第2話 変身不能!?奪われた比翼
雲霞の如く飛び交う魔族の群れを抜け、渦巻く不可思議な亜空間を抜け、その果てにあったもう一つの『穴』を抜け。
淵鏡皇が降り立ったのは、地獄界にある賽の河原である。
黒とも紫ともつかぬ毒々しい色が波打つ河のほとり。
周囲に魔族の姿は見られず、河の流れも緩やかだ。
「夕さんとはぐれちゃいましたね」
メインシートの後方からモニタを覗き込む基がぼそりと呟く。
「そう簡単に死ぬような“タマ”じゃないわよ。ともかく“合流”が先決ね」
落ち着いた様子で答える彰吾だが、両手は猛烈な勢いでコンソールを行き来し、フットペダルも未知の地形に対応するため繊細な操作を続けている。
「光、さっそくだけど
「「元の世界の地図を上下左右に反転すれば、おおよその地理は把握できる筈だ」」
「薄暗い……向こうが昼だと、こっちは夜なの?」
「「いや、地獄界は絶えずこういう空模様なんだ」」
「……どうしてそんなキレイに“裏表”になってるんでしょうね」
光の説明にコメントする彰吾だが、暢気なのは口調だけだ。
両眼はせわしなく動き、メインモニターに投影される異界の風景と左右にディスプレーされる各種センサーの反応を交互に確認している。
「なんか、おかしいわ」
何度もセンサーの検出結果を確認した後、彰吾が顎に手をやり言う。
「もしかしてどこか壊れちゃったの?」
不安を隠せぬ様子で舞が問う。
彰吾は淵鏡皇の故障は否定した上で、違和感について説明を始めた。
「かいつまんで言うと、何か“居る”ような、“居ない”ようなどっちつかずの反応が出てるの。しかも、ここら“一帯”にね」
「ヒカル、何か知ってる?」
「「隠し切れない瘴気を放つ何者かが潜んでいるのかもしれないな。警戒を続けよう」」
彰吾は頷き、再びモニタに視線を注ぐ。
淵鏡皇もそれに合わせゆっくりと歩行動作をとらせた。
張り詰めた空気のコクピット。
舞は、夕を見失い正体不明の何者かを警戒せねばならないプレッシャーに胸が痛くなる思いであった。
そういう類のプレッシャーから逃れるには、自身が何らかの行動をとることが一番である。
ゆえに少女は申し出たのだ。
「私、直接見てみるね!」
「たしかにアンタの“眼”なら何か視えるかもね。ハッチを開けるわ。“落ち”ないよう気をつけなさい」
淵鏡皇の喉元に設けられたコクピットハッチが開放される。
舞は最初おっかなびっくり顔を出し、風景こそ異様だが呼吸もでき活動できる場所だと確認すると、ハッチから這い出し装甲の縁に掴まりながら辺りを見渡し始めた。
「舞、どう?」
光の欠片が宿る指輪とブレスレットを介し、コクピットの中から基が尋ねた。
「んー、何も居ないみたい。て言うか、すっごく見づらいよ」
舞が眉間に皺を寄せる原因は、見渡す限りに広がる黒い
「おかしな反応って、このモヤのせいなんじゃない?」
胸元に提げられた指輪――光に同意を求める。
「「モヤか。そうだな……」」
すぐには肯定も否定も返さず考え込む光。
返答を待っていた舞だが、靄が徐々に濃くなってきたことに気がつき、指輪を振り子のように揺らして光を急かす。
「ねえねえヒカル、ヒカルってば!なんかどんどん暗くなってきてる!」
舞は、恃みの視覚が遮られることに一層の不安を覚えた。
最初は煙る程度であった靄は、いつの間にか黒色の幕のように濃くなっている。
そうではない。
