第9話 エースパイロット

いつものように格納庫へ出向いた旭は、格納庫内がいつもより騒がしいことに気付いた。

理由はすぐに判る。虎珠皇以外にもう一体の巨大な人型が運び込まれていたのだ。

人型とは言え、未だ装甲はおろか四肢の末端も取り付けられていない達磨のような躯体は懸架台に固定されている。


「おい彰吾、何だコレ」

ちょうど整備用の簡易エレベータに乗った彰吾を見かけ、珍しく旭の方から声をかけた。


「あら、アンタもこういうの興味あるの?」

「DRL躯体だなコレ。新しいドリルロボを作るのか?」

「ええ。いつまでもアンタ一人に暴れさせておくワケにもいかないでしょ」


「俺ァ一人でも構わねーけどな」

「アンタ以外は構うのよ。ま、いいわ。ついでだから作業手伝いなさいな。虎珠皇の修理はもう終わってるでしょ」

「手伝うのは別に良いが、コクピットなんて何を手伝えば……」


彰吾の後に続き躯体の胸部に設けられた空間を覗き込んだ旭は、驚きを隠せず呟いた。

「おい彰吾、何だコレ」


「“コクピット”用の機材よ」

「虎珠皇にゃこんなゴチャゴチャしたモンついてねえぞ」


旭が日々乗っている虎珠皇のコクピットは、蓮華座を模した旭が座るスペースの他にはレバーやペダルの類すら無く、研究所や彰吾と通信をとるための端末が据え付けられている程度である。

旭は虎珠皇と感覚を共有し、合図や指示をするだけで“操縦”と呼べるような操作は行っていない。

馬などを乗りこなすのに近いのだ。


一方、新たな躯体のスペースにはバイクのハンドルのような操縦桿、フットペダル、タイプライターのように整然と並んだスイッチ・パネルに壁面を覆う計器類と、おびただしい数の部品機材が運び込まれている。

部分的に内装への接続が完了しているケーブル類も機材の分だけ伸びており、彰吾がいつも食堂で注文している麺類を思い起こさせた。


「虎珠皇が“特別”なのよ。あれにも入力デバイスを外付けする筈だったの。ドリルロボは本来、躯体を機械的に操縦する仕様で設計されてるのよ。ま、“コイツ”は更に細かい所まで制御できるようになってるけどね」

