第10話 闘争する牢獄

時命皇に敗北した嵐剣皇は、不気味な『鬼面』を取付けられ囚われたままだ。


「中に人間が搭乗しているようです」

「へぇ、生きてるの?死んでるの?」

「生命反応が見られます」


白衣の男が九十九に報告する。

「異物は除去しておきたいねぇ」

九十九の指示を受け、白衣の作業員達は作業機械で嵐剣皇の胸部装甲をこじ開ける。

しかし、装甲の中にある躯体には内部に至るハッチの類は一切存在しなかった。



「な、何、今の音……?」


暗闇の中、外部で何者かが作業をする音や振動だけが伝わってくる。

おそらく嵐剣皇の身に何かが起きているであろうことは推測できたが、機能停止した嵐剣皇により閉ざされたコクピットから出ることすら叶わない。



「ふぅん、これじゃあ躯体を破壊しなきゃ中の人は出てこられないねぇ」

嵐剣皇の状態を確認した九十九が、顎に手を当てる。


「うちのドリル獣みたいに人間を取り込む仕組みなのか、それとも、我々から搭乗者を守っているのかな?」


嵐剣皇の意図はまさしく後者であった。

機能停止の寸前に、コクピットの組成を変形させ夕の身を守ろうとしたのだ。


「まあ良い捨て置こう。この機体――吸い出したデータによれば嵐剣皇、と言うらしいが。活動には特に意味の無い空間だしね。中に居る君、よかったね。特等席だ」


九十九の合図により嵐剣皇の頭部に取り付いた鬼面…寄生型ドリル獣の一つ目が輝く。

巨体が一瞬大きく震え、嵐剣皇の躯体が活動を再開する。



「明かりが、ついた……嵐剣皇!気がついたの!?ここはどこか判る?」


照明と共に正面のモニターにも嵐剣皇の視界が映し出される。

だが、嵐剣皇は夕の呼びかけの一切に無言である。


「どうしたのよ嵐剣皇?」


鬼面の単眼が瞬き、嵐剣皇は九十九にかしずくような動作をとるのであった。



旭と彰吾は、穿地の指示を受けそれぞれドリルロボのコクピットに待機していた。

端末に通信が入り、入力パネルを兼ねたモニターに穿地の顔が映し出される。


「ドリル獣の警戒のため敷いていた索敵網が、ドリルロボ級の存在を検出した。指定したポイントに急行してくれたまえ」

「ドリルロボ級?まさか、あの野郎……時命皇か!?」

旭が唯一心当たりのある名を出すが、穿地が否定。

「検出されたデータはほぼ既知のもの…我々が建造したドリルロボ、『嵐剣皇』のものだ」


「嵐剣皇?三体目のドリルロボだと?」

「そいつが“二体目”らしいわよ、旭。そうか、アンタは“知らなかった”わねぇ、ウフフ」

予めその存在を示唆されていた彰吾が、モニターの向こうで得意げな表情をつくって見せたため、旭は端末に向かい中指を立てた。

「単なる暴走ではなく敵の手に渡っているなら厄介だ。捕獲が不可能な場合は……破壊せよ」



「「さ、試し斬りだよ」」


九十九に命じられた嵐剣皇は夕の呼びかけに一切応えぬまま移動を始め、老朽化し廃炉になった発電用人口火山の麓にやってきた。

敢えて目立つ場所に姿を晒し、何かを誘い出すかのようであった。


やがて、目の前に嵐剣皇と同じようにドリルを携えた巨人が二人現れる。


「あれは……嵐剣皇がやられた『黒い奴』と同じ?」

獰猛そうな面構えの獣人が身構える。臨戦態勢である。

続いて隣の鉄人が大地を滑り背後に回り込む。


「来る!?」

夕が息を呑むとほぼ同時に、嵐剣皇は目前の獣人に向かい踏み込んでいた。


閃光の如く踏み込んだ嵐剣皇の貫き手が、虎珠皇の右頬をかすめる。

鬼面の紅騎士は、応じる虎珠皇の左ボディブローを頭上への跳躍で回避する。


空中に躍り出た目標に狙いを定め、淵鏡皇がミサイルを発射。

嵐剣皇は下半身を回転させドリルと化し、足下に迫ったミサイルの雨を粉砕した。


爆風から飛び出し、4つの手足で着地する影は無傷であった。


「所長。嵐剣皇の頭部がデータと違う外見になっているわ。これは……」

「やはり鹵獲されたか。こうなっては奪還は困難だな、ああ、残念ながら破壊せねばなるまい」



橙と白、二体の巨人による波状攻撃を素早い動きでかわしながら、嵐剣皇は互角に渡り合う。

起動した時から行動を共にしている夕は、その挙動に違和感を覚える。


「この動きは、嵐剣皇の動きじゃない」


本来の嵐剣皇は、挙動のベースを国主明彦から受け継いでいる。

今の嵐剣皇の戦い方は、達人じみたこれまでの嵐剣皇の動きとは似ても似つかぬものであった。


「何をされたのよ嵐剣皇……」

今、戦っているのは嵐剣皇ではない。そう直観できる。

「私……私には、何ができるの……」

夕は、無意識にコクピットの壁面から伸びる操縦桿を握り締めていた。



「殴り合いを続けててもラチがあかねえ!虎珠皇、ドリルだ!!」

「飛び跳ねられないように“天井”をつくるわよ、旭!」


淵鏡皇が背中に装備された機関砲で空中に弾幕を張る。

虎珠皇は両腕をドリルに変形させ嵐剣皇に突進。