辺り一面に拡がっていた靄が、淵鏡皇を――その表に出た舞を取り囲むように集まってきているのだ。
「「いかん、コクピットに戻るぞ、マイ!」」
靄の正体をさとった光が叫んだ時には既に遅く。
視界を覆っていた黒い何かは舞のすぐ傍で“実体化”した。
黒くじっとりとした肌の人型に蝙蝠の翼を持った魔族が、身じろぎする暇も与えず舞の小柄な体を脇に抱えた。
「抜け穴が出来たから来てみれば、良い頃合の獲物にありつけたものだ」
身の丈にして2メートルほどの魔人は喜色を浮かべながら背中の翼を羽ばたかせ、曇天の上空へ登った。
「ちょっと……はなして、はなしてよ!」
「舞ーッ!!」
ハッチから血相を変えて飛び出してきた基が、手も届かぬほどの高さまで攫われた少女に向かって叫ぶ。
その姿を悠々と上空から眺める魔族は、左腕でもがく舞の姿とを見比べた後、思い至り頷いた。
「なるほどつがいか。たしかアレが雄で、こちらが雌だ」
そう言って、筋張った右手を舞の胸元に滑り込ませる。
「や、やだ!やめて!!」
容赦なく服の中をまさぐってくる魔族の手に嫌悪感を抱き、必死に身をよじる舞。
しかし少女の力では一分の自由も許されない。
「ほう。こいつはいい。今日はついている」
蝙蝠男は指先に触れた銀の指輪をつまみ上げ、満足げに独りごちる。
「精命力の塊じゃないか。斥候の役得だな」
「やあ!返してーッ!!」
少女の叫びは空しく濁った色の空に吸い込まれるのみ。
魔族はネックレスのチェーンを引きちぎり指輪を掌中に納めると、足下の淵鏡皇が小さく見えるほどに上昇し飛び去った。
「基、こっちに戻ンなさい!アクセル全開にするわよッ!!」
「はい!……舞、絶対に助けるからね!」
彰吾の怒鳴るような声に促され、基は何も見えなくなった虚空を睨みコクピットへ戻る。
つい先ほどまで舞と光の声が響いていたブレスレットは、もはや左腕で沈黙の輝きを湛えるのみであった。
*
彼方へ飛び去った蝙蝠男を追跡し、淵鏡皇は地獄の荒れた地を爆走する。
やがて、切り立った崖に挟まれた谷に差し掛かったところで、彰吾はブレーキをかけざるを得なかった。
断崖の間を塞ぐ鬼の集団が行く手を阻んでいるのだ。
人間の倍ほどの鬼が十数人と、地上で対峙した鬼と同等の巨体が3人。
陣容と言うにはあまりに無造作な集団だが、鬼達はみな棍棒や手斧などで思い思いに武装している。
更に言えば一様に淵鏡皇に険しい目線を合わせており、素通りは不可能な状況だ。
「来たな『黄金の爪』!今日こそぶっ殺してやる!」
先頭にいきり立った人間大の鬼が吠える。
「いや待て、ありゃ黄金の爪じゃねえぞ」
「あの野郎以外にも似たような野郎が出てきたってのか」
「どうでもいいぜ、構う事ァねえ!やっちまおうぜ!」
口々に叫ぶ鬼達の様子を、彰吾と基はモニタ越しに見る。
「なんだか盛り上がってますよ」
「そうね。“うるさい”連中ね」
「ですね」
そんな言葉をごく静かに交わしてから、基は後部座席に体を固定。
彰吾は内装火器のトリガーに指をかけた。
淵鏡皇の腰部左右に取り付けられた筒状の装置が赤く光る。
超兵器『ジェノサイド・ナパーム』が左右同時に発射されたのだ。
猛烈な勢いで地を這う火焔は、軌道の地形を撫でただけで溶解させながら足元の鬼達に絡みつく。
先ほどまでとは違った響きの絶叫が炎の中から聞こえ始め――数秒で静かになった。
「や、野郎!何やってんだ別働隊ーッ!!」