その後も説明をしながら作業を進める彰吾であったが、旭には半分も理解できなかったという。


*


「三体目の作業は順調に進んでいるようだな」


彰吾から作業の経過報告を受け、穿地が返す。

「……?虎珠皇以外にドリルロボが居るの?」


何気ない言葉端に気付いた彰吾が質問する。

「話していなかったか、そういえばそうだな、そうか。今、君が担当しているのが三体目だ。虎珠皇とは別ラインで、ほぼ同時期に開発していたドリルロボがあるのだ」

「あらホント初耳。で、その“二体目”は使わないの?」

「使わないのではなく、使えない。我々の手を離れてしまっているからな」


「……どういうコト?」

「虎珠皇と似た状況でな。起動実験中に…暴走し、脱走した。行方を追ってはいるものの、見つかっておらん」

「けっこうな事件じゃない。虎珠皇の時こないだみたく、アタシが動かなくても良かったの?」

「ドリル獣の活動が活発化している。そちらの対応を優先させている」


「要するに、人手不足ってことよね。しかし最初に作った二体がどっちも脱走とはね」

「それを踏まえた三体目だ」

「そういうコト。ねえ所長、ひとつお願いがあるんだけど」


彰吾が姿勢をただし、直立不動で穿地に向き合う。

「三体目ドリルロボの艤装、調整、そして運用を“自分”に一任していただけませんか」


穿地が無言で彰吾の目を見る。

「自分はドリルマシンを造る為にここに居ます。そして今は……“戦う”ことも理由です」

微動だにせず言い切る彼は、まるで太い柱のようであった。


穿地は彰吾の申し出を聞き、しばらく彼と目を合わせたまま黙っていた。

暫しの沈黙の後、ようやく穿地所長が口を開く。


「よかろう。三体目のドリルロボ『淵鏡皇えんきょうおう』は君に一任する。艤装作業後も、『搭乗者パイロット』として運用の中心になりたまえ」


*


穿地から正式に新たなドリルロボ・淵鏡皇の作業を任された彰吾。

躯体に武装を施す艤装作業において、彼は父親譲りの才能を遺憾なく発揮した。


ほぼ自律的に活動する虎珠皇と違い、人の手で機械的に操縦することを前提とした淵鏡皇は、構造も虎珠皇とは大きく異なっている。


DRLを用いる箇所を躯体の中心部のみという最小限とし、補助動力に内燃機関を備え四肢の末端を既存のマシンや兵器を流用して組み上げる。

メイン・フレームとしてのDRL躯体の長所を活かしつつ汎用性・拡張性を持たせているのだ。


彰吾が提示した手法は、既存の建設機械や兵器の部品をそのまま継ぎ接ぎするように組み上げることであった。

これにより建造そのものは驚くほど短期間のうちに行われたが、規格の異なる部品を継ぎ合わせた為に躯体による制御プログラムの調整は複雑さを増した。


そのような寄せ集めの機体を一つのマシンとして現実的に仕上げられていけるのは、紛れも無く彰吾の技術力によるものである。

こうして、新型ドリルロボの艤装作業は急ピッチに進んだ。


*


早朝から夕方までの作業が終わると、息抜きに少々旭をいじった後は夜を徹する勢いで駆動プログラムの構築作業。

彰吾は日夜、淵鏡皇にかかりきりとなった。


(旭のフォローってのもあるけど、それだけじゃない)

キーボードにコードを打ち込みながら、彰吾は自らの思いを反芻する。


(ようやく掴んだアタシの『夢』――いいえ、『願』って言った方が良いのかしらね)


