され今に至るか」

「信じるかどうかはそっちの勝手だぜ。俺だって実感が……無いんだ」


旭は包み隠さず身の上に起きた事実を語ったが、最後の言葉だけは嘘である。

瞼を閉じればすぐに、両親と妹を殺されたあの光景と、混沌とした怨念のマグマが鮮烈に呼び起こされるのだ。


「普通の人間なら、あるいは狂人の白昼夢とすら言うだろうな」

「じゃあどうする?俺を精神病院にでも連れて行くか?」

を述べた者にすることでは無いな。君は狂っていない」

「信じるのか、学者先生」

「君が体験した出来事はDRLの存在が全て裏づけとなる。虎珠皇を作ったのは私だと言ったろう」


「……虎珠皇はDRLで出来てんのか」

自身に起こった超常現象を、DRLの一言で事も無げに肯定する穿地に旭は違和感を覚えた。

採掘都市では馴染みのあるDRL実用機器は、せいぜい“メンテナンスフリーの便利家電”程度のものである。

人間を化け物に作り変えたり、意志を持った巨大ロボットが生み出せるなどとは思っていなかったのだ。


「民間で利用しているものは副産物に過ぎん」


旭が、ある可能性に思い至る。

緊張を隠して目つきを鋭くし穿地に問う。

「穿地研究所はDRL研究の最先端を行ってるんだよな。が出来る奴がそんな沢山居るモンなのか?」


「居るまい」


「まさか手前ェらが!」

旭の脳裏に刺青の如く刻まれた光景がフラッシュバックする。

穿地の傍らの男が、旭の殺気を気取り身構えた。


「何か勘違いさせてしまったようだな、言葉が足りなかったようだぞ、そうだな訂正しなくては。は居るまい。我々の他には精々もうだ」

「もうひとつ、だと。そいつらを知ってるのか?」

「詳しくは判っておらんが、DRLを人道に反する用途に利用する地下組織は確実にある。先ほど君の話した『ドリル獣』と似た特徴を持つ個体を、我々も観測したことがある。表沙汰にはなっていないが、採掘区画やスラム街での失踪事件はしばしば起きていてね。調査を続けている所なのだ」


「どうしてただの研究所が犯罪組織を追ってるんだよ」

「ふむ。そこは訂正箇所だな。この研究所の真の目的は、件の地下組織を壊滅させることなのだよ」


旭が驚きに眉間を寄せるのを見て、穿地が続ける。

「ドリルロボはドリル獣に対抗する為に開発しているのだ。君が体験したように、奴らもドリル獣の開発を進めている。いずれ本格的に動き出すだろう。奴らの目的が制圧であろうが破壊であろうが阻止せねばならん」


「……随分と大仰な話に巻き込まれたモンだ」

先日まで一介の労働者に過ぎなかった旭には理解を超えた状況であった。

いつの間にか呆然とした様子を隠すことも忘れていたのである。


「君、他人事だな。更に揺ぎ無い事実を伝えておこう。天原旭。虎珠皇の力は今や君だけのものなのだ」


穿地の言葉に片眉を動かすのは、傍らの男である。

「虎珠皇は自らの意志を持って、君を搭乗者に選んだのだ。『彼』は頑固なようでね。君と共に回収されてからと言うもの、他の者をコクピットに迎えるのを拒むのだよ」

「そうだな。あいつの事だけは、あんたに説明されなくてもよく分かるぜ」

「それこそが、証明だな。虎珠皇は現在完成している唯一のドリルロボだ。貴重な戦力を遊ばせておくわけにはいかん。協力してもらうぞ、天原旭」


「人を巻き込んでおいて力を貸せだ?俺はアンタたちに協力する気は無い」


穿地の頭上からくる物言いに根拠のない嫌悪感を抱いた旭は、半ば脊髄反射的に『協力』という言葉そのものに反発した。


「奴らは俺が皆殺しにするんだ……!」

ベッドから幽鬼のように立ち上がる旭の顔には、覚悟や決意とは似て非なるもの――自暴自棄に彼我諸共の破滅を求める者の相が浮かんでいた。


それに気付いたのは穿地の傍らで沈黙を守っていた男である。


「“待ち”なさいよ」

脇を通り抜けようとする旭の肩を、男の厳つい片腕が掴む。


「触るんじゃねぇッ!」

旭は振り返ると同時に男の顔面に拳を放ち、男の左頬を打った。


男は微動だにしない。肉体労働を生業にしていた旭の肉体は精悍であったが、旭より一回り大きな男の巨体はまるで岩のようであった。


彫りの深い濃い顔立ちの大男が、眉間に深い皺を寄せながら口を開く。

「アンタ“死ぬ気”でしょ。昔、アンタみたいな男を何人も見たわ」


「野郎ッ!」

次に旭は大男の股間めがけ足を蹴り上げた。

しかし旭の爪先が到達する前に巨大な拳が旭の左頬に到達。

旭の体はそのまま殴り飛ばされ、壁に打ち付けられた。


「“甘え”ンじゃないわよ馬鹿ッ!」

床に崩れ落ちる旭の胸倉を掴み、男が一喝。


「もうアンタ一人の命じゃないの!“家族”を“殺”されたんでしょう!?アンタだけの家族なんでしょう!?」


頭部を加減無しに殴られた衝撃で虚ろになりかけていた旭の目が見開かれる。


「アンタはねえ…その“命”を“背負って”ンのよ!!“背負った”男が、勝手に死ねるわけないじゃない!」


「命を……背負う」

「そうよ!死んだ者のことを思うのは生きてる者しかできないの!“仇”を討とうってんならねぇ、本当の意味で“命”賭けなさいよ!!」


男の喝を受け、混沌に淀んでいた旭の瞳に灯がともる。

虎珠皇との共振とは別の何かが旭の魂を揺さぶっていたのだ。


「……お前、なんて名前だ」

「何よ。アタシもにでも入れるのかしら?」

「名前知らなきゃ……これから先、呼ぶのに困るだろ」


虎珠皇が旭を認めたように、旭も自らの魂を持って眼前の男を認めようと思えた。


「…宇頭芽うずめ彰吾しょうごよ。よろしくね、旭」


馬鹿力の大男『宇頭芽彰吾』の名を心に刻んだところで、旭は今期三度目の意識喪失に至るのであった。

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