第8話 和と乗
「オラァーッ!」「グワォォー!!」
旭の気合と共に虎珠皇も唸り、毛虫のような姿のドリル獣に正面から組み付く。
両脚で大地を踏みしめ、腕に力を込め土管のようなドリル獣の体を投げ飛ばした。
地面に叩きつけられたドリル獣の背側に無数に生えた棘が虎珠皇に先端を定める。
「旭!棘を射出するみたいよ、回避して!」
通信機越しに指示する彰吾。
しかし、虎珠皇はセコンドの言葉を意に介さず両腕のドリルを回転させ、再び正面から突進した。
「オオオオオオオ!!!」
彰吾の危惧した通り、ドリル獣の棘が一斉に飛び出す。
横殴りの雨のように虎珠皇の装甲、躯体に突き刺さり、たちまち栗の実のようになる。
それでもなお、虎珠皇は勢いを緩めることなくドリル獣に肉迫。
無尽蔵に射出される棘の殆どをその身に受けながら、目標が不定形の肉片と化すまでドリルを振るい続けた。
「グオオアアアアアア!」
「この……お馬鹿ーッッッ!!」
虎珠皇の雄叫びと彰吾の野太い叫びが重なって、採掘都市の人工の空に木霊した。
*
初陣から今日までに三度ほどの出撃があり、その度に狂戦士の立ち回りに彰吾の怒号、凱旋した旭の無表情は繰り返された。
虎珠皇の修理作業は、すっかり研究所の日常業務となっていた。
「お疲れッス」
その日の作業を終えた旭が、手近な所員に軽く会釈する。
「……」
声を掛けられた作業服の所員は一瞬動きを止めるが、旭を一瞥すらせず通り過ぎる。
無視である。
「さて、飯食って寝るか」
旭は旭でそのような所員の態度に無関心。
このようなやりとりも、既に日常の範疇なのだ。
研究所の職員の多くは旭を快く思っていない。
「アタシ、今日は早めに上がるワ。お先に失礼」
「あ、お疲れ様です彰吾さん」
「彰吾さん、俺らこの後呑みに行くんスけど、一緒にどうですか?」
「悪いわね、この後所長から頼まれたデスクワークあんのヨ。また今度ね」
一方で、同じく臨時所員という立場の彰吾は、月日の積み重ねの中で信頼を勝ち取っていた。
彼がドリルロボの搭乗者に名乗りを上げた際、異論を挟む者は一人として居なかったと言う。
むしろ今では、彰吾のシンパとでも言うべき層も整備班を中心に存在していた。
そんなところへ突然やってきた天原旭は、有無を言わさず彰吾を押しのけ虎珠皇のコクピットに居座ったのだ。
詳しい事情を知らされていない多くの所員の目には、事の次第はそのように映っていたということだ。
そして旭は幾度かあった出撃で毎回損傷を厭わぬ狂戦士のごとく立ち回り、自分達や彰吾が心血を注いで作り上げた虎珠皇をボロボロにして帰ってくる。
人望が集まる要素があまりに無さ過ぎた。
「あ、天原さんだ……」
「おい、目を合わせないように気をつけなよ」
廊下ですれ違った事務員達が節目がちに隣を通り抜けていく。
現場だけでなく事務方の人間にも受けは悪い。
復讐の修羅道に身を投じている旭は、普段から剣呑な空気を常に放つようになっており、一般人にとっては道端で最も鉢合わせたくないタイプの人間であった。
*
研究所内の食堂で食券を買い、カウンターの向こうに居る壮年女性に渡す。
ベテランの調理員はあざやかな手際で盆にかけ蕎麦(大盛り)を準備し、食券の半券と共に旭に差し出した。
この間50秒。
壁際の席に蕎麦を運び、刻みねぎの他には2切れの蒲鉾が散らされただけの蕎麦を啜っていると、まだそれなりに座席に余裕はあるというのに旭の隣に大男が腰掛けた。
「まあ、今日も一人?そして今日もかけ蕎麦?何かゲンかつぎでもしてるわけ?」
「うるせえ。手前だって昨日も醤油ラーメンだったじゃねえか、彰吾」
「アラヤダ!昨日は麺固め・アブラ多めネギ多め。今日は麺固め・アブラ少な目で生卵入り。全然違うでしょ?」
テーブルに置かれた醤油ラーメン(特大)の丼は、彰吾が持つと普通の大きさに見えた。
割り箸を均等に割ると一旦両手で箸先を整えてから丼に挿し入れ、麺をまとめて手繰り口に運ぶ。
「ん~、明日は久しぶりにニンニクマシマシでいってみようかしら?」
「知らねえよ」
固めに茹でられた麺に舌鼓を打つ彰吾をややウンザリした顔で横目に見ながら、旭も蕎麦をすすり始めた。
*
「なあ…妙に思わねえか?ここの連中ってよ」
麺をあらかた啜り終え、残ったツユを少しずつ飲みながら旭が言う。
「あら、さすがのアンタも“針のムシロ”は堪えるのかしら?」
「そっちじゃねえよ。連中からすれば、俺のことを邪魔に思うのは当然だろ」
狂気の闘争に身を投じたとは言えども、旭は元来空気が読めぬ男ではなかった。
(一応、思慮はあるのよねぇ、コイツ)
「ここの職員の中に、妙に顔立ちが似た連中が何人か居ンだろ。そいつらのことだよ」
「…ああ、はいはい、居るわね」
旭に切り出された者達のことは、彰吾にもすぐに合点がいった。
穿地研究所の所員の中には、旭の言うように顔立ちの似た者が何人か居る。
それぞれ年齢も苗字も異なるのだが、立ち振る舞いや雰囲気があたかも同一人物であるかのように似ているのだ。
「何だ、お前も気付いてたのか」
「ここに来た新人は必ず訊いてくるからね。あれ、所長の“親戚”らしいわよ。メチャクチャ“似てる”わよね」