研究所の門を叩いて以来、ずっと胸の奥に沈殿していたものがようやく浮かび上がり、形を成してきている。

その感覚に、今の彰吾は昂揚していた。


「淵鏡皇――アンタは、アタシが“搭乗者パートナー”になるのよ」


第三のドリルロボの完成は、近い。


*


ドリルロボ『淵鏡皇』の竣工に目処がついた頃、旭は所長室に呼び出された。


「ん、今日は俺だけか」

普段は同時に彰吾も呼び出されるのだが、今日は旭一人であった。


旭の呟きが聞こえはしたが、穿地は単刀直入に自らの用件だけを伝える。

「採掘都市に『侵入者』が現れた。虎珠皇で調査にあたりたまえ」

「侵入者?ドリル獣か!?」


「先行した調査員の報告によれば、DRLの反応が検出されないそうだ。おそらくドリル獣ではない。だが、ドリル獣と同等の脅威になり得る規模の怪生物だ」

「なんだそりゃ。よくわかんねえな」

「よく判らないから、調査するのだよ」

「……チッ、面倒くせえ」

相手がドリル獣でないことにいささかやる気が萎える旭であったが、敵には違い無いと気を取り直し、格納庫へ向かった。


*


これまで幾度か戦場となった採掘区画よりも更に都市中心部から離れた場所の地中に到着した虎珠皇。

今回は彰吾ら地上部隊やドローンによる支援は無く、単独での行動である。


「さてどうするよ、穿地さん」

で構わん。そうでなければわざわざドリルロボで調査する意味がないだろう、ああその通りだ」

虎珠皇の頭部に取り付けられたカメラを通して現場の様子を穿地がモニターし指示を出している。


「それじゃ、おっ始めるとするか。いくぜ、虎珠皇!」

目標の気配は既に捉えている。

ゆっくり採掘都市へ向かい移動している気配の行く手を遮るように、地表に飛び出した。


「確かに、ドリル獣とは違うみたいだな」

そこに居たのは、タールを首なしの人型に固めたような『何か』であった。

歩みを止め、ぬらぬらと光る黒い体を揺らして不気味に佇んでいる。


「で、で良いんだな、所長殿!」

「ああ」


穿地の返事を聞くや、緩慢な動きの謎の敵に突進。


「オラーッ!」

左手の爪で袈裟懸けに切りつける。

切り裂かれた黒色の肉片が地面に飛び散り、見た目通り油のように大地の窪みに溜まった。


「ち、手ごたえが無い!」

謎の黒い影は、体全体が液体のようであった。

爪で創傷を負わせたかに見えた部分も、次の瞬間には何事もなくふさがっている。


攻撃を受けた黒い影が、両腕をしならせ続けざまに虎珠皇を打った。

鞭のような黒い両腕が、先ほどまでの緩慢な動作からは考えられないほどの速度で虎珠皇の装甲を凹ませる。


「この野郎!」

両腕を変形させ、ドリルで反撃に転ずる。

高速回転する左ストレートを振るうと、怪生物がまたも俊敏な動きでそれをかわす。

だが、反対側からのドリルが回避動作の頭を押さえにかかる。


「もらった!」

虎珠皇のドリルが黒い影の左胸に達する。


その瞬間、怪生物の全身が人型を崩した。

泥のような不定形となり、後方へ後ずさると再び人型を形成する。


「ンだと!?」

力押しの通用しない対手に旭は戸惑う。

攻撃をかわされた虎珠皇も、低く唸り声をあげ怪生物を睨んでいた。


*


それから、虎珠皇は数度の爪とドリルによる攻撃を放ったが、ことごとくが決定打を与えられなかった。


「まるで水と戦っているみてぇだ。こんなヤツ、どうにかできンのかよ」

「君はこういった特殊な相手は苦手なようだな」

空振りの攻防をモニターしていた穿地が感想を述べる。


「別の方法を試してはどうだ」

「俺と虎珠皇にゃ、こいつしか無い。10発で当たらなきゃ100発、1000発とドリルを打ち込むだけだ」


「その必要は無い。充分時間は稼げたようだからな、ああ、そして決着をつける時間だ」

「あぁ?何言ってんだアンタ……」


穿地に突っかかろうとした旭は、虎珠皇の聴覚を通してに気付き言葉を呑んだ。


大地が振動する音と、空気が振動する音がこちらに近づいてくる。

この音は、巨大なタイヤが地を掴み、膨大なパワーを持ったエンジンが爆音を奏でている音だ。


「虎珠皇は、合流した淵鏡皇と共に怪生物を撃滅せよ」


穿地がそう告げて数秒。

虎珠皇と同じ大きさの巨大な何かが土煙を巻き上げながら迫ってきた。

「待たせたわね、旭!新型ドリルロボ、淵鏡皇の初陣よ!」


両足の前後に二本ずつ履かれた太いタイヤにブレーキをかけ、鋼鉄の四肢を備えた巨人が虎珠皇に並び立った。

全身を覆う直線的な白い装甲の隙間からは真鍮色の動力パイプが鈍い光を放っている。


「完成したのか、彰吾!」