火焔を逃れた巨鬼の一人が怒号を飛ばすと、崖の上から更に十数匹の鬼が飛び降りてくる。
彰吾は、敵同士が合図するよりも早く増援の存在を察知していた。
姿を現し空中から迫る鬼達は、飛翔能力を持たず自由落下の体である。
良い的だ。
そんな言葉は口に出すのも馬鹿馬鹿しいと、コンソールを打鍵し自動迎撃マクロを実行。
淵鏡皇の背部中央から、円筒を束ねた黒鉄色の重火器――超兵器『ガトリング・バスター・キャノン』が鎌首をもたげた。
高速回転する黒い銃身は、対照的な白い閃光弾を連続発射。
肉眼では一条の光線にしか見えない弾丸の怒涛が、無防備に飛び降りてきた鬼を肉片すら残さず吹き飛ばす。
その間わずか1.2秒。発射された弾丸は200発ほどである。
息を呑む間すら与えず雑兵を蹴散らされても、怯むことなく怒り狂って突進してくる様は流石と言うべきか。
硝煙の舞う曇天のもと、荒れた大地を揺らし突進してくる三頭の巨鬼。
迫る人型をした暴力を正面に据え。淵鏡皇は左掌と右拳を胸の前で叩き合せた。
同時に、人間で言えば肩甲骨に相当する部分に増設された装置が赤熱。
不揃いな形状の黒い板を数枚ずつ差し込んだかのような『それ』こそ、特級退魔士オオキミより受け継いだ膂力増幅機構である。
内燃機関の爆音を背に、淵鏡皇は横並びに突進する三頭のうち中央の鬼に狙いを定めた。
想像を絶する速度で踏み込んできた白鋼の巨人に対応し切れなかった巨鬼の鳩尾に、右鉄拳が叩き込まれる。
まるで水平に重力がはたらいているかのように吹き飛ぶ巨体。
胴体はくの字に折れ曲がっている。関節が曲がっているではなく、鉄骨より頑強な脊椎そのものをへし折られてである。
右腕を引く勢いで、真横に控える次の標的に左フック。
鬼は元来、生粋の戦士型魔族である。闘争に特化したその本能が、完全なる反射動作で得物の棍棒を構え淵鏡皇の拳をガードした。
白巨人の左拳は鬼のこめかみを打ち、角の生えた顔面を吹き飛ばす。
力を失った腕から、柄の根元より先を粉砕された棍棒が滑り落ちた。
「グオオオオオオ!!」
残された最後の巨鬼が、両手の大鉈を咆哮と共に打ち下ろす。二振りの刃はがら空きの背中に向かう。
淵鏡皇は両脚の車輪を左右逆方向に操り、超信地旋廻で一瞬にして向き直る。
鉄塊のような二振りの大鉈は、いずれも巨人の両手に握り締められ微動だにしない。
「お前ら……俺達『ゲドー軍』を敵に回して無事で済むと思うなよ」
赤銅の面の皮に冷や汗を伝わせながら、巨鬼は引きつった笑みを浮かべた。
「ヘヘヘ、地獄界の恐ろしさ、とくと味わうんだな!」
「“地獄”見ンのはアンタたちよ」
淵鏡皇の胸部タービンがフィンを伸長・巨大化させ巨大なドリルへと変形。
両手を塞がれた巨鬼の上半身は、地鳴りの如き断末魔と共にねじ切られ塵と化した。
「ち……“時間”とられたわ!
10分にも満たぬ戦闘と言う名の蹂躙であったが、空飛ぶ魔族が逃げおおせるには十分。
焦燥を露にして舌を打つ彰吾に対し、意外や基は冷静であった。
「彰吾さん。国主明彦さんの真似をしてみましょう!」
後部座席に振り返った彰吾に、基は左腕のブレスレットを掲げて見せる。
鍔作舞と共に連れ去られた礼座光――光鉄機の『半身』は、少年の腕にあって鈍い輝きを明滅させていた。
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