彰吾の答えに、旭は自分だけが違和感を覚えているわけではないことに少々安心しながらも、やはり生理的に受け入れきれなかった。
「にしても似すぎだろ。まるで同じ人間が各世代ズラっと並んでるみたいで気持ち悪いって」
旭が日頃思っていたことをため息混じりに打ち明けると、彰吾はほぼ器の底が見えた丼をテーブルに置き、呆れ顔で返した。
「アンタねえ、空気読めるンならもうちょっと頑張りなさいよ。ンな事こういう場所で言ったりするから、余計“嫌われ”ンのよ」
ここは少なからず他の所員も集まっている、夕食時の食堂。
他者の身体的特徴というデリケートな話題を人目を憚らず放言する旭の背中に、気がつけば鋭い視線がいくつも突き刺さっていたのである。
*
旭は相変わらず用が無いときは自室に篭り、雑念を振り払うかのようにひたすら自主トレーニングを続けていた。
「毎日“精”が出るわね」
そこへ立ち寄るのが彰吾の日課になっていた。
「ノックの仕方知らねえのか手前は。何か用か」
「ちょっと寄っただけよ」
「毎日毎日、用も無いのに来るんじゃねえよ」
殆どの所員が旭と距離を置く中、彰吾だけは唯一、彼に気軽に話しかける存在であった。
穿地も旭の事情を知る一人ではあるが、立場的にも性格的にも他者と余分な話をする人物では無い。
「いくらアンタがギラギラしてるとは言え、“四六時中”そんなんじゃ持たないわよ。アタシが一服の“清涼剤”をやってあげてるの。感謝しなさい?」
「そんな暑苦しい清涼剤があるか」
言い捨て腕立てを続ける旭。
シャツを脱ぎ捨て半裸になった上半身には隆起した肉体に汗が浮かんでいる。
それを見た彰吾が片方の口角を不敵に吊り上げた。
「フ…“まだまだ”ね」
「あ?」
わざとらしく鼻を鳴らす彰吾に、腕立てをやめ向き直る旭。
彰吾はいきなり上着を脱ぎ捨て旭と同じく上半身裸になると、サイドチェストのポージングを決め山脈のような肉体を誇示した。
旭が立ち上がり、眉間に皺を寄せ彰吾を見上げる。
「上等だ…デカけりゃいいってモンじゃねえぞ」
「“デカ”いだけじゃなくってよ?」
二人は向き合うと、互いの両手同士を握り組み合い押し比べを始めた。
額に汗と血管を浮かせる旭を余裕の面持ちで見下ろす彰吾。
二人の背丈は頭一つほど差があった。
「ホラホラ、“壁”に着いちゃうわよ~?」
「ぐ、本当に人間かテメー……!」
力を込め始める彰吾。
旭は、大型車と組み合っているかのような錯覚をおぼえた。
*
彰吾や旭の寝起きする穿地研究所宿舎棟の廊下を、一人の女性事務員が沈んだ面持ちで歩いていた。
「ああ、やっぱりチョキを出せば良かった……」
書類の入ったケースを胸に抱えため息をつく。
分厚いレンズの黒縁眼鏡に廊下の照明が反射した。
事務員全員で行ったジャンケンに負けた彼女がこれから行かねばならないのは、天原旭の自室である。
臨時所員としての契約や虎珠皇の搭乗者としての登録に必要な書類を本人に手渡さなくてはならないのだ。
(彰吾さんが居ればお願いできたのにぃ……天原さん、彰吾さんとだけは仲良さそうだし……)
いつもならこの時間は格納庫に居るはずの宇頭芽彰吾は、よりによって今日は仕事を早めに切り上げていた。
(うう。もう、着いちゃった……)
再び大きなため息をつく。
目の前の扉が、今の彼女には猛獣の檻の扉に見える。
必死に気を奮い立たせ、扉をノック。
「あ、天原さん、いらっしゃいますか?」
「誰、だッ」
「じ、じ、事務の犀川です。その……提出して頂きたい書類がありまして、お、お持ちしましたッ!」
「見とくから、置い、とけ!開いてる、から……ッ」
事務員の犀川は、扉の向こうの旭の声が何故か途切れ途切れで、息遣いも荒いことに言い様の無い恐怖を感じた。
宿舎の扉にはポストがついていない。
書類を置いていくには中に入らなければならなかった。
扉の外に置いておこうかと思ったが、彼の言う通りにしなかったら、後で自分の身に何が起きるか想像もつかない。
「うぅ……失礼しま……す?」
震える手でノブを握り扉を開けた彼女の目に飛び込んだのは、彰吾に押し込まれ背中に壁をつける旭であった。
二人とも上半身は裸であった。
あと、上気した二人の顔がかなり近かった。
「ひぇ……彰吾さん
「アンタ今、ごく自然に “掛け算”したわね」
冷静に事務員・犀川の方を向き直る彰吾に対し、旭は全身の力を両腕に注いでいた。
「
「しししし、失礼、しました!」
慌てて退室する事務員が赤面していたことに気付いたのは彰吾だけである。
「あら。“誤解”されちゃったかも」
扉の向こうを見やる彰吾は、自分と壁の間に挟まれた旭がとっくにダウンしていることには気がついていなかった。
*
その翌日から、旭に対する一部の女性事務員の態度(と言うよりも視線)が少し変わっていた。
研究所内ですれ違うと、後ろから黄色い声が聞こえてくることもある。
過剰に怯えられ避けられていた以前に比べその目線は肯定的な色を帯びてはいたものの、若干ながら言い知れぬ気色悪さを感じる旭であった。
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