「ええ、コレで背中を守ってやるんだから、喜びなさい!」

「へッ、足引っ張んじゃねえぞ!?」

「まあ見てなさい。実戦テストも兼ねて仕掛けるわ!」


淵鏡皇が脚部のタイヤを回転させ、怪生物に突進。

建設重機を思わせる右腕でフックを放つ。


「オイ、そいつを殴っても無駄なんだって!」

先ほどまで同じような攻撃を繰り返し散々かわされていた旭が警告する。

淵鏡皇の右腕が怪生物の体にめり込むが、泥の中に腕を突っ込んだかのように手ごたえはない。

「アタシもモニターで見てたから、知ってるわヨ!」


彰吾がトリガーを引くと、胸部の装甲が展開し躯体に直結されたタービンが回転。

吹き荒れる突風に怪生物が吹き飛ばされる。


「風を当てれば吹き飛ばせるようね。旭、“水”と戦ってるみたいってンなら、その“水”を“ぶっ壊す”方法を考えるのよ!」

「水を壊すってお前……」


「ちょっとコレ見なさい」

彰吾が、虎珠皇のコクピット内端末にデータを送信する。

「内容は理解したわね?この“作戦”で行くわよ!」

「ああ、新型完成の祝儀代わりだ。今回は乗ってやらぁ!」


吹き飛ばされた怪生物が体勢を立て直し、体を液状化させ地表を滑るように移動。その先には淵鏡皇が居る。

「奴さん、怒ってるみたいだぜ?」

「あんなのどうとでもなるわ!アンタは予定通り行動開始!」


彰吾の合図に応え、虎珠皇が地中に穿行。怪生物はそれには目もくれず淵鏡皇の足を狩ろうと迫る。

淵鏡皇は両腰に備えられた砲口を地面に向け、火炎放射。

前方を“面”で制し、怪生物の動きを遮った。


「彰吾、準備ができたぜ!」

淵鏡皇の端末に地中からの通信が入る。

「OK、追い込むわよォ!」


火炎放射に次いで、両肩の装甲に取り付けられた蓋が開き、左右合わせて20発の小型ミサイルが上空へ打ち上げられた。

一定の高さまで上昇したミサイルが空中で炸裂し、怪生物を中心に鉄球の粒を雨のように降らせる。

地表に落ちた鉄球は次々と爆発。

小規模なれど連続した衝撃が地盤を揺さぶる。


上空からの爆撃に身動きがとれない怪生物。

更に足元の地盤が突然陥没し、深く掘られた縦穴に為す術も無く落下する。

虎珠皇が凄まじいスピードで怪生物の足下を掘り抜いたのである。


「蟻地獄へようこそ!」


穴の底には当然、虎珠皇がドリルを回し待ち構えている。

それに気付いた怪生物が人型を崩し、細く長い縦穴の壁面を伝って上昇を始める。


「あら、アタシに“掘られ”たいのォ!?」

淵鏡皇の胸部タービンが変形し、巨大なドリルが出現。


縦穴の真上に跳躍した淵鏡皇は四肢を体の後ろへ回し、ドリルによる突撃の形態をとった。


そのまま落下の勢いを一切殺すことなく虎珠皇の掘った縦穴に突入し、せり上がってくる黒い油のような怪生物を狭撃する。


先刻まで虎珠皇を翻弄していた怪生物は、巨大なドリルに吸い込まれるように巻き込まれ、瞬く間に霧散。

塵よりも微細に砕かれた体は、二度と再生することは無かった。


敵を打ち倒した淵鏡皇のドリルが回転を止める。

その目の前には、穴の底に陣取った虎珠皇が居た。


「大勝利!どうよ旭!これがアタシと淵鏡皇の実力よ!!」

「……調子に乗りやがって」

「あら、アタシが来てなかったら今頃ドリルで千本ノックしてたんでしょ?感謝しなさい、感謝しなさい!」

「くそ、マジでうるせえ……」


暫くの間、淵鏡皇の無機質なコクピットに彰吾の高笑いが響いた。

ちなみに穿地は、戦闘に決着がついた段階で早々にモニターの映像も音声も切断した。



(あわよくばサンプル回収をと思ったが、まあいい。の連中の力の一端は見られた)

二体のドリルロボと怪生物との戦闘経過をモニターし終えた穿地は、後の処理を部下に任せ自室――研究室を兼ねている――に引き上げた。


ドリルロボの帰還で騒がしくなり始めた研究所。

その喧騒を尻目に、穿地は研究室の扉に鍵をかけるのであった。



とんでもない速度でキーボードをタイプし、端末にデータを打ち込む穿地。

そこへ不意に通信が入る。


「お取り込み中失礼致します…所長。嵐剣皇の消息が掴めました」


研究所の調査員が、簡潔に報告を開始する。

「現在は、『敵』の手に落ち、何らかの改修を受けているようです。おそらく、敵は嵐剣皇を手駒として利用するつもりかと」

「ご苦労。データは直接研究室へ持ってきたまえ」

調査員の報告に、無味乾燥な声で答えた穿地は、通信を終了すると再び端末の画面に向き直った。

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