対する嵐剣皇も、両腕のドリルを展開し迎え撃つ。


右、左と繰り出された虎珠皇のドリルと、いなそうとする嵐剣皇のドリルがぶつかり合う。

「!?こいつは……」


逸らされたドリルを即座に体幹に引き寄せ次撃を繰り出す虎珠皇。

嵐剣皇も再びそれに応じ、二体のドリルロボは足を止めてドリルの応酬を開始。

二対の螺旋が幾度と無く打ち合わされる。


「虎珠皇、お前にもわかるよな。このお面野郎は……」

一合ドリルをかわす度、疑念が確信へと固まって行く。

ドリルとドリルを介して、対手の存在そのものが自らに浸透してくる感覚がある。

それは獣の勘なのか、ドリルを持つ者の業なのか――


嵐剣皇こいつは、自分の意志で戦っていない!!」


旭が、自らの確信を口に出した。



夕が嵐剣皇の操縦桿を握ると、生暖かくかつ底冷えする、モザイクのような感覚が背筋を貫いた。


左手では指輪が鈍く発光している。

指輪が瞬く毎に、じわりと染み込むように彼の想いが…苦しみ、抗おうとしている嵐剣皇の意志が伝わってきた。


「嵐剣皇……あなた、戦っていたのね」


夕は騎士の臓腑から語りかける。

が敵。嵐剣皇、あなた言ったわよね。力を発揮するには私の力が必要だって」

指輪の光を見て、嵐剣皇との絆が失われていないことを信じ呼びかけ続ける。


「私と、勝てるわよね!」


嵐剣皇を縛る何者かから解き放つ。

方法は分からない。超常の力を持たぬことを自覚する夕は、嵐剣皇を信じひたすら念じ始めた。


――それでも嵐剣皇は戦い続ける。

夕の呼びかけも虚しく、状況は何も変らないかに見えた。



「嵐剣皇の動きが鈍くなってきているの……?」

虎珠皇と嵐剣皇のドリルの応酬を見守っていた彰吾が、鬼面の嵐剣皇に生じた僅かな異常に気付く。


「ああ、どうやら奴さんも気合を見せているようだぜ!」

旭が自信を持ち彰吾の言葉に頷く。

嵐剣皇の動きが精彩を欠き始めたのとは反対に、虎珠皇のドリルを通して伝わる嵐剣皇の意志に僅かな輝きが灯っていたのである。


「あの『仮面』なんだろ!」

「ま、十中八九そうでしょ。ね、所長?」

「ああ…嵐剣皇が操られていると仮定するならば、顔面に取付けられたユニットにより躯体のコントロールを奪われていると考えるのが妥当だな」


「仮定じゃねえ!それが正解だーッ!」

遂に虎珠皇の左のドリルが嵐剣皇のガードを崩した。

紅の騎士は反対側のドリルでカットに入るが、橙の獣は右腕を盾にして細身のドリルを受け止める。


「捕まえたぜぇ!」

肉を切らせた虎珠皇は伸ばし切った左腕のドリルも爪を供えた掌に戻し、そのまま横面を張るような動きで一つ目の鬼面を剥がしにかかった。



「潮時かな。戻るんだ嵐剣皇」

鬼面ドリル獣を通して嵐剣皇の動きを観察していた九十九は、劣勢に転じたと見るや嵐剣皇に撤退の指示を出す。


虎珠皇の爪が顔面に達する寸前で、嵐剣皇は敵の手を振り払い全身を回転させ地中へ潜った。


「逃げるのかッ!」

「待ちなさい旭」


後を追って地中に穿行しようとする旭を彰吾が制する。

「片方のドリルが動かない状態じゃ、追いつけっこないわ。それに、嵐剣皇が敵の手に落ちているなら逃げた先は連中の“ねぐら”よ。万全の状態じゃないのに突っ込むべきじゃないわ」

「ちょうど良いじゃねえか!このまま奴を追えば……」


「アンタが“無駄死”にするだけよ!」


いつになく真に迫った彰吾の一喝に、旭は思わず言葉を呑み込んだ。


単に迫力に押されただけではない。

最大の武器である右腕のドリルを犠牲にした虎珠皇の今の状態は、誰でもない旭自身が最も正しく理解していた。


「嵐剣皇の消息は偵察班が追跡を開始している。奴らの拠点を突き止め、戦力を整えた状態で打って出るのだ。その為にも虎珠皇を至急修理せねばならん、そうだ、急がなくては」

帰投を指示する穿地の声音は、普段より僅かながら早口で急くような気配があった。



「うーん、あまり長く戦わせてるとボロが出るねえ」

嵐剣皇を制御するドリル獣は、二体のドリルロボを同時に相手にしたことで過負荷がかかり疲弊していると九十九は分析した。


「それに、向こうもいい加減こちらの居場所に感づくよなぁ」

傍らに控える白衣の部下は、直立不動で九十九の言葉を聞いている。


九十九はまったく独り言を話すかのように滔々と語り続ける。

「まあ、ドリル獣のストックも充分。手駒は揃ったし、そろそろいってみようか!」

他よりも豪奢な作りの椅子から立ち上がった九十九は、居ながらに指示を出していたモニター・ルームを後にした。


意気揚々と歩く九十九の顔には笑顔が貼り付いている。

目つきは猛禽のように鋭く、両の口端は裂けんばかりにつり上がり白い犬歯が覗く。


飄々とした青年の顔の裏側に、人ならざる異類の貌が潜んでいた